[お知らせ]


2015年9月18日金曜日

エンパグリフロジン(ジャディアンス®)の有効性~EMPA-REG OUTCOME~

SGLT2阻害薬エンパグリフロジンの心血管アウトカムに関する大規模臨床試験の結果が報告されました。結論から言えば、この論文の結果は今後の2型糖尿病の薬物治療を大きく変える可能性があります。以下、研究概要と結果に対する考察をまとめましたが、誤りなどございましたらご指摘いただければ幸いです。

[文献]
Zinman.B et.al. Empagliflozin, Cardiovascular Outcomes, and Mortality in Type 2 Diabetes.N Engl J Med.September 17, 2015 DOI: 10.1056/NEJMoa1504720. [Epub ahead-of-print] PDF

[研究デザイン]
randomized, double-blind, placebo-controlled trial
2重盲検ランダム化比較試験

[対象患者]
2 diabetes were adults (18 years of age) with a body-mass index (the weight in kilograms divided by the square of the height in meters) of 45 or less and an estimated glomerular filtration rate (eGFR) of at least 30 ml per minute per 1.73 m2 of body-surface area
BMI45未満で18歳以上の2型糖尿病患者(eGFRが少なくとも30 ml/min/1.73 m2

All the patients had established cardiovascular disease
全ての患者が心血管疾患を有する

had received no glucose-lowering agents for at least 12 weeks before randomization and had a glycated hemoglobin level of at least 7.0% and no more than 9.0% or had received stable glucose-lowering therapy for at least 12 weeks before randomization and had a glycated hemoglobin level of at least 7.0% and no more than 10.0%.
ランダム化より12週以前に血糖降下薬の服用なく、HbA1c7.0%~9.0%、もしくはランダム化より12週間以前より安定した血糖降下治療を受けており、HbA1c7.010

[患者背景]
年齢
63.063.2
男性
71.272.0
BMI
30.630.7
冠動脈疾患
75.376.0
心筋梗塞既往
46.247.2
HbA1c(%)
8.068.07
罹病期間10年以上
56.357.7
ACEi/ARB使用
80.181.2
スタチン使用
76.077.9
メトホルミン使用
73.774.3
インスリン使用
47.848.3

[介入・比較対照]
empagliflozin (at a dose of either 10 mg or 25 mg) versus placebo
エンパグリフロジン10mgもしくは25mgとプラセボを比較
プラセボ群:2333
エンパグリフロジン10mg群:2345
エンパグリフロジン25mg群:2342

[ランダム化]
randomly assigned in a 1:1:1 ratio to receive either 10 mg or 25 mg of empagliflozin or placeboonce daily. Randomization was performed with the use of a computer-generated random-sequence

[一次アウトカム]
The primary outcome was a composite of death from cardiovascular causes, nonfatal myocardial infarction (excluding silent myocardial infarction), or nonfatal stroke.
心血管疾患死亡、非致死的心筋梗塞(silent myocardial infarctionを除く)、非致死的脳卒中の複合アウトカム

[統計解析]
the primary hypothesis was noninferiority for the primary outcome with empagliflozin (pooled doses of 10 mg and 25 mg) versus placebo with a margin of 1.3 for the hazard ratio
主要仮説はプラセボに対する非劣性の検討でマージンは1.3

For the test of noninferiority for the primary outcome with a margin of 1.3 at a one-sided level of 0.0249, at least 691 events were required to provide a power of at least 90% on the assumption of a true hazard ratio of 1.0
パワー90%で一次アウトカムの必要イベント数は691

We performed the primary analysis using a modified intention-to-treat approach among patients who had received at least one dose of a study drug.
非劣性試験のため修正ITT解析を用いている[結果の過大評価に注意

[研究結果]
A total of 7028 patients underwent randomization from September 2010 through April 2013. Of these patients, 7020 were treated and included in the primary analysisFinal vital status was available for 99.2% of patients.
7028人をランダム化し、7020人をITT解析。(8人は治療を受けず)ロストはプラセボ群11人、エンパグリフロジン10mg10人、エンパグリフロジン25mg7人と致命的な影響はなし。追跡率は99.2

The median duration of treatment was 2.6 years, and the median observation time was 3.1 years
追跡期間は3.1年(中央値)

アウトカム
プラセボ
2333
エンパグリフロジン
4687
Hazard Ratio
(95% CI)
一次アウトカム
282 (12.1)
43.9/1000人年
490 (10.5)
37.4/1000人年
0.86
(0.740.99)
総死亡
194 (8.3)
28.6/1000人年
269 (5.7)
19.4/1000人年
0.68
(0.570.82)
心血管死亡
137 (5.9)
20.2/1000人年
172 (3.7)
12.4/1000人年
0.62
(0.490.77)
心筋梗塞
126 (5.4)
19.3/1000人年
223 (4.8)
16.8/1000人年
0.87
(0.701.09)
心不全による入院
95 (4.1)
14.5/1000人年
126 (2.7)
9.4/1000人年
0.65
(0.500.85)
生殖器感染症、増加が見られるものの、他の有害事象について大きな差はない。
なお尿路感染症は女性でむしろ減少傾向。

[考察]
この研究対象者は心血管疾患を有するハイリスク患者である事、新規糖尿病発症者ではないこと、メトホルミン併用例が多いことを踏まえると、新規糖尿病患者への第一選択としてのエンパグリフロジンの積極使用を支持するものではない。しかしながら、このようなハイリスク患者に対する糖尿病治療薬の大規模臨床試験で心血管アウトカムを有意に減らしているという結果は驚愕する

近年報告されたDPP4阻害薬の臨床試験、EXAMINETECOSSAVOR-TIMI 53ではいずれもプラセボに比べて優越性が示されなかっただけに、2型糖尿病治療薬としてのSGLT2阻害薬の立ち位置は今後大きく変わるだろうと予測する。

一次アウトカムの結果から考察する。本試験のThe primary hypothesisは非劣性である。そのため統計解析にmodified intention-to-treatが用いられている点に注意したい。通常のITT解析に比べて修正ITTでは結果を過大に評価すると報告されている。(PMID: 26016488)非劣性を示す際は重要な修正ITT解析であっても優越性評価においてこの解析方法が妥当だったかどうかは議論の余地があるだろう。またサンプル計算で見積もられた一次アウトカムのイベント数は691であり、本試験では両群合わせて722のイベントが発生しており、想定されたイベント数よりも多い。そのため有意差が出やすい状況になっている。論点を整理しよう

・症例数過多
・修正ITT解析

この2つのポイントが一次アウトカムの妥当性をやや揺るがすように思える。結果のハザード比は0.86で信頼区間は(0.740.99)である。上限は0.99。上記で指摘したように結果の過大評価の可能性を踏まえれば有意差が無くなる可能性はあるだろう。それにしてもリスクは減少傾向にあり非劣性は示されるであろことに変わりはなさそうだが、この結果をもって著明なリスク減とは言えない印象もある。

一次アウトカム以外を考察しよう。一次アウトカムは複合アウトカムであったが、驚くべきことに、結果に大きく影響を及ぼしたのは『死亡』というハードアウトカムであった。心筋梗塞や脳卒中に有意な差は見られないのである。これは病態生理学的に考えるとやや矛盾しているように思える。これまで報告されていた厳格血糖コントロールの有用性に関するランダム化比較試験やメタ分析では総死亡は減らず、心筋梗塞は減るという結果が支持されていた。しかしこの研究ではこれまでの示唆に矛盾する結果となった。これはどういう事だろうか。糖尿病により大血管合併症が抑制され、心血管死亡が減るでなく、いきなり心血管死亡が減るという可能性を示唆している。病態生理と独立したメカニズムが存在するのだろうか。

イベントの先延ばし効果について見てみよう。この研究対象となった患者群は、日本における一般人口集団よりもイベントリスクが高いだろう。(MEGAstudyの冠動脈疾患5.0/1000人年)と比較すれば明らか) Primary Outcomeでは2年後にイベントを起こす人を6か月ほど先延ばし、総死亡では2年後にイベントを起こす人を1年ほど先のばす効果が見て取れる。さらに一次アウトカムNNT62.5/3.1年となっている。あくまで超ハイリスク患者を対象とした場合の結果ではあるが、この結果が真であれば、他の糖尿病治療薬の有効性をしのぐ値と言えよう。

[結論]

エンパグリフロジンを新規糖尿病患者における第一選択薬剤として推奨する根拠ではない印象である。しかしながら、メトホルミンをはじめとする糖尿病治療薬の有効性に関する歴史を塗り替える論文結果には違いない。注意が必要と思われるのは、「一次アウトカムの有意な減少」と言う結果には議論の余地があるかもしれない。また心筋梗塞や脳卒中を減らさず、心血管疾患を減らすという病態生理学的矛盾にも注目したい。

2015年9月13日日曜日

健康を目指すとどうなるのか ~第6回CMECワークショプ~

[やる気がるとうまくいかない]
むしろ何もしないことが、決定的に大事なことだった。やる気があるとうまくいかない。健康を目指すとはどういう事なのか。

もっとも幸せな状態はどれだろうか。

①健康に気をつけて、長生きした
②健康に気をつけず、長生きした
普通はここまでしか見えていない。しかしまだあと2つある。
③健康に気をつけて、早死にした
④健康に気をつけず、長生きした

健康に気をつけず、長生きした、まあそれが一番幸せなのかもしれない。何もしないで長生きできれば、誰でもそうありたいわけだ。しかし現実には「健康に気を付けて」というような健康への“やる気”を出すような思想が常識的価値観として存在する。

高齢になれば誰しもが慢性疾患や身体不条理を感じる。大事なのは、抱えている当該疾患が原因となって死亡に至るスピードと本人の寿命そのものスピードの、競争のゆくえ。多くの場合、前立腺がんでは寿命のほうが先に尽きてしまう。前立腺がんでは死なない。病理学的な癌と、死因としての癌は全く別物。生き死に関係ない癌の取り扱いが肝要だろう。すなわち、がんをどこまで放置するかという問題が大事である。いわゆるトンデモ医療といわれるがんもどき理論の問題はここにあるといえよう。癌はあいまいなものである。消える癌、死因となる癌。早期発見ではその区別が分からないのだ。

[権威の問題が世の中を変えないかもしれないけれど]
健康問題に関する優れた研究は多い。しかし研究の質と情報の拡散の関係は相関しない。普及するというのは、なにがしかの誇張を含んでいる。健康に関する質の高い情報を多面的に伝えるのも医療者の重要な役割である。だがしかし、権威がないと話している内容について全く信用されないし、権威があれば、話している内容が信用されているわけではなく、単に権威に基づいた説明にすぎないという現実がある。世の中何も変わらないのではないかとさえ思えてくる構造があるが、それでも質の高い医療情報を積極的に発信する必要があることには変わりない。

医療に期待して長生きを目指すのは、割に合わない挑戦かもしれない。すでに日本人は1980年に想定された理想の生命曲線を超えた。(N Engl J Med 1980; 303:130-135[1]理想を実現してなおどこへ行くのか?75歳高齢者の平均余命はこの100年で大きく変わっていなかった。医療が高齢者の健康寿命延伸に貢献しているというのは幻か?

[大事なのはどうでもよさ]
健康寿命と平均寿命は相関する。健康寿命だけが延びているのではなく、不健康寿命も延びるのだ。寿命が延びたことがもたらすもの。病名をつけることで治療すると良くなるというような考え方に傾く。だがしかし長寿は確率の問題に過ぎない。健康で長生きすればよいのか?いつまでも長生きしたいというのは健康な考えか?不健康を包含するような健康感をもつことも必要であろう。

さて、健康寿命は誰がどう定義するか。どういった生き方にも価値がある。寝たきりで生きるのは価値がなないという世の中は大変な事だ。でたらめやるのも価値がある。様々なところで価値を見出すことで、その間に重要なものを見出したい。だいじなのはどうでもよさ。どうでもよい、という事になれば、支えはいらない。医療者が支える必要があるという社会が必ずしも良い社会ではないかもしれない。早く死ぬことに価値があると考えられること、そういった思想が良い面もある。介護の問題において、「自分の母に対して死んほしいと思っても良いですよ」という価値観を伝えたい。[2]むしろそれが医療者にとって重要な役割かもしれない。死んでほしいと思うのは生きていてほしいと思うから、だろう。




[1] フルテキストはFries JF..et.al. Aging, natural death, and the compression of morbidity. 1980. Bull World Health Organ. 2002;80(3):245-50. PMID: 11984612から読める。
[2] 水村 美苗 母の遺産―新聞小説 2012/3 中央公論新社