[お知らせ]


2013年9月30日月曜日

80歳超の高齢者に降圧薬による治療は開始すべきか? ~第1回 薬剤師のジャーナルクラブを終えて~

1回薬剤師のジャーナルクラブが無事に終了いたしました。おかげさまで総視聴数:659人の方にご視聴いただけました。誠にありがとうございました。
■詳細はこちらをご参照ください→お知らせ:第1 薬剤師のジャーナルクラブ

僕自身大変、勉強になりました。今後も是非継続して続けていきたいと考えております。よろしくお願いいたします。

初めて論文を読む方にとっては、なれない英語や、統計的な用語が出てきて、なかなか大変だったことと思います。また普段、論文を読みなれている方、どうでしょうか。このHYVETスタディ、味わい深い内容だったかと思います。

結果的に30%脳卒中リスクが減る傾向にあるということでしたが、絶対指標であるNNT189人でした。これは188人が無駄に薬を飲んでいるとも解釈できます。またプラセボ群の脳卒中発生は年間で1000人当たり17.7人となっており、80歳超えていますから、特に治療する必要があるのだろうか…。うん、でも30%減らすとはなかなか、薬も安価だし、本当に不安で毎日心配して生活するくらいなら薬を飲んでみるのもありか…。いやいや副作用やコストを軽視してはいけない、とりあえず食事療法等を提案してみたら…。いや漢方でしょう!などなど様々な意見や思いがあったかと思います。

結局のところどうすればいいのかと、思われること思います。結局のところどうすんのさ!と。それはもう明らかです。もう一度お題論文の1894ページのTable2を見てください。95%信頼区間と呼ばれるものがハザードリスク0.7の隣に記載されています。0.491.01ですね。薬の効果を多く見積もれば50%近くもリスクを減らすかもしれないですし、少なく見積もれば、ほんのちょっぴりリスクは増えるかもしれない、なんてことになっています。これはもう明らかです。明確な答えなど無いということが明確に分かります

付けくわえるなら、この試験、ランダム化される前に参加者は少なくとも2カ月以上すべての降圧薬を中止しています。(これをウォッシュアウトといい、今まで飲んでいた薬剤の効果をリセットするために行う。)すなわち薬をやめても大丈夫な人、潜在的リスクの低い人たちが対象となっているのです。したがって、その後の予後は一般的な人たちに比べて過小評価している可能性もありますよね。またNNT189人と計算されました。しかしながら、実際の患者さんではその脳卒中の潜在的リスクは大きく異なることもあると思います。たとえば喫煙をしていたら、やはり脳卒中リスクは高くなるので、薬を飲むことによる脳卒中抑制効果は大きくなるかもしれません。そうしたらNNTは半分の90近くまで下がる可能性もあるのです。目の前の患者さんのアウトカムに対する潜在的リスク、すなわち目の前の患者さんでは脳卒中リスクはどの程度なんだろうと、事前確率を見積もることで、論文のハザード比の95%信頼区間やNNTをひとつのファンクションとして活用し、最終的なリスクの程度を算出するという作業を患者さん個別に行うことこそが重要です。もはや有意差あり、なしなんて全く意味ありませんよね。論文の結果が目の前の患者にはたして適用できるのか、このあたりまで考えれば、一つの論文がその臨床行動を大きく変えることは少ないということに気づくでしょう。じゃ、論文を読むことに意味はないのか、そうではありません。


一つの論文ではこういう結果であった、じゃ他に似たような研究はないか、あるいは過去の自分の臨床試験で似たような事例はなかったか、その時はどのように行動していたか、患者の思いはどうか、薬の効果とは関係の無いところで、患者さんは薬を必要としているのか、いないのか、その患者さんを取り巻く家族はどうか。薬を飲むことで大きな安心が得られるということはないか、この介入で有害事象は何か。それは取り返しのつかないアウトカムであったか、薬にかかるコストや通院にかかる精神的負担はどうか、多種多様な価値観の中で、その行動を決めていかねばならないのです。その決断にほんの少しバリエーションをくれるのがエビデンス=臨床医学論文です。そう、あくまでエビデンスは臨床判断の一部でしかありません。是非これを機会に、他の論文で似たような報告はないか調べてみると良いでしょう。そして周りの同僚や医師・看護師を巻き込んで一緒に論文を読んでみてください。

2013年9月20日金曜日

お知らせ:第1回 薬剤師のジャーナルクラブ

1回薬剤師のジャーナルクラブを開催いたします!
ツイキャス配信日時:平成25929日(日曜)午後915分頃を予定

※フェイスブックはこちらから→薬剤師ジャーナルクラブFaceBookページ
※ツイキャス配信はこちらから→http://twitcasting.tv/89089314
※ツイッター公式ハッシュタグは #JJCLIP です。
ツイキャス司会進行は、精神科薬剤師くわばらひでのり@89089314先生です!
ご不明な点は薬剤師のジャーナルクラブフェイスブックページから、又はツイッターアカウント@syuichiaoまでご連絡下さい。

症例1.高齢者の血圧は下げるべきでしょうか?

[仮想症例シナリオ]
82歳男性のAさん。以前から高血圧を指摘されていましたが、あまり病院が好きでないAさんは特に治療も受けず過ごしていました。ただ血圧は少し気になるらしく、市役所にある備え付けの血圧計で血圧を測ると毎回170/90mmHgぐらいでした。Aさんは薬があまり好きではなく、そんなものは飲みたくないと考えていましたが、最近高血圧治療を受けていた知人が脳卒中で入院してから、徐々に心配になってきたようです。
ある日、たまたま歯科治療を受けたAさんがあなたの薬局に、歯科処方箋を持ってきました。血圧のことが気になっていたAさんはついでに血圧の件をあなたに相談してみることにしたようです。「血圧が170くらいなんだけど、何か血圧に良い健康食品はありますかね?それともやっぱり病院で治療を受けるべきですかね?」とAさんが聞いてきました。

[文献]

[さてどうしましょう・・・。]
まずは症例シナリオからこの患者さんの訴えを整理して疑問点を抽出しましょう。疑問点は臨床疑問と呼ばれ、以下のような4ステップで定式化することができます。
・どんな人に?(PPatient)
・どんな治療や検査をすると?(EExposure)
・何と比較して?(CComparison)
・どうなる?(O:Outocome)
英語の頭文字からPECO(ペコ!)なんて言います。まずは症例から臨床疑問をPECOで定式化してみましょう。ペコっと定式化です。何種類か書き出してみるといいと思います。
(参考)EBMの入り口

[どのように論文を読んだらいい?]
この文献はランダム化比較試験です。ランダム化比較試験とは治療効果を検討するにあたり、最も妥当性の高いとされる研究方法です。研究で比較しようとするいくつかの治療について、どの人がどの治療を行うかをランダムに決めることによって、比較する治療以外の因子をそろえて、治療効果を検証することができることが特徴です。すなわち治療を受ける人の年齢や、病歴、家族歴などを要素を、偏りなく振り分けることで治療効果の公平な比較を行う研究方法と言えます。


では具体的に読み込むコツを少しご紹介します。基本的に治療の論文における批判的吟味は以下の3ステップを意識してください。

1・妥当か?
2・結果は何か?
3・それは役に立つか?

[1・妥当か?]
まず、妥当か?について確認していきます。論文の妥当性吟味における最低限確認すべきは以下の6項目7ポイントです。
①ランダム化されているか?
②論文のPECOは何か?
③一次アウトカムは明確か?
④真のアウトカムか?
⑤盲検化されているか?
⑥ランダム化は最終解析まで保持されたか?
 ・ITT(Intention-to-treat)解析されているか?
 ・結果を覆すほど脱落者がいるか?
僕のサブブログ「薬剤師の地域医療日誌」でもランダム化比較試験論文の「妥当か?」と言う項目にはできる限りこの6項目7ポイントの確認を記載するようにしています。確認すべき項目はAbstractmethodsや論文本文のmethodsに記載頻度が高いです。詳細は抄読会にて解説が入ると思いますが、まずは大雑把にどんなポイントを確認すればよいか簡単にまとめておきます。

①ランダム化されているか?
ランダム化とは2つの群の背景因子を同等にするための方法です。患者背景に偏り(年齢、性別、家族歴、合併症 etc)があると一方の群の結果へ影響が出ますよね。例えばプラセボ群で喫煙率が高ければ、それだけでプラセボ群の癌発症リスクは高くなるわけです。
※記載を見つけるためのキーワード random randomize randomly 
※論文タイトルにズバリ ⇒Randomized controlled trial と書いてあることもあります。

②論文のPECOは何か?
PECOとは臨床上の疑問を定式化したものです。論文にもPECOがあるんです!
どんな人に?(PPatient)
対象患者の患者背景は多くの論文でTable.1の表にまとまっていると覚えておくと便利!合わせて、2つの群で患者背景の偏りがないか見ておきましょう。(例えばプラセボ群で喫煙者が少なければ脳卒中は薬とは関係なしにプラセボ群で少ない可能性がありますよね!きちんとランダム化されていたか確認です。)
※記載を見つけるためのキーワードPatients Participants include eligible
どんな治療や検査を?(EExposure)何と比較して?(CComparison)
※記載を見つけるためのキーワードAssign receive intervention
どんな項目で効果を検討?(O:Outocome)
偶然の影響が少ないプライマリアウトカムを見ます。複数アウトカムと偶然性については③一次アウトカムは明確か?を参照してください。
※記載を見つけるためのキーワードmain outcome primary outcome primary endpoint

③一次アウトカムは明確か?
一次アウトカム(プライマリアウトカム)とはなんでしょうか?
 ・臨床研究において最も優先順位が高い治療効果判定の指標
 ・偶然の影響が最も少ない
 ・仮説を検証するための解析
 ・原則として一つの臨床研究で検証できる仮説は一次アウトカムのみである
少し難しいかもしれませんが、一次アウトカム(プライマリアウトカム)が1つ明確に示されておらず、複数のアウトカムについて結果を羅列している場合、1次アウトカムは不明確と考え、その結果は偶然の影響を常に受けており、有意差有かどうかを5%の確率で判断することは難しいと考えて良いと思います。論文に明確にプライマリアウトカムと記載されている場合もありますが、記載のない場合はサンプルサイズが計算されたアウトカムをプライマリアウトカムと考えて差し支えありません。
(補足)一次アウトカム(プライマリアウトカム)が複数設定されている臨床試験はその結果の解釈に注意が必要である。有意差検定は20回に1回の割合でエラーを生じる(αエラー)したがって1次アウトカムが複数設定された臨床試験は本来ナンセンスである。

ちなみに二次アウトカム(セカンダリアウトカム)の特徴は…
 ・偶然の影響が大きくなる
 ・仮説としては採用できるが、検証された仮説とは言えない
 ・仮説生成のための解析
(補足)死亡等の重大なアウトカムが二次アウトカムに設定されていることもあるが、このような重大なアウトカムは軽視すべきではない。

④真のアウトカムか?
臨床試験のアウトカムには2種類あります
 ■高コレステロール患者を対象とした試験
   ・代用のアウトカム・・・コレステロール値
   ・真のアウトカム・・・死亡率
代用のアウトカムの効果が必ずしも真のアウトカムと一致するとは限りません
 ■コレステロール低下≠死亡率低下
とても重要なポイントです。多くの論文を読まなくてはいけない場合、代用のアウトカムの論文はまず読む必要はないと考えていいと思います。

⑤盲検化されているか?
研究結果を左右しかねない効果の入り込む余地を少なくすることが目的です。治療を受けているという意識が予後を改善した可能性が常に存在します。そんなプラセボ効果や逆ホーソン効果の影響を可能な限り少なくするための手法です。通常は介入を受ける患者と、介入を行う医療者へ盲検を行う2重盲検法が用いられます。
・治療を受けているという意識が症状を改善することがある(プラセボ効果)
・臨床試験に参加しているから、きっと症状はよくなるだろう(逆ホーソン効果)
※記載を見つけるためのキーワードblind/blinding(2重盲検:double-blind) 
※盲検化されていない⇒open label masking/mask

⑥ランダム化は最終解析まで保持されたか?
せっかくランダム化して、患者背景をそろえたとしても、それが最終解析まで保持されなくてはいけません。そのために確認すべきは以下の2点です。
ITT(Intention-to-treat)解析されているか?
治療意図に基づく解析といわれ、ランダム化を保持する目的でITT解析を行います。一度特定の群に割り付けたら、実際の治療が行われなくても、あるいは他方の群の治療を受けたとしても、最初に割り付けた群のままで統計解析を行う解析方法です。すなわち 脱落者(または非計画的クロスオーバー)も含めて解析するという事です。
 ※論文中Statistical analysisにズバリ「Intention-to-treat」と記載があるとこが多い
結果を覆すほど脱落者がいるか?
追跡率の計算。試験からの脱落が多いと結果に影響します。割り付け症例のうち、結果が判明している症例数の割合を追跡率といいます。
※多くの論文でFigureにトライアルプロフィールという患者組み入れから解析までの流れを図示した表があります。また論文本文の「results」冒頭に記載されていることが多いです。

[2・結果は何か]
結果の見方、解釈の仕方について簡単にまとめます。今回は血圧変動のような連続値ではなく、発症率等のアウトカムの結果についてのみまとめておきます。
1.結果の評価
結果の評価は主に相対指標、絶対指標2つの指標があります。

①相対指標 : 相対危険(Relative RiskRR)
 □アウトカムの発生率の比
例えば…
■介入群での心筋梗塞の発症  20
■プラセボ群での心筋梗塞発症 30
■相対危険RRは?
 □RR(E群の発生率)/(C群の発生率)0.2/0.30.67
 □RRR(相対危険減少)=1-RR0.33
 □介入群はプラセボ群に比べて心筋梗塞が相対評価で33%低い

②絶対指標 : 治療必要数(Number Needed to TreatNNT
 □一人の望ましくないアウトカムを防ぐのに介入が必要となる人数
例えば…
■介入群での心筋梗塞の発症   20
■プラセボ群での心筋梗塞発症  30
■治療必要数NNTは?
 □プラセボ群の発症率30%-介入群の発症率20
      =10%(絶対危険減少=ARR
 □心筋梗塞が10%減るという事は・・・・
 □100人治療すれば10人心筋梗塞が減る
 □1人の心筋梗塞を減らすには、何人治療が必要か?
 □10010[NNT]1   NNT100/1010
    ⇒NNT1/(0.30.2)=10 [絶対危険減少の逆数]

2.結果の効果判定
結果の効果の判定には主に推定と検定2つの統計的手法を用います。

①推定(区間推定)
95%信頼区間。母集団における真の値が95%の確率で存在する範囲を示しています。
研究結果は一部の対象からのデータです。
 ・研究参加者はより健康志向かも
 ・研究参加者はより医師の指示通り服薬している可能性が高い
 ・研究参加者の特性と一般人口の特性は必ずしも一致しない
すなわち一部のデータから全体を類推し、世の中の全体で検討したらどれくらいの範囲にあるかを考えています。95%の確率で真の値が含まれる範囲を95%信頼区間といい、5%は有意水準0.05に対応しています。以下の例を参照して論文中の95%信頼区間の意味を考えてみましょう。

■高血圧患者に対する脳卒中リスクというアウトカムを例に・・・
 □脳卒中リスクの相対危険が0.90だとすると・・・
■信頼区間が1をまたぐと結果に有意差なし
 【相対危険0.9095%信頼区間0.801.10
 □脳卒中リスクは10%少ない傾向にある
 □多く見積もると10%増えるかも
■信頼区間が1より少ないとリスク減少
 【相対危険0.9095%信頼区間0.700.95
 □脳卒中リスクは10%少ない
 □多く見積もっても5%減る

②検定(危険率P値)
 ・危険率(P)が有意水準より小さければ統計学的にも有意な差
 ・通常有意水準を0.05に設定する
その結果は偶然でないといえるのでしょうか?危険率とはまぐれあたりの確率のことです。危険率は経験的に0.055%)を用いることが多いです。

またプラセボでもまぐれで優れた薬剤よりも効果が出ることがあります。ここでもう一度1次アウトカムは明確か?を考えてみましょう。
■一次アウトカム(プライマリアウトカム)
 □臨床研究において最も優先順位が高く偶然の影響が少ない
       治療効果判定のための指標で一つの臨床研究で検証できる   
 □一次アウトカムが複数あると、偶然の影響を受けやすくなる。
5つのアウトカムがあれば・・・
 □5つの仮説のうち1つにまぐれあたりが出る確率は
       1-(5つともまぐれあたりしない確率)
       1-(0.955=0.23 ・・・23
   □有意水準は0.23となる
このようにアウトカムの数が多いほど有意水準は緩くなり偶然の確率が上昇してしまい、理論上はP0.05で有意差ありとはできなくなります。

さて有意水準0.05の直観的理解です。

1回コインを投げて、表が出る確率は50%=0.5
2回コインを投げて2回とも表が出る確率は50%×50%=0.25
3回コインを投げて3回とも表が出る確率は50%×50%×50%=0.125
4回コインを投げて4回とも表が出る確率は 50%×50%×50%×50%=0.0625
5回コインを投げて5回とも表が出る確率は50%×50%×50%×50%×50%=0.03125
■コインを投げて5連続で表が続く確率0.03が P0.05(有意差あり)=偶然ではない

論文のプライマリアウトカムの結果を絶対指標(相対リスク・ハザード比)絶対指標(NNT)にたいして、推定統計・検定統計を用いて解釈していくというのが基本的なスタイルです。実際には危険率よりも推定検定の95%信頼区間を重視する立場がより臨床にフィットするといえますが、それは次の結果は役に立たつか?というステップで、実際のジャーナルクラブの中で考えていましょう。

[3・結果は役に立つか?]
この患者さんにどのように答えてあげるべきなのでしょうか?続きはジャーナルクラブで。


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※薬剤師のジャーナルクラブ(Japanese Journal Club for Clinical PharmacistsJJCLIP)は臨床医学論文と薬剤師の日常業務をつなぐための架け橋として、当ブログ管理人の@syuichiao日本病院薬剤師会精神科薬物療法専門薬剤師の@89089314先生、臨床における薬局と薬剤師の在り方を模索する薬局薬剤師 @pharmasahiro先生を中心としたEBMワークショップをSNS上でシュミレートした情報共有コミュニティーです。

2013年9月18日水曜日

軽度認知機能障害は病気なのだろうか…。

高齢者の記憶障害に関して近年、軽度認知機能障害(Mild Cognitive ImpairmentMCI)という言葉を良く聞くようになりました。今まで僕が、あまり意識していなかっただけかもしれませんが、高齢化社会が進む今日、認知症の早期発見という言葉がいたるところで聞かれる中で正常加齢と認知症の境界領域に存在する軽度認知機能障害という言葉が目に付きます。東京都では、地域において認知症の人とその家族を支援するため、認知症の早期発見・診断・対応のシステムづくりを行う新たな事業を開始するといいます。

こういった取り組みは、認知症と診断される人はもちろん、軽度認知機能障害といわれるような人たちも薬物治療のターゲットとなる可能性を秘めています。早期発見、早期治療、とても良いことのように思えますが、認知症の治療薬、代表的なコリンエステラーゼ阻害薬は認知症の進行を改善するというエビデンスは存在せず、その進行を抑制することのみにとどまります。
これはかなり重要なポイントで、たとえばある種の高血圧治療薬は脳卒中を先送りする効果がありますが、コリンエステラーゼ阻害薬は認知症の罹病期間を延ばしているに過ぎないとも言えるかもしれません。

今年に入り、アルツハイマー病にコリンエステラーゼ阻害薬を使用することで、死亡リスクが減少するかもしれない、という観察研究がEur Heart Jに掲載されました。

The use of cholinesterase inhibitors and the risk of myocardial infarction and death: a nationwide cohort study in subjects with Alzheimer's disease.

コホート研究で傾向スコアマッチングをしています。総死亡の調整ハザード比は0.64, 95信頼区間:0.54-0.76となかなかインパクトのある結果でした。
認知症への介入が、認知症の進行を遅らそうが、死亡リスクを減らそうが、必ずしも患者本人のQOLを改善するかどうかは良くわからない、ということを僕はあらためて認識したいと考えています。もちろん、周りで支える家族やその患者さんを取り巻く環境というのは薬剤エビデンス以上に重要なものとなるでしょう。多種多様な価値観の中で熟慮されるべき問題です。

認知症への介入ですら熟慮が必要と思いますが、軽度認知機能障害への薬剤介入はさらに意味のあるものかどうか慎重に考えなくてはいけません。軽度認知機能障害へのコリンエステラーゼ阻害薬の投与で認知症への移行を抑制することはなかなか難しいというのが現段階でエビデンスが示していることであります。
Cholinesterase inhibitors for mild cognitive impairment.

ランダム化比較試験のメタ分析で、1年目、3年目のいずれにおいても減少傾向にあるものの、明確に認知症への移行を抑制することはできず、死亡も変わらない、副作用が有意に多いという結果になっています。ちょっと物忘れが気になる、医療機関へ、早期発見、早期治療、そして薬剤を使用した結果、こんなことになっている可能性もあるかもしれません。軽度認知機能障害というのは病気としてカテゴライズすべきなのか…。薬物治療の対象として考えるべきではないような気もしています。本邦ではコリンエステラーゼ阻害薬は現在この軽度認知機能障害に適応を持ちませんが、このような早期発見・早期治療という構造が、安易な薬剤使用を促す可能性を危惧します。

厚生労働省のホームページにも「早期診断、早期治療が大事なわけ」というような記載が掲載されています。「認知症はどうせ治らない病気だから医療機関に行っても仕方ないという人がいますが、これは誤った考えです。認知症についても早期受診、早期診断、早期治療は非常に重要です」「アルツハイマー病では、薬で進行を遅らせることができ、早く使い始めると健康な時間を長くすることができます。」本当に健康な時間だけが伸びているのかどうか、そういった根拠が不足しているようにも感じてしまいます。
また、認知症の早期とはどのような状態を指しているのでしょうか。こういった啓蒙そのものが軽度認知機能障害への薬剤投与を促している可能性もあるかもしれません。

CMAJから最新の報告です。
【文献タイトル・出典】
Efficacy and safety of cognitive enhancers for patients with mild cognitive impairment: a systematic review and meta-analysis
コリンエステラーゼ阻害剤およびメマンチンのようなCognitive enhancer認知症を治療するために使用されるが、軽度認知機能障害における効果は明らかではないとされています。軽度認知障害へのCognitive enhancerの有効性と安全性を調べるために系統的レビューを行った論文です。Cognitive enhancerという言葉をはずかしながら初めて聞きました。新手のカテゴリはメーカープロモーションにも使われる可能性があり、注意したいところです。

【論文は妥当か?】
研究デザイン:メタ分析[統合した研究数:8
[Patient]軽度認知機能障害を有する患者(平均年齢66歳~73歳、女性42.4%~65%)4711
[Exposure] Cognitive enhancer(ドネペジル、リバスチグミン、ガランタミン、メマンチン)の投与
[Comparison]プラセボの投与
OutcomeMMSE Mini–Mental State Examinationスコア、ADASAlzheimer's Disease Assessment Scale
■評価者バイアス:2名の調査者が独立して評価
■元論文バイアス:ランダム化比較試験のメタ分析
■異質性バイアス:I2統計量を表示
■出版バイアス:15554タイトル1384フルテキストをスクリーン
【結果は何か?】
アウトカム[統合した研究数]
(対象薬剤)
フォロー
アップ
平均差
(もしくは相対リスク)
I2
統計量
MMSEスコア[3
(ドネペジル)
36
0.14-0.220.50
0
ADAS5
(ドネペジル・ガランタミン)
24
-0.07-0.160.01
31
総死亡[3
(ドネペジル・ガランタミン・メマンチン)
156
1.840.418.20
80.15
吐き気[4
126
3.042.623.66
21
下痢[4
126
2.331.743.13
55
嘔吐[3
208
4.403.216.03
0
頭痛[2
152
1.271.041.53
18

【結果は役に立つか?】
異質性は高い可能性もありますが、この報告では軽度認知機能障害において抗コリン薬やメマンチンは認知機能を改善することはなく、総死亡も変わらず(むしろ多い)、副作用が有意に多いという結果でした。


軽度認知機能障害といわれる人たちへの薬物介入は、現時点において、少なくとも認知症への進展予防効果、あるいは認知機能への有効性を期待できるようなものではない可能性が高いということは知っておく必要があります。本邦では抗コリン薬やメマンチンに軽度認知機能障害への適応があるわけではありませんが、認知症の早期発見、早期治療という構造の中で、十分に注意しないと安易な薬剤投与につながりかねない可能性を秘めていると感じます。

2013年9月15日日曜日

お知らせ:薬剤師のジャーナルクラブについて

[はじめに]
薬剤師のジャーナルクラブ」は、薬剤師と臨床医学文献をつなぐ架け橋としての役割を担えるよう、SNSを利用してEBMワークショップをシュミレートした医学論文の紹介とそれに関する情報共有コミュニティーです。現在試験的な運用を試みております。多忙な日常業務の中で、なかなか原著論文に接する機会に恵まれない、あるいはどんな論文を読めばよいかわからない、そもそも論文の読み方が分からないという方へ、臨床医学論文がもっと身近になることができるよう活用していただければ幸いです。
この情報共有コミュニティーはフェイスブックページを基盤に、スカイプを使った論文抄読会をツイキャスで配信します。それに参加できなかった人やさらなる討論にフェイスブックのコメント投稿機能を活用したコミュニケーション行い、実際の現場と医学論文をどうつなぐか、という答えを探す一つのツールとしてご活用いただけることを切に願っています。

[論文採用基準]
このジャーナルクラブでは暫定的に以下のような臨床医学論文を取り上げます。
■真のアウトカムを評価したランダム化比較試験
■真のアウトカムを評価したランダム化比較試験のメタ分析

[ジャーナルクラブの進め方]
現段階では試験運用中ですが、このジャーナルクラブは以下の流れで進めていく計画です。

■ステップ①:仮想の症例シナリオと原著論文を掲示します。
 症例シナリオにおける臨床疑問をどう解決するかという視点で原著論文に目を通していただければ幸いです。この時点で疑問や論文の読み方がわからん、というコメントをいただければ、次のステップでリプライします。
■ステップ②:1週間後を目安にスカイプによる論文抄読会及びツイキャスによる配信とフェイスブックページに論文要約を掲示します。論文要約をもとに実際にどう現場で論文の結果を活用すべきか、コメントいただければ幸いです。様々なコミュニケーションに発展していただけると、このジャーナルクラブも盛り上がると思います
■ステップ③:さらに1週間後を目安に症例のまとめと次回の予告を掲示します。
 頂いたコメント等をもとに、論文をどう解釈し活用したらよいか総括を行えればと考えています。

できるかぎり継続していきたいと考えております。どうぞよろしくお願いいたします。
なおランダム化比較試験を読むポイントを簡単にまとめました。どうぞご活用ください!



※薬剤師のジャーナルクラブでは取り上げてほしい論文、一人で解決できない臨床疑問を随時募集しております。合わせてご意見などもいただければ幸いです。ご意見等はフェイスブックから、またはツイッターアカウント@syuichiaoまでご連絡ください。

2013年9月6日金曜日

チオトロピウム(スピリーバ®)レスピマットの安全性

[チオトロピウムと死亡リスク、その背景]
TIOSPIR試験の結果がN Engl J Medに掲載されています。すでに何度かこの話題を取り上げたこともありますが、僕がEBMの出会いのきっかけとなったテーマであり、このTIOSPIR試験もふくめてチオトロピウムレスピマットのリスクについてまとめていきたいと思います。

チオトロピウム(スピリーバ®)は11回投与で気管支拡張作用が持続する吸入用抗コリン薬で、COPDChronic Obstructive Pulmonary Disease:慢性閉塞性肺疾患)の治療に用いられます。COPDガイドラインでも、軽症から重症を含めた安定期COPDの管理に用いられる薬物治療の第一選択薬として、長時間作用性抗コリン薬が推奨されています。2004年に発売が開始された吸入用カプセル剤を装填するチオトロピウムハンディヘラーと、2010年に発売されたミスト吸入製剤のチオトロピウムレスピマットという2剤形が使用されています。

新剤形のチオトロピウムレスピマットはカプセルを装填するハンディヘラーと異なり、霧状の薬剤を含むミストを吸入する薬剤です。カプセルを装填する手間やその扱い、また保存に関しても常温保存か可能で利便性が向上しました。高齢者のように吸入力の低下した患者でも有用であるといわれましたが、2011年に驚くべき報告がBMJに掲載されました。

■重要文献:チオトロピウムレスピマットと死亡リスク①
Mortality associated with tiotropium mist inhaler in patients with chronic obstructive pulmonary disease: systematic review and meta-analysis of randomised controlled trials.
この論文は僕がEBMの出会いのきっかけとなった論文で、チオトロピウムレスピマットが死亡リスクに関連するというランダム化比較試験のメタ分析でかなり衝撃的なものです。
▶チオトロピウム・ミスト吸入10 µg:相対リスク2.15 1.03 to 4.51; P=0.04; I2=9%
▶チオトロピウム・ミスト吸入 5 µg:相対リスク1.46 1.01 to 2.10; P=0.04; I2=0%)

このミスト吸入という剤形に問題が有るのではないかという指摘もありましたが、それを支持するように、のちに報告されたネットワークメタ分析においては間接比較でチオトロピウムハンディヘラーよりレスピマットの方が死亡リスクが高い可能性が示唆されました。

■重要文献:チオトロピウムレスピマットと死亡リスク②
Comparative safety of inhaled medications in patients with chronic obstructive pulmonary disease: systematic review and mixed treatment comparison meta-analysis of randomised controlled trials
チオトロピウムレスピマットの死亡リスクは
対プラセボ:オッズ比1.51; 95% CI 1.06 to 2.19
対チオトロピウムハンディヘラ―:オッズ比1.65; 95% CI 1.13 to 2.43
▶対LABA:オッズ比 1.63; 95% CI 1.10 to 2.44
▶対LABA-ICSオッズ比LABA-ICSOR 1.90; 95% CI 1.28 to 2.8

さらに観察研究における直接比較でも同様の指摘がなされ、特に心血管疾患リスクの高い患者においてはレスピマット製剤の使用は避けるべきではないかということが示唆されました。

■重要文献:チオトロピウムレスピマットvsチオトロピウムハンディヘラー
Use of tiotropium Respimat(R) SMI vs. tiotropium Handihaler(R) and mortality in patients with COPD
▶死亡リスク:レスピマットの使用はハンディヘラーと比べて27%増加
調整ハザード比:1.27, 95%信頼区間1.03-1.57
▶心血管死亡:レスピマットの使用はハンディヘラーと比べて56%増加
調整ハザード比:1.56, 95%信頼区間1.08-2.25

このようにチオトロピウムではレスピマット製剤がハンディヘラー製剤に比べて死亡リスク、特に心血管系への影響を示唆する報告が続き、前向きランダム化比較試験による安全性検討が待たれていました。TIOSPIR試験スピリーバ®レスピマット®5μg11回吸入の有効性と安全性について、スピリーバ®ハンディヘラー®18μg11回吸入と比較した試験です。

Tiotropium Respimat Inhaler and the Risk of Death in COPD
他施設2重盲ランダム化比較試験

[Patient]
40歳以上のCOPD患者17,135
6か月以内に心筋梗塞を発症、12か月以内の心不全による入院、12か月以内において薬の変更や介入を要する不安定な、あるいは生命を脅かすような不整脈患者を除外
[Exposure]
スピリーバ®レスピマット®2.5μgまたはスピリーバ®レスピマット®5μg 11回吸入
[Comparison]
スピリーバ®吸入用カプセル18μgをハンディヘラー®により11回吸入
[Outcome]
死亡までの期間(非劣性)、COPDの初回増悪までの期間(優越性)
■追跡期間:平均観察期間2.3

[結果]
死亡までの期間:レスピマットはハンディへラーに比べて非劣性
レスピマット5μg:ハザード比0.9695%信頼区間0.84-1.09
▶レスピマット2.5μg:ハザード比1.0095%信頼区間0.87-1.14
COPDの初回増悪までの期間:レスピマットはハンディへラーに比べて非優越性
レスピマット5μg:ハザード比0.9895%信頼区間0.93-1.03

死因や主な心血管系の有害事象は3群間で同等で、チオトロピウムレスピマット5μg2.5μgは、ハンディヘラーと比較して安全性・有効性ともに同等であるとしています。なおこの試験はベーリンガーインゲルハイムから研究助成を受けています。ひとつ問題はこの論文の試験デザインにあります。N Engl J Medに掲載されたのはフルテキストではなく、試験デザインの詳細は別途確認する必要があります。(PMID:23547660)とくに赤字で記載したように除外された患者は心血管疾患ハイリスク患者であり、このような患者を対象に試験を行っていないので、たとえレスピマットの非劣勢が証明されたとしてもこのような基礎疾患を有する人への安全性は不明です。

現段階でチオトロピウム製剤の添付文書においては「心不全、心房細動、期外収縮の患者、又はそれらの既往歴のある患者」に慎重投与となっているだけで、明確な注意喚起をしていません。しかしながら、TIOSPIR試験の除外対象となったような心血管疾患既往を有する患者や心血管疾患ハイリスク患者へのレスピマットの使用を控えるべきと考えます。各論文に対する批判的な意見、(すなわちレスピマットを擁護する意見)も多く聞かれますが、論文の批判的吟味において有効性に関しては控えめに、有害性については多めに見積もるのが妥当ではないかと考えています。リスクの過小評価は臨床にフィットしません。


現段階でチオトロピウムレスピマットが安全と言い切るのは時期早々と感じます。特に心血管疾患ハイリスク患者ではできる限りその使用を避けるべきでしょう。チオトロピウム製剤と死亡リスクに関してはCOPDの真のアウトカムも含めた検討が重要だと感じています。