[お知らせ]


2013年6月10日月曜日

認知症に使用されるコリンエステラーゼ阻害薬は患者QOLを改善しますか?

ドネペジルの添付文書には
「本剤の投与により、徐脈、心ブロック(洞房ブロック、房室ブロック)、QT延長等があらわれることがあるので、特に心疾患(心筋梗塞、弁膜症、心筋症等)を有する患者や電解質異常(低カリウム血症等)のある患者等では、重篤な不整脈に移行しないよう観察を十分に行うこと。」
との記載があり、心筋梗塞、心不全患者には十分な注意喚起がなされています。コリンエステラーゼ阻害薬にはこのような心血管リスクも懸念されますが、その心筋梗塞、そして、総死亡を検討したコホート研究がEur Heart J.に掲載されました。認知症の真のアウトカムを考えるきっかけになる貴重な報告です。

[アルツハイマー病にコリンエステラーゼ阻害薬を使用するとで寿命は延びるか?]
【文献タイトル・出典】
The use of cholinesterase inhibitors and the risk of myocardial infarction and death: a nationwide cohort study in subjects with Alzheimer's disease.
【論文は妥当か?】
研究デザイン:スウェーデンにおけるコホート研究
[Patient]
Swedish Dementia Registryからアルツハイマー型認知症またはアルツハイマー型との混合型認知症患者7073例(41歳~99歳:平均年齢79歳)
[Exposure]中枢性コリンエステラーゼ阻害薬の使用(5159例)
[Comparison]非使用(1914例)
[Outcome]心筋梗塞および死亡の複合アウトカム、心筋梗塞発症、死亡
■傾向スコアマッチングにより以下の患者背景を調整後、患者背景は同等
性別、年齢、混合認知症の診断、認知機能、居住、生活環境、ホームケア、心筋梗塞既往、脳卒中既往、狭心症既往、降圧剤の使用、抗うつ薬使用、抗精神病薬使用、抗糖尿病薬使用
▶マッチング後のE群1676例、C群1676
■調節した交絡因子は以下の通り
ベースライン時の性別、ベースライン時の年齢、心血管疾患や脳卒中(CVD)、抗高血圧薬、混合認知症の診断、ベースライン時のMMSEスコア
■追跡期間:中央値503
【結果は何か?】
追跡期間中74例が心筋梗塞を発症571例が死亡
■心筋梗塞発症と死亡の複合複合アウトカム
▶調整ハザード比0.66, 95%信頼区間0.56-0.78
■心筋梗塞発症
▶調整ハザード比: 0.62, 95信頼区間0.40-0.95
■総死亡
▶調整ハザード比: 0.64, 95信頼区間:0.54-0.76

結果は死亡、心血管イベントいずれも減少という結果でした。さらに用量依存的な関連も示唆されたとしています。高用量群(ドネペジル10 mg, リバスチグミン6 mg, ガランタミン24 mg)では非使用に比べてさらにリスクが低下ということのようです
■心筋梗塞▶HR: 0.35, 95% CI: 0.19-0.64)
■総死亡  HR: 0.54, 95% CI: 0.43-0.67)
ちなみにメマンチンではいずれのアウトカムにおいても有意な差はなく、いずれも15%~22%ほどリスク増加傾向という結果でした。

[傾向スコアマッチング]
この論文の統計解析では傾向スコアマッチング解析という手法が用いられています。コホート研究では、ランダム化比較試験と異なり、患者背景の偏りをフェアにするためのランダム化(無作為化)ができません。そのような状況で交絡因子の影響をできる限り排除するために、この傾向スコアマッチングを行うことで患者背景をそろえることができます。ただし、そろえることが可能な交絡因子は既知のもののみでランダム化比較試験のように未知の交絡因子までは調整できず、ここに限界があります。
患者背景の差異に示されるP値はあまり参考にはなりませんが、マッチング前後で有意差が消えているのがお分かりいただけるでしょう。
交絡因子とは、比較している介入、この報告ではコリンエステラーゼ阻害薬、以外の要因でアウトカムが影響を受ける因子のことです。たとえばE群でC群にくらべて喫煙が多ければ、コリンエステラーゼ阻害薬の使用の有無にかかわらず、E群の死亡リスクは高くなる可能性があります。そのためこの喫煙の有無で結果を調整しなければ、薬剤の影響だけでなく、喫煙による死亡リスク上昇という可能性が出てきてしまいます。

認知症の進行抑制という効果で登場したコリンエステラーゼ阻害薬、服薬アドヒアランスなどは不明ですが、観察研究といえど、死亡リスクや心筋梗塞発症リスクを減少を示唆したということは個人的にはやや驚きでした。ただ、交絡因子、傾向スコアマッチングいずれにおいても喫煙の影響が加味されていない可能性があります。死亡に影響を与える因子は年齢や喫煙有無、糖尿病等も大きいのではないでしょうか。この論文の解析では喫煙が調整されていない可能性があり、死亡に関してはこの影響も軽視できません。
また傾向スコアマッチングで背景因子をそろえたとしても症例1例に対してコントロール1例を割り当てる1:1マッチングの際にもとの患者背景とのギャップが生じることが有ります。背景因子をそろえるということは、一般集団から偏っている群に背景をそろえていくということにもなりかねず、研究の内的妥当性が向上しても、それと引き換えに外的妥当性が低下するといえるのではないでしょうか。

[認知症におけるイベント減少、死亡リスク減少がもたらすもの]
論文の妥当性に関しては今までの内容が僕の意見ですが、この報告には妥当性云々よりも実はもっと重大な問題が有ります。認知症を改善するわけではなく、寿命を延ばすことそのものについて考えてみたいと思います。
下のグラフがEur Heart J. 2013 Jun 4. [Epub ahead of print] PMID:3735859の結果です。上が心筋梗塞、したが死亡に関する生存曲線です。いずれも有意差が出ています。


 認知症の早期発見や薬物治療で患者本人のQOLが改善するのでしょうか。この文献は薬物治療で認知症患者の心血管イベント抑制や延命効果を示唆していました。それが何を意味するのかをよく考えなくてはいけないと思います。死亡リスクが減る、死亡が先送りされたその時間をどう生きるか、この生存曲線はこのとてつもなく難解な問題を提起するのです。認知症を治癒させることのない薬剤、認知症を抱えながら、この時間をどう生きればよいのか。死亡リスクが減るか、ということよりも、むしろどう生きるかということもまた問題とすべきではないでしょうか。コリンエステラーゼ阻害薬、ドネペジルでは最近ジェネリック医薬品も販売が開始されましたが、その先発薬価は高額です。このような高額な薬剤を使用して、認知症が治るわけではなく、認知症は確実に進行します。そしてこの報告で寿命が延びる可能性が示唆されました。


認知症を苦にして日々生活することが、そしてそれすら認識できなくなった末期状態、もはやこの医療介入にQOLという言葉は相応しくないと思うのは僕だけでしょうか。認知症の真のアウトカムとはどういうことなのか、しばらく考えたいと思います。少なくともこういった薬剤を服用することでQOLという言葉は軽々しく使用するべきではないと思います。

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