[お知らせ]


2013年12月31日火曜日

生命と薬と

今年はわけあって、生命科学という基礎学問を高校生物から勉強しなおしました。まあいろいろあって、その勉強は次のステップへいかせることはなかったのですが、池田清彦先生の構造主義生物学と出会い、その基礎知識が大変役に立ったという側面はありました。生命科学というのはまあ大学レベルの生物学です。分子生物学や生化学、細胞生物学の基礎レベルの内容という感じでしょうか。薬学部時代も多少勉強しましたので、勉強自体は大変楽しいものでした。以下個人的な意見です。語弊がある部分も多いかと思いますがご容赦ください。

[生物と無生物]
生命というものは実に不思議です。たとえばエネルギーを取り出すシステムを考えてみましょう。人はグルコースから解糖系、TCAサイクル、電子伝達系をへてATPというエネルギーの塊を取り出します。生命はATPを利用することで生命活動を営みます。これは車に例えれば、ガソリンを燃やしてエネルギーを取り出すエンジンのようなものですが、エンジンとガソリンは独立して存在しているのに対して、生命のエネルギー生産システムは、車のエンジンに当たる部分も自己のシステム系として、自ら生み出している点にあります。すなわちTCAサイクルです。車のエンジンは不変ですが、TCAサイクルは常に変化しつつエネルギーを生み出します。このように自分自身が営みに必要なシステムを自ら作り出すオートポイエーシスというシステムが、生物と無生物の違いのような気もします。まあ様々な議論があるかと思いますが、僕はつまるところこのあたりに差があるのではないかと思います。

[遺伝子は生命の本質ではない]
生物と無生物の違い、あついは生命の本質、みたいな話で良く耳にするのが遺伝とか、遺伝子みたいな話ではないでしょうか。遺伝子とは、DNAの中でタンパク一次構造を決定している、あるいは非翻訳RNAの塩基配列を決定している領域のことといわれています。DNAに刻まれた塩基配列情報はmRNAに転写され、ポリAキャップやスプライシング等といわれる加工(=プロセシング)を経て、最終的にリボソームという細胞内小器官で、生体の基本的な部分を構成するタンパク質へ翻訳されます。このように遺伝子は生命の基本設計を担う基本プログラム、すなわち生命の本質の様なもの、あるいは生物を生み出すための設計図のように言われています。しかし実は遺伝子は道具にすぎないということが最近の研究で示唆されてきています。たとえるならば家を造る設計図が1つあっても、それを作る大工さんが違えば見てくれも全く異なる家ができることでしょう。同じ遺伝子から、生命の見てくれが異なる現象の一つとして、選択的スプライシング遺伝子という現象について少しまとめたいと思います。

[選択的スプライシングと生命の多様性]
驚くことなかれ、人の遺伝子はたかだか大腸菌の6倍程度であるといいます。そしてその数はショウジョウバエと大して変わらないとさえいわれています。遺伝子が人の高次の機能を生み出している設計図だとしても、その発現は遺伝子の特定パターンのみでは説明しきれないのはあきらかです。少なくとも遺伝子数が同程度のショウジョウバエと人は大して変わらない生命機能ということになってしまいますが、現実にはそんなことはありません。人がこのように高次な細胞機能を有するには圧倒的に多種多様なたんぱく質を作り出していることろにあります。すなわち遺伝子発現のシステム、遺伝子の解釈系が実に巧妙なのです。大腸菌のDNAはそのままRNAに転写され、タンパクが合成されますが、真核生物ではやや複雑です。基本的に遺伝子の発現はDNAから情報をRNAに転写し、それをタンパク合成系が翻訳するという流れになりますが、真核生物ではRNAが修飾を受ける段階で、多種多様性を秘めています。この修飾をプロセシングといいますが、その中でもスプライシングという工程は驚くべきものがあります。
DNAにはアミノ酸配列をコードしているエキソンと、コードしていないイントロンという配列を含んでいます。転写されたRNAも当然このような不要なイントロンを含んでいますが、スプライシングはこのイントロンを除去するシステムです。
驚くべきことに、このイントロンを除去する過程でいくつかのイントロンをわざと除去しないで残したりすることで、複数のRNAを作り出しているということが分かっています。ひとつのDNAから多数のmRNAを作り出しているという驚くべきシステムです。これを選択的スプライシングといいますが、人はひとつの遺伝情報から複数の転写産物を作り複数のタンパクを作ることができるのです。事実上、複数遺伝子としての機能を有していることになります。遺伝子を案外適当に切ったりくっつけたりして、様々な種類のmRNAを作り出しているのです。
このように大腸菌の6倍程度の遺伝子でも、人がこれほど多種多様なたんぱく質を合成できるのはこの選択的スプライシングの影響であろうと言われています。ヒトという形質を発現させているのはDNAだけではなく、その解釈系が重要です。ヒトのmRNAのプロセシングに見られるようなRNAの再構成とチンパンジーのそれはかなり異なります。たとえDNAがほとんど同じでも、人の突然変異でチンパンジーになることはないのはその解釈系の違いなのだと思います。グリフィスの肺炎双球菌の実験は遺伝子の本体はDNAであるということを示しました。しかし、遺伝そものもはDNAのみでは語れません。もうひとつ例を出しましょう。

[eyeless遺伝子とPax6遺伝子]
マウスの目(レンズ眼)を作る遺伝子であるPax6遺伝子をハエのゲノムに挿入し、発現させるとなんと複眼ができます。遺伝子そのものが形質を決めているわけではなく、大事なのはその解釈系であることはここでも変わりません。Pax6遺伝子は似たような遺伝子がハエにもあってeyeless遺伝子と呼ばれています。ほぼ相同なこの2つの遺伝子は、ハエでは複眼を作り、マウスではレンズ眼を作り出します
遺伝子はもともと存在しており、それをどう使うか、解釈系が変われば、形質は大きく変わります。「遺伝子は道具にすぎない」生物学を学ぶ中で、とても衝撃的だった一言です。
形質の遺伝と遺伝子というのは確かに分かりやすのです。そしてある程度、対応関係も外側からはあるように見えます。ただたとえばヒトの目は親から直接そのまま子供に移るわけではありません。卵細胞と精細胞からできた受精卵が卵割を繰り返し発生する過程で形成されていきます。その発生過程を遺伝子だけがすべて決めているわけではありません。アクチビンやモルフォゲン、ノード流、母性因子の濃度勾配、すなわち極性など実にさまざまな要素が個体発生に関与しているのです。分かりやすいということころに落とし穴がある。分かりにくいことをあえて分かりにくく、に本質が見え隠れする。本質とは見えそうで見えないもの。遺伝子が同じでも解釈系が異なれば、全く違う見てくれのものができるということです。

[生命の曖昧さ]
で、まあ何がいいたいかといえば、遺伝子で、事細かに生命の形質が決まっているかと思えば、まあ、実はその解釈系によって案外、適当に決まっているわけです。遺伝子がハエの解釈系では複眼を、マウスの解釈系ではレンズ眼を、ショウジョウバエの遺伝子と同じような人の遺伝子が、案外適当に遺伝子をつなぎ合わせて、多種多様なタンパクを作ってまったく異なる形質を生み出したり。
生物学は一定のルールに基づいて、その法則性を記述することに腐心せざるを得ないが、原理的に曖昧な生命現象は一定のルールで記述することはなかなか不可能なのです。その曖昧な現象が生物学そのものであり、それを基礎とする医学や薬学は曖昧性を包括せざるを得ないと僕は考えます。ゆえに、曖昧な生命現象への化学物質の作用を記述する薬理学や薬物動態学は実際のところかなり曖昧性を孕んでいると言わざるを得ません。薬理学や薬物動態学の曖昧さ。生物学的ルールは一見、物理的法則のように一定の法則が見出せるように見えますが、実は案外いい加減な要素がたくさんあって、そんな生命現象を薬という化学物質で変化させることを記述する薬理学や薬物動態学は確かに曖昧なのだと思います。すなわち、薬学部の講義で多くの時間を費やすことになる薬理学や薬物動態学を勉強することには、臨床における仮説や背景を理解するうえで必須のものでありますが、実はそれがすぐに臨床での疑問を解決するに至るということはそう多くはないということです。僕は基礎学問を否定しません。どういうわけか、僕はむしろ基礎学問をやりたくて薬学部を志しました。ただそれだけでは実臨床での疑問に答えとなる示唆は得られにくいのということは認識すべきです。医学や薬学が曖昧だということが重要なのです。そして、その曖昧性は基礎学問からはあまり良く見渡せないところに落とし穴があります。医療において○か×か、どちらかという思考がきわめて難しいということに気づくのに本当に時間がかかりました。良く考えれば当たり前なのですが、少なくとも僕には時間がかかりました。学生時代、
高血圧症血圧を下げる=○
糖尿病血糖を下げる=○
骨粗鬆症骨密度あげる=○
喘息気管支拡張=○
高脂血症コレステロールやTG下げる=○
という基本戦略のもと大学を卒業し、無事に国家試験へ合格しました。しかしどうでしょう。

気管支喘息では気管支を拡張すれば良いのでしょうか。
[長時間作動型β刺激薬を3ヵ月以上使用すると、ステロイド吸入の有無にかかわらず喘息関連死亡や気管内挿管が多い]

血糖は下げればよいのでしょうか。
[2型糖尿病患者に厳格な血糖コントロールをすると、従来通りのコントロールに比べて総死亡や心血管死亡が多い傾向にある]

トリグリセリドは下げればよいのでしょうか
[フィブラート系薬剤で心筋梗塞は少ないが、非心血管疾患死亡が多い]

[曖昧な生命現象を薬で科学すること]
『病態生理は仮説にすぎない』とても衝撃を受けた一言でした。僕が学生のころ、薬学部はまだ4年制で、そのカリキュラムも臨床とは程遠く、もちろん、臨床に力を入れている大学もあったのかもしれませんが、僕の学生時代は、分析化学、有機化学や、生化学、生理学、薬理学などの基礎的な科目の勉強に明け暮れていたような気がします。薬の作用は病態生理に基づいて記述され、それを丸暗記して進級して、国家試験へ。そんな流れの中で、生命現象と薬という関係を一定の法則でとらえようと腐心していたのだと思います。しかしながら、僕が一生懸命その法則をとらえようとしていたのは、今思えば薬の代用のアウトカムに過ぎませんでした。EBMとの出会いは、僕に薬の効果の本当の意味を考えさせられるきっかけとなったと同時に、一定の法則で生命現象をとらえることで、薬の効果について分かっていたつもりになっていたけれど、それは真の効果ではないと気づくことができた、ということでした。
薬の効果には2種類ある。僕はそうお話しすることが多いです。すなわち代用のアウトカムと真のアウトカムのことです。血圧や血糖値、コレステロールやTGは下げるけれども死亡が多いということが示唆されている研究は決して少なくない。しかしながら、これが薬学部教育の中で強調されることは少なくとも僕の時代、僕の母校では皆無でした。EBMと出会い、少なくとも僕の周りにおいてこの「医療」というのはかなり異常な事態なのではないか、と思うようになりました。また臨床医学論文は、そのような新鮮な驚きを僕に与えてくれ、もうそれを読まずにはいられなくなりました。学部で学んだ、「常識」というものが完全に打ち砕かれたのは、むしろ僕にとって快いものでありました。薬が病気の症状を改善することだけでなく その患者の生き死にということに、どのように関わってくるかという 薬の本当の効果を知らないまま、調剤していたことに気付くことができました。


おおよそ生命の進化すら、記述することが不可能なほど、それ以前に生きるとはどういうことすら一定のルールで記述できないのが生命科学です。その生命科学をベースにしている医学、薬学もその曖昧さを包括せざるを得ない。その曖昧さを臨床の末端で、どう取り扱うか。EBMが教えてくれるのは、まさにそこではないでしょうか。できることなら僕が体験したような医学論文から得られる新鮮な驚きを、多くの方に伝えて行きたいと思います

2013年12月23日月曜日

今年を振り返って。

[今年の記事をまとめながら自分自身あらためて意識したこと]
今年の記事を振り返りながら、自分自身整理できたことをまとめていきます。

クラリスロマイシンの併用には十分注意せよ

どんな状況においても真のアウトカムを意識せよ
EBMの入り口

健康食品は薬剤師が患者と関わるための“マテリアル”である

企業と医療、そのはざまに見え隠れする構造は…

“病名”とは現象とコトバの恣意的な対応である。


[薬剤師のジャーナルクラブ]
今年は僕自身大変貴重な経験をさせていただきました。その一つに「薬剤師のジャーナルクラブ」の立ち上げがありました。薬剤師のジャーナルクラブ(Japanese Journal Club for Clinical Pharmacists:JJCLIPは臨床医学論文と薬剤師の日常業務をつなぐための架け橋として、日本病院薬剤師会精神科薬物療法専門薬剤師の@89089314先生、臨床における薬局と薬剤師の在り方を模索する薬局薬剤師 @pharmasahiro先生、そしてわたくし@syuichiao中心としたEBMワークショップをSNS上でシミュレートした情報共有コミュニティーです。

地域医療の見え方
薬剤師の
ジャーナルクラブについて
1
ジャーナルクラブのお知らせ
1
ジャーナルクラブ総括

2
ジャーナルクラブのお知らせ

2
ジャーナルクラブ総括

3
ジャーナルクラブのお知らせ
4
ジャーナルクラブのお知らせ
3,4
ジャーナルクラブ総括


[薬剤師が実践するEBM]
また薬剤師のEBM、その模索を続けるなかで、本年は薬剤師向けの情報誌に薬剤師が実践するEBMについて、執筆させていただく機会を頂きました。
現場の薬剤師はどうEBMを実践しているか[薬局64(8):2358-2363 2013]

自分自身、大変勉強となるとともに、今後さらなるステップへつなげたいと思います。

[薬剤師のケースレポート日誌]
僕の新しいプロジェクトが始まりました。医薬品の有害事象は臨床研究での検討が倫理的に難しこともあり研究自体が少ないこと、またリスクの取り扱いはたとえ1例の症例報告でも軽視できません。有害事象ケースレポートは国内でも多数学会誌にて報告されています。本邦における主要な学会誌から医薬品有害事象に関する報告をデータベース化する試みとして、医学文献データベースブログ「薬剤師の地域医療日誌」の姉妹サイトとして「薬剤師のケースレポート日誌」を立ち上げました。どうぞご活用ください。


[時間を生み出すエビデンス]
エビデンスは時間を生み出さない形式であると考えられます。またナラティブに同一性は存在しないものと考えられます。そこをあえて「時間を生み出すエビデンス」と「同一性が担保されたナラティブ」についてしばし考えてみたいというようなことを考えていました。ナラティブは人の欲望そのものでしょうか。エビデンスに時間は存在しないのでしょうか。一見なんでもないような医療の関わりの中で、「時間」という概念がその本質を物語る気もします。

医師が行う診断は過去の時間を解析して未来を予測するためあり、そして治療は時間の中で行われます。日々死に近づく、死すべき定めにある僕らは「時間」と等価であり、その歩みの途中のどこかで、見え隠れした「影」をエビデンスと呼んでもよいのかもしれませんが、「影」を動かすのはやはり僕らヒトでしかない

ということを教えていただきました。影を動かすというその動作そのものの背後に立ち現れる何かの中に、時間を生み出すエビデンスが見え隠れしているような、そんな気がします。エビデンスそのものは時間を生み出さないけれども、一つのテーマについて複数のエビデンスを時系列に吟味しベイズ的な思考でとらえていくことで時間を生み出すエビデンスというものに近づくのではないかと考えています。


薬剤師の地域医療日誌は本年は1228日まで更新いたします。来年は16日より更新を再開する予定です。今年も大変お世話になりました。読者のみなさま方、またご指導いただきました先生方に心よりお礼を申し上げます。また来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

2013年12月18日水曜日

インフルエンザかどうかを決めること

[抗インフルエンザ薬を投与するための根拠としての検査]
インフルエンザかどうか検査キットで確認すること、毎年流行期には当たり前のように行われています。インフルエンザ流行期、発熱や上気道症状で受診した人はインフルエンザの迅速診断キットを用いた検査を受ける機会も多いと思います。インフルエンザ感染症かどうか決めることにどんなメリットがあるのでしょうか。最大のメリットと考えられるのは抗インフルエンザ薬を投与すべきかどうかという判断の一助となることでしょうか。インフルエンザ検査キットの特異度は概ね高いと言え、すなわち検査陽性ならば、インフルエンザ感染症の可能性が高いといえます。したがってインフルエンザウイルスに有効とされる抗インフルエンザ薬を使用するかどうかの判断材料の一つとして検査は有用かもしれません。

[肝心の抗インフルエンザ薬の臨床効果]
抗インフルエンザ薬の代表的な薬剤オセルタミビルの臨床効果についてはコクランからレビューが出ていましたが、未出版のデータの入手ができず、その解析にはバイアスがかかっている可能性が指摘されていました。
(参考)地域医療の見え方:抗インフルエンザ薬を服用するという事
このメタ分析によればインフルエンザ様症状緩和までの時間がプラセボに比べて21時間[95%信頼区間-29.5時間~-12.9時間]短縮するというもので、入院リスクなどを減らすものではなく、副作用が多いという結果でした。十分なデータがそろわず、解析データには偏りが生じている点も言及されています。
Oseltamivir vs placebo in nonimmunocompromised adults and children
Ann Intern Med. 2012;157(6):JC3-5より
Outcomes
Number of trials
(n)
Weighted event
rates
Mean difference
(95% CI)

Hours to first
symptom relief
5 (3713)
−21 (−30 to −13)

RRR (CI)
NNT (CI)
Hospitalization
8 (4696)
1.4% vs 1.5%
5% (−59 to 43)
Not significant
Diarrhea
9 (5651)†
5.2% vs 7.0%
26% (3 to 44)
55 (33 to 477)
RRI (CI)
NNH (CI)
Nausea
9 (5651)
8.5% vs 5.5%
55% (15 to 109)
34 (17 to 122)
Vomiting
9 (5651)
7.9% vs 3.6%
119% (57 to 204)
24 (14 to 49)


そして今年4月に未出版データも含めたメタ分析が報告されていたようです。
Effectiveness of oseltamivir in adults : a meta-analysis of published and unpublished clinical trials
いつも通り、論文のPECOから見ていきます。
[P:どんな患者に?]
▶インフルエンザ患者4769人(年齢は平均5.1歳から18歳)
[E:どんな治療をすると?]
▶オセルタミビル(タミフル®)の投与
[C:どんな治療と比べて?]
▶プラセボの投与
[O:どんな項目で検討した?]
▶平均症状持続期間、合併症、入院

論文の妥当性はどうでしょうか。メタ分析の4つのバイアスを確認していきます
[評価者バイアス]
3名の著者がレビューし、2名の著者が各試験の妥当性を確認
[出版バイアス]
▶未出版データも解析に加えています。なんと全11試験中未出版データは8試験。出版されていたのは3試験のみでした。また言語の制限なくサーチを行っています。
[元論文バイアス]
▶プラセボ対照の2重盲検ランダム化比較試験11試験を解析対象としています。
[異質性バイアス]
▶ブロボグラムを視覚的にみて大きなばらつきは確認できません。肺炎のアウトカムではI2統計量31%となっていますが、その他のアウトカムに関してI2統計量は全て0%であり、異質性は統計的にも見られません。

では結果はどうだったのでしょうか。プラセボに比べオセルタミビルは…
■症状持続期間が20.7時間[95%信頼区間13.3時間~28時間]短縮する(ITT解析)
■入院リスクがリスク差で0.1[95%信頼区間-0.5%~0.6]多い傾向にある。(ITT解析)
■肺炎がリスク差で0.6[95%信頼区間-1.7%~0.4]少ない傾向にある(ITT解析)
■急性気管支炎を除く抗菌薬が必要な合併症がリスク差で0.1[95%信頼区間-1.7%~1.5]少ない傾向にある
(※)多くのトライアルで、合併症は抗菌薬が必要な中耳炎、気管支炎、肺炎、副鼻腔炎と定義されているが、急性気管支炎に関しては抗菌薬の使用が推奨されていない。


症状持続時間は減らす可能性があるもののやはり、入院リスクや合併症リスクを減らす可能性は少ない(というかほぼ期待できない)という結論が導き出されています。当然ながら、ブロボグラムを見てみると症状持続期間すら明確には減らさないトライアル(7試験中4試験)もあるようで、2012年のコクランとほぼ同様の結果となっています。

[インフルエンザの検査をする本当の理由]
この結果やコクランのメタ分析の結果を踏まえれば、「インフルエンザの迅速診断キットによる検査陽性⇒オセルタミビル投与」という治療は、実は検査もせず薬も飲まず、ひたすら寝ているということと、それほど変わらない結果だった可能性があるかもしれない、という衝撃的な示唆にたどり着くわけです。もちろん、すべての患者にタミフルが必要ないというのはやや言い過ぎかもしれません。観察研究のメタ分析ではハイリスク患者においてタミフルの使用は死亡リスクなどを減らせる可能性が示唆されています。
Antivirals for treatment of influenza: a systematic review and meta-analysis of observational studies.
元論文がlow-quality evidenceなのでその結果の妥当性にしては議論の余地がありますが、ハイリスク患者はランダム化比較試験に組み入れることが難しく、ランダム化比較試験のメタ分析ではこういったハイリスク患者の転帰が反映されていない可能性もあるかと思います。
ただ、非ハイリスク患者において、仮にオセルタミビルの症状持続期間短縮効果すら危うい、もしくは実感できる臨床効果としてそれほど変わらない、という事になれば、インフルエンザ迅速診断キットの有用性は非ハイリスク患者や完全な流行期では乏しいような気もします。もしオセルタミビルの投与を正当化するためだけに行われてるようなインフルエンザ検査だったとしたら、その検査をする意義の多くを失うこととなるでしょう。非ハイリスク患者において、検査をしてオセルタミビルを投与しても、検査をせずオセルタミビルを投与しても、何もせず経過を見ても、それほど実感できる差がないという事が事実であれば、これは大変衝撃的な結果です。しかしながら、それでも「検査陽性⇒オセルタミビル」という流れは大きく変わらない可能性が高いと思います。


非ハイリスク患者であればインフルエンザかどうかを決めることは治療に大きなアウトカムの差をもたらさない可能性が高い。これは2012年のコクランでも既に示唆されていたことでしたが、今回のメタ分析でその可能性はより強まったように思います。ではこの世の中、非ハイリスク患者においてもインフルエンザ検査がやはり正当化される理由いったい何なんでしょうか。インフルエンザ迅速診断キットの感度は60%前後(Ann Intern Med. 2012;156:500511)でそれほど高くありません。したがって陰性なら病気ではないとする除外診断にはあまり向いていないのです。それでも、インフルエンザ陽性であれば周りに迷惑をかけるから仕事や学校を休む、陰性でただの風邪のようなら仕事を無理してでも頑張る。あるいは高齢者施設で感染対策上、病院で検査を受けて、陰性を確認してきてください、とか学校へ再登校するのに陰性であるか確認してきてくださいとか…。「インフルエンザ治癒による再登校届」などが象徴するように、もはやこれは社会的影響下における人の行動判断のために利用されているに過ぎないという側面が見え隠れします。すなわち、検査後の治療方針や治療に対する効果なんて、実はどうでもいいという構造が見えてくる気がします。

2013年12月13日金曜日

乳酸菌飲料でノロウイルス感染症は予防できますか?

[プロバイオティクスの効果は?]
テレビCMでも放映されているように乳酸菌飲料がウイルス性胃腸炎予防に効果が期待できる可能性が示唆されています。宣伝では乳酸菌シロタ株がノロウイルス感染症による発熱持続期間を短縮する効果があったとするような内容が放映されています。
医薬品の整腸剤にも用いられているビフィズス菌や乳酸菌飲料など、いわゆるプロバイオティクス製剤には様々な効果が知られています。プロバイオティクスとは腸内の細菌バランスを改善することによりヒトに有益な作用をもたらす生きた微生物のことと言われています。
乳酸菌飲料などプロバイオティクスに関する情報はネット上に大量にあふれていて、本当に妥当な情報なのか、信用に値するものなのか、一般の方ではなかなか判断しにくいことも多いと思います。医療従事者のみならず一般の方も対象とした情報を発信している臨床医学論文(エビデンス)の要約サイト「CMEC-TVから乳酸菌の効果について少し引用させていただきます。

■高齢者へプロバイオティクスを投与しても、気道や消化管の感染症の発症はほぼ同等
プロバイオティクスを投与してもアトピー性皮膚炎の改善度はほぼ同等
プロバイオティクスを投与するとアトピー性皮膚炎の発症が少ない
プロバイオティクス含有ミルクを引用すると風邪の有症状日数や欠席日数、合併症また抗菌薬の使用が少ない傾向にある
乳酸菌製剤を投与した乳幼児では下痢の持続時間が短く、またその頻度が少ない

風邪予防にプロバイオティクスは今年にもメタ分析が報告されています。
(参考)薬剤師の地域医療日誌.2013-3-1プロバイオティクスで風邪を予防できますか?

[ノロウイルス感染症]
感染症などにも効果が期待できる可能性があるプロバイオティクス製剤ですが、冬季に毎年のように流行するノロウイルス感染症には予防効果が期待できるのでしょうか。
ノロウイルスは嘔吐・下痢を主訴とするウイルス性胃腸炎の代表的な原因ウイルスです。感染症の経過は潜伏期間が1日~2日、症状は感染後2日~3日、その後4週間程度持続感染するといわれています。症状が無くなっても糞便中にはウイルスが排泄され続けるため、感染拡大防止の観点から一般的に症状が治まってから48時間は職場復帰等しないほうが良いといわれています。ノロウイルスは非常に感染力が強くウイルスが10個~100個程度でも感染を引き起こすといわれています。また長期的免疫が付きにくく、毎年感染する恐れのある感染症です。では実際にテレビCMで放映されている根拠論文を見てみます。

[乳酸菌飲料でノロウイルス胃腸炎は予防できるか]
【文献タイトル・出典】
Effect of the continuous intake of probiotic-fermented milk containing Lactobacillus casei stain Shirota on fever in a mass outbreak norovirus gastroeneitis and the faecal microflora in a health service facility for the aged
【論文は妥当なのか?】
まずは論文のPECO拾ってみます。
■どんな患者に?
▶日本の介護老人保健施設に入所する高齢者77人(平均84歳、男性55人、女性27人)
■どんな治療をすると?
▶ラクトバチルス カゼイ シロタ株を含む発酵乳(180ml400株)を10月初旬より飲用39
■何と比較して?
発酵乳の飲用なし38
■どんな項目で検討した?
12月の1か月間における下痢症状が認められた場合の糞便検査からノロウイルス胃腸炎発症、ノロウイルス感染症による発熱症状持続日数

研究デザインはランダム化されていない比較試験です。患者背景の詳細も記載がありませんが2つの比較群で年齢、男女比はほぼ同等のようです。また治療効果を検討する際にフェアな比較を行えるプラセボを使用した2重盲検法は採用されていない、オープン試験となっていて、被験者や研究者もどちらの群が乳酸菌飲料を飲んでいるのか隠されていない試験です。比較対象はプラセボを使用せず、乳酸菌飲料を飲まない群としています。
医療記録から1か月間の間に発症したノロウイルスによる胃腸炎と発熱持続期間を比較検討しています。ノロウイルス胃腸炎は下痢症状が認められた際に糞便を採取してノロウイルス検査キットを用いて診断しているようです。
研究は10月初旬から12月末まで行われたようで、結果の解析は12月の1か月間に発生したアウトカムで行っています。

【論文の結果はどうなっている?】
ノロウイルス性胃腸炎の発症は発酵乳飲用群で69.2%、飲用していない群で55.3%であり飲用群は非飲用群に比べて直接計算した相対リスクで25%多い傾向にあるという意外な結果です。37度以上の発熱持続時間は1.4日少なく、38度以上の発熱持続時間は0.3日少ない傾向にありますが標準偏差を考慮すればその差はごくわずかと言う感じです。

アウトカム
発酵乳
飲用群
発酵乳
非飲用群
結果
ノロウイルス胃腸炎発症
27/39
69.2%)
21/38
55.3%)
相対リスク1.25(※)
PNS(※※)
37度以上の
発熱持続期間
1.5
SD1.7
2.9
SD2.3
絶対差1.4
P=0.027(※※)
38度以上の
発熱持続時間
0.4
SD1.0
0.7
SD1.2
絶対差0.3
P=0.088(※※)
(※)発症率より直接算出
(※※)Wilcoxon’s signed rank test 原著tabe1から引用

【結果は役に立つか?】
この論文では飲用前後の糞便細菌の比較も検討しており、発酵乳服用群ではビフィズス菌の増加と大腸菌や緑膿菌低下を報告していますが、これはあくまで代用のアウトカムです。臨床的にこの差がどのような効果をもたらすかは不明です。真のアウトカムであるノロウイルス性胃腸炎の発症に群間差は無かったとの記載があります。発症率から直接算出した相対リスクはむしろ発酵乳飲用群で増加傾向でした。また発熱持続に関しても標準偏差を加味すれば、実感できる症状の差はごくわずかと言う印象です。38℃以上の発熱に関しては有意な差は出ていません。テレビの宣伝では37度以上の発熱持続日数を減らすというアウトカムが取り上げられているようですが、ノロウイルス感染症のおける臨床アウトカムとしては適当で無いように思います。
全体的に結果がネガティブなのは単一施設内におけるアウトブレイクではもはや対応するほどの効果が期待できない、という解釈も可能かもしれませんし、症例数が少ない影響もあるかもしれませんが、この研究では盲検化やランダム化がなされている形跡がなく、潜在的な感染リスクなどの患者背景のばらつきや「乳酸菌飲料を飲んでいるから感染の心配はないや、1回くらい手を洗わなくてもいいだろう…」、みたいな逆のホーソン効果の影響が入りこむ可能性もあり、研究デザイン自体の妥当性も低いと言わざるをえません。

[結局のところノロウイルス胃腸炎の予防に乳酸菌飲料は効果が期待できますか?]

テレビCMで放映されている根拠論文を見る限り、ノロウイルス感染予防、すなわち胃腸炎の発症抑制効果や、解熱時間短縮効果に乳酸菌飲料のような発酵乳が臨床的に有効とは結論できませんが、あくまで医薬品ではなく、乳酸菌飲料は食品ですので、過量の摂取はまた問題でしょうが、個人の嗜好に合わせて、その摂取を否定するものでは全くないという結論です。