[お知らせ]


2014年3月24日月曜日

多面的に評価しながら実践するEBM~第7回薬剤師のジャーナルクラブを終えて~

薬剤師のジャーナルクラブ第7回放送が無事終了いたしました。ご視聴いただきました皆様、ありがとうございました。

[ランダム化についてのまとめ]
今回の論文は今まで扱ってきたランダム化比較試験論文と比べても症例数が100人以下とかなり小規模のスタディですね。実約群とプラセボ群に参加者を分けるときに、その患者背景の偏りを防ぐためにランダム化を行うわけですが、症例数が少ないとランダムに分けたとしても偶然背景因子が偏る確率が高くなります。例えば、1000人の患者さんを500人ずつランダムに2群に分ければおおよそ2群間で男女の比率に大きな差は無いと考えやすくなりますが、10人をランダムに2群に分けた場合はどうでしょうか。1つの群に女性が5人中4人、もう一方の群には5人中1人だけ、なんてこともあり得ますよね。症例数が少ない場合はランダム化を工夫する必要があります。

5回ジャーナルクラブではクラスターランダム化、という手法も出てきました。僕自身ランダム化の手法について勉強不足でしたので、ここで改めてまとめておきたいと思います。まずランダム割り付けにはヒト個人を割り付ける手法とヒトの集合を割り付ける方法の2つがあり、ヒト個人を割り付ける方法には4タイプがあります。

■個人をランダムに割り付ける手法
①均等ランダム割り付け
②ブロックランダム割り付け
③層化ランダム割り付け
④不均等ランダム割り付け
■人の集合をランダムに割り付ける手法(クラスターランダム割り付け)

[ヒト個人をランダムに割り付ける方法]
①均等ランダム割り付け
これは通常、良く用いられる手法で、一般的にランダム化と言えばこれを指しているとかんがえて良いかと思います。各群に同数の患者を割り付けるもので症例数がある程度の規模があれば、背景因子を均等に分けることができ、統計学的検出力が最も大きくなる割り付け方法です。
②ブロックランダム割り付け
症例数が少ない臨床研究で用いられることが多いです。研究実施施設をブロックと見立てて、各ブロック別に集めるサンプル数(ブロックサイズ;通常4人~6人)を決め、各ブロック内で各研究群に同数の患者を割り付ける方法です。
例えばブロックサイズが4人でAB群に割り付ける場合、通常にランダム化してしまうと全員A群=AAAA、あるいは全員B群=BBBBという割り付けが生じてしまうことがあり、これでは研究できません。ブロックサイズ4人で行うブロックランダム割り付けではAABBABAB,BABAABBABAABBBAAという6通りの順列をあらかじめ決めておき、この順列をどのブロック(施設)に当てはめるかをランダムに決めます。被験者はどのブロック(施設)に所属するかが決定した時点で、該当ブロックに割り当てられた順列に従いA群かB群に振り分けられていきます。

[ブロックサイズが4人のブロックランダム化]
A群、B群が同数になる組み合わせ順列(AABBABAB,BABAABBABAABBBAA)をランダムにブロック(研究施設)に割り付ける
▶被験者は配属先の施設に割り当てられた順列に従いA群かB群に割り付けられる
メリット:A群とB群で人数が均等に振り分けられる。
※小規模研究のみに用いられます。

③層化ランダム割り付け
既に分かっている予後要因を2群間で等しくするために要因別であらかじめ層別化し、各層でランダム割り付けを行う方法です。例えば男女の違いで明らかに予後が異なる場合、男性、女性という2つの層にあらかじめ分けておいて、男性層、女性層でそれぞれランダム化を行います。この層化ランダム割り付けを行う場合は、サンプル数が小さく、かつ予後に強い影響を与える既知の要因が存在する場合などに限られます。

④不均等ランダム割り付け
基本的に均等ランダム割り付けと同じですが、均等ランダム割り付けは2群間で同数の被験者を振り分けるのに対して、不均等割り付けでは2:1など、2群間で不均等な人数に割り付けます。治療群:対照群で2:1という割り付けを行うと、被験者が治療に参加できる確率が高くなりますよね。試験参加意欲の向上というメリットがあります。せっかく治験に参加するのであれば、やはりプラセボ群よりも実薬群に割り付けられたいと考えることも多いですよね。また実約群の症例サンプルが大きくなると副作用の検出が高まり有害事象の解析に有利になることがあります。ただ統計的パワーが減少したり、均衡の原則を損なう恐れがあるため、特別な理由のない限り均等ランダム割り付けを用いるべきだといわれています。

[ヒトの集合をランダムに割り付ける手法(クラスターランダム割り付け)]
クラスターランダム化は第5回ジャーナルクラブで少し取り上げました。個人単位ではなく、診療所単位、施設単位、学校単位など、ヒトの集合単位で割り付けを行います。クラスターランダム化には以下のような利点があります
①個人単位を割り付けるよりも容易でコストが低く抑えられる
②個人単位で割り付ける場合インフォームドコンセントを割り付ける前に全て行う必要があるが、クラスターランダム化ではクラスターを割り付けた後でもインフォームドコンセントをとることができ、作業が効率的
③コントロール群が介入に暴露される可能性を減らすことができる。例えば学校内で介入群とコントロール群に分けた場合、学生同士の接触が、介入内容を共有させ、結果的にコントロールに割り付けられた学生も介入にさらされてしまうような事態が発生してしまいます。学校単位で介入、コントロールを割り付けていればこのような事態の発生は防ぐことが可能です。
④十分な量のクラスターがないとベースラインの同等性が保たれなくなってしまいます。したがって症例数は膨大なものとなり、また統計解析もやや特殊な手法(個人間の相関)を用いなければいけない等のデメリットがあります。

[花粉症の真のアウトカム]
花粉症の真のアウトカムというのは今回のメインテーマです。主観症状がメインとなってきますから、たとえば高血圧のように、血圧=代用のアウトカム、脳卒中あるいは死亡=真のアウトカムという感じで区別することが難しいように思えますね。花粉症治療のアウトカムをあげてみましょう

まず良く目にするのがRQLQスコアだと思います。日本版はこちらです。日本アレルギー性鼻炎標準QOL調査票また花粉症はアレルギーですので、血清IgE値などの免疫反応を検討したものもあります。IgE等の値は明らかに代用のアウトカムと言えそうです。そうなるとやはり、花粉症の検討には症状スコアというものが、真のアウトカムに近いように思えますね。ただ重要なのはあくまで数値化されたデータを見ているにすぎないということです。死亡率などの発症率は臨床的にもインパクトがありますが、症状スコアは患者の主観情報を数値化したもので、それは実臨床での差異を具体的に示したものではないということです。

今回の論文のアウトカムは鼻水、鼻閉、くしゃみ、鼻の掻痒感の4鼻症状スコア変化(4ポイントスケール、スコアが高いほど症状悪化)曲線下面積(AUC)でした。スコア変化の差を比較したわけでもなく、さらに良くわからないアウトカムとなっています。このアウトカムがプラセボ群と比べて有意に差があるというのがいったいどれほどの意味なのか、患者個別に考える必要がありそうです。

[有効かもしれないという先入意識]
実際のところ、ステロイド点鼻薬は経口抗ヒスタミン薬よりも花粉症症状を有意に改善することが報告されています。
BMJ. 1998 Dec 12;317(7173):1624-9.[PMID:9848901]
また経口抗ヒスタミン薬とステロイド点鼻を併用してもステロイド点鼻単独と比べて症状改善に大きな差はないということも報告されています
Allergy Asthma Proc.2006May-Jun;27(3):248-53.[PMID:16913269]
Ann Allergy Asthma Immunol. 2008 Mar;100(3):264-71[PMID:18426147]
さらにステロイド点鼻には目のかゆみにも効果が期待できるとする報告があります
J Allergy Clin Immunol. 2010 Jun;125(6):1247-1253[PMID:20434199]
Allergy. 2011 May;66(5):686-93[PMID:21261661]
Ann Allergy Asthma Immunol. 2008 Mar;100(3):272-9[PMID:18434976]
このような背景知識があると、どうもステロイド点鼻がかなり効果的であるという先入意識が働きます。どのような状況においても、こういったエビデンスがあるので、こちらの方が効果があるという観点から新しい論文を読んでも、その前後でプラクティスが変わらないという事態が起こりえます。背景知識に、新たな情報を付け加えることで、ベイズ的に論文を評価すると言うことも僕は大事だと思いますが、ここでもう一つ、多面的に評価するという視点を付け加えたい、というのが今回強調したいところです。まずはステロイドを使用しようがしまいが、どちらでもいい、という観点からもう一度、頭の中をニュートラルにして論文を読んでみることをお薦めします。

[EBMに必要な臨床医学論文とは]
今回の論文はオープンラベルの小規模トライアルで、しかもアウトカムの妥当性も良くわからないエビデンスです。しかしながら実臨床の臨床疑問でいざエビデンスを調べてみると、大規模トライアルのような質の高いランダム化比較試験が見つかることの方が稀です。妥当なエビデンスがないからEBMなんてできない、というのは大きな誤りです。症例報告しかなくても、自身の臨床経験や、患者の思い・環境を合わせ、症例報告1つでも活用するのがEBMです。

EBMは根拠に基づく医療といわれていますが、大規模臨床試験、質の高いランダム化比較試験というエビデンスの権威に基づく医療はEBMではありません。エビデンスがないならないなりに思考錯誤するのがEBMだと考えています。

2014年3月17日月曜日

マラソンランナーと低Na血症

水電解質・輸液に関して学ぶ機会が少なく、僕自身この分野は苦手ではあります。ただプライマリ・ケアの領域においても水電解質・輸液の知識は非常に役に立つと思います。

[体の中の“水”の動きを見てみよう]
体液に関してはまず人の体を以下の3コンパートメントに分けて考えると整理しやすいです。
細胞内液
細胞外液(間質)
細胞外液(血管内)
体液が細胞間質や細胞内コンパートメントから直接体外へ出入りすることはありません。従って血管内コンパートメントが体液の出入り口となります。すべての体液の出入り口は血管内に始まり、各コンパートメントへの体液移動は静水圧差や浸透圧の力によって生じます。

各コンパートメント間での水の動きの原動力となっているのが張度(有効浸透圧effective Osmolality)です。浸透圧は溶液中のすべての溶質濃度を反映するものですが、張度は体液の各コンパートメント間で移動が制限される溶質のみを反映しています。この張度が細胞膜を介した水の浸透圧による移動を起こす原動力となっています。張度を構成する代表的な物質がNaK、ブドウ糖です。細胞内では主にKがそして細胞外には主にNaとブドウ糖が存在し、各コンパートメント間の水分移動に関わっています。

Na濃度はそのほとんどが細胞外液に存在し、血清Na濃度は細胞外液の張度を反映しています。すなわち一部の例外を除くと、低Na血症は細胞外液の張度が低下していることを意味します。浸透圧そのものは細胞内外の水移動に無関係ですが、張度は細胞内外の水移動に直結します。血清Naの低下は血管内の張度が低下し、水分移動は浸透圧の高い方へ起こりますので、細胞内に向かって水分が移動することになります。

張度の差による浸透圧差は細胞膜間(細胞内液と間質の間)で起こり、水分移動もこのポイントで考えていきますが、間質と血管内の間にも浸透圧差があります。アルブミンは血管壁を透過できないため、血管内のアルブミン濃度が膠質浸透圧を生み出し、血漿量を維持しています。理論上、血漿中アルブミン濃度が低下すれば、血管内の水分維持が難しくなり、体液が間質へ移行し浮腫などを引き起こします。ただ実際はアルブミン濃度は2g/dl以上あれば、血漿量維持の問題はまず起こらないといわれています。

脳浮腫に用いるグリセオール等は細胞外液の張度を上昇させ、脳内の水分を外液に移行させ、脳浮腫を改善させますが、膠質浸透圧形成には関与しないため間質から血管内への水の移動は起こしません。したがって末梢浮腫を改善しないどころか逆に悪化させます。一方アルブミンは血管内の膠質浸透圧を上昇させるため、細胞間質から血管内への水移動を促進するが、細胞外液自体の張度を上げるわけではないので、細胞内浮腫の改善は見込めません。

[水分補給と体内の水移動]
基本的にすべての溶液は「等張液+自由水」と考えることができます。等張液とは体液と張度が等しい溶液のことで、代表的なものが0.9%食塩水(生理食塩水)です。自由水とは張度を構成しない水のことです。

例えば自由水を細胞外液に入れると、まず細胞外液の張度が低下するために、細胞内へ水の移動が起こります(張度の高い方へ水は移動する)自由水の場合は細胞内外に21の割合で分布します(細胞外では血管内、間質の13の割合で分布)。また生理食塩水のように等張な液体を細胞外へ入れると、張度の変化が全く起こらないために細胞外液にすべてが分布します。(水の移動は起こりません)

輸液名

電解質

輸液組成
細胞
内液
細胞外液
等張液
自由水
間質
血管内
生理食塩水
Na154mEq/L
1000ml
0ml
0ml
750ml
250ml
ブドウ糖液
電解質なし
0mL
1000mL
665mL
250mL
85ml
(生理食塩水、及びブドウ糖液を1000L輸液した際の水分の体内分布:参考図書より改変)

[水分排泄と体内の水分減少]
尿にも張度と自由水の概念が使えます。例えば尿中NaK154mEq/Lで等張尿の場合、血清Na濃度を変えずに細胞外液のみを排泄します。また尿中NaK0mEq/Lの自由水であれば細胞外液と細胞内液12の割合で排泄し、この際水飲みが排泄されるため、血清Na濃度は上昇します。

尿中の
Na+K
尿組成
減少する水分
尿排泄後の血清Na変化
等張液
自由水
細胞内液
細胞外液
0mEq/L
0mL
1000ml
667mL
333ml
上昇
154mEq/L
1000mL
0mL
0mL
1000mL
不変
231mEq/L
1500mL
-500mL
-333Ml
1333mL
低下
(尿1Lにおける体水分減少と血清Na値の変化:参考図書より改変)

尿[Na]+[K]が血清[Na]よりも小さくなれば血清Naは上昇しますし、逆に大きくなれば血清Naは低下します。したがって低張尿は血清Naを上昇させ、低Na血症の状態であればそれを是正する方向に働きます。ちなみにフロセミドによる尿はhalf normal salineと呼ばれるそうで、おおむね6090mEqの低張尿だそうです。したがって、フロセミドによる利尿作用は血清Na濃度を上昇させるたらきがあり、低Na血症の治療にも用いられることがあるそうです。

[血清Naの低下で何が起こるのか]
細胞外液には圧倒的にNaが多く存在するため、血清Naの異常はすなわち細胞外液の張度の異常を起こしていると考えられます。血清Na濃度の低下は一部例外を除けば血漿浸透圧(張度)低下を意味しており、細胞外液が細胞内へ移動するという現象が起こりやすくなります。また血清Na上昇は逆に細胞内液から、細胞外液へ体液が移動する現象が起こりやすくなります。血清Naが低下すると、細胞内浮腫を引き起こし、これが頭蓋内で起これば脳浮腫となり危険な状態となります。
Na血症の治療はまず症候性か無症候性かに分けて考えると良いかと思います。症候性の場合はそれが急性経過であろうと慢性経過であろうと脳細胞の障害を意味しているという観点から危機的状況です。しかしながらNa値の是正に当たり、急性経過か慢性経過かは非常に重要なポイントです。

[血清Naの低下に対する生体防御能]
脳細胞は、細胞外が低張度になると、細胞内の水分流入により、細胞内浮腫を引き起こすが、この変化が急性だと、かなり致命的となります。しかし、このような環境変化が慢性的に経過すると、脳細胞は浸透圧形成物質を放出し脳細胞内の張度を下げ、細胞内用量を一定に保とうとします。このような浸透圧変化防御機能の形成には2日ほどかかると言われ、それより早い変化には対応できないといわれています。慢性経過で脳細胞内が低張に保たれていると、Naの急激な是正で脳細胞内の水分が細胞外へ急速に移行し、脳細胞虚脱が起こります。これを浸透圧性脱髄症候群(ODS)と呼びます。したがって慢性経過の低Na血症では急激なNa是正は危険です。

[マラソンランナーの低Na血症]
マラソンランナーでは熱中症やレース中の脱水予防等のために多量に飲水するケースがあります。これにより過剰に摂取された水分が細胞外液量を増加させると希釈性の低Na血症が発生します。2002年のボストンマラソンに参加した488人のランナーのうち13%の人に血清Na135mgdl以下の軽度低Na血症がみられ0.6%に血清Na120mg/dl以下の高度低Na血症がみられました。また過剰な水分摂取による体重変化と低Na血症の発生率には相関がみられました。
Hyponatremia among Runners in the Boston Marathon
発汗によるNa喪失は、水分過剰摂取によるNa濃度低下に比べたらそれほど大きいものではなく、Naの喪失と言うよりは希釈性変化の方が大きい可能性を示唆しています。マラソン中は脂肪や炭水化物の代謝による代謝水生成も関与しているかもしれません。
現在ではマラソン中の水分摂取は口渇感に応じて補給することが肝要だと言われています。
スポーツドリンクならばたくさん飲んでも大丈夫じゃない?なんて疑問もあるかと思いますが、これは賛否両論あるかもしれませんが、個人的な意見としては、市販のスポーツドリンクに含まれるNa量は生理食塩水と比べても少なく(下表参照)、相対的に細胞外液補充効果の割合が多いと考えられるため、たとえスポーツドリンクだろうと、やはり過量摂取は希釈性の低Na血症を引き起こす可能性があり、口渇感に合わせた補給が大事だと考えられます。

スポーツドリンク
Na mEq/L
生理食塩水
154
OS-1
50
アクアライトORS
35
ポカリスエット
21
アクエリアス
15


■参考図書:中外医学社 より理解を深める体液電解質異常と輸液 改訂3

2014年3月9日日曜日

DPP4阻害薬と急性膵炎に関する考察

DPP4阻害薬のひとつであるシタグリプチンの添付文書には「急性膵炎があらわれることがあるので、持続的な激しい腹痛、嘔吐等の初期症状があらわれた場合には、速やかに医師の診察を受けるよう患者に指導すること」という記載があり、重大な副作用として急性膵炎が挙げられています。添付文書によれば、「持続的な激しい腹痛、嘔吐等の異常が認められた場合には投与を中止し、適切な処置を行うこと。海外の自発報告においては、出血性膵炎又は壊死性膵炎も報告されている」という記載があり、その頻度は不明となっています。
重篤副作用疾患別対応マニュアルには薬剤性膵炎に関する詳細が記載されていますが、
平成21年5月作成のため情報が古くDPP4阻害薬に関しての記載は見当たりません。
[個別症例考察:シタグリプチンの関与が疑われる重症膵炎]
本邦でも急性膵炎の症例報告が存在します。
A case of severe acute necrotizing pancreatitis after administration of sitagliptin.
症例は上腹部痛の訴えにて入院した55歳の2型糖尿病の日本人男性です。以前に他の医療機関で胃潰瘍の診断を受けH2ブロッカーが投与されていたようです。背部痛と嘔吐が出現し症状が重篤化したため入院となりました。
糖尿病歴は3年で、血糖コントロールはボグリボース0.6mg/日、及びメトホルミン500mg/日で行っていましたが、8か月前よりシタグリプチン50mg/日が追加投与されました。HbA1c6.5以下でコントロール自体はかなり良好にできていたようです。
慢性膵炎や膵腫瘍、高カルシウム血症の既往、あるいは飲酒習慣はありませんでした。高脂血症が指摘されており、アトルバスタチン10mg/日にて治療中でした。
入院時、身長は172㎝、体重は77.2㎏でBMI25.2 kg/m2、体温38.1℃、血圧は172/88 mmHgでした。膵臓関連の酵素レベル上昇を認めました。CTにより胆石も認め、APACHEスコアは6ポイント、SIRSスコアは3ポイント、CT scan severity indexはグレード3で重症急性膵炎の診断となりました。
その後静脈内輸液療法、膵臓酵素阻害剤投与、壊死部切除術などの治療を行い、入院後87日で経口摂取開始となり、111日間入院を経て退院されました。なおシタグリプチンの中止後14ヶ月間の膵炎の再発はないとしています。

 急性膵炎の臨床症状は主に、腹痛(心窩部痛,上腹部痛),と嘔気・嘔吐ですが、このケースでは当初、胃潰瘍として投薬までされています。初期症状が、膵炎によるものなのかは不明ですが、薬剤師としては患者におきている臨床症状が、常に薬剤によるものではないかと疑いを持たないと、今回のようなケースが胃潰瘍として見過ごされてしまう事例もあるかもしれないと感じます。またシタグリプチン投与8か月後に入院となっていることからも、長期的な警戒が必要な有害事象と言えるかもしれません。

このケースレポートにも他の報告が合わせて記載がありますが、海外では同じDPP4阻害薬のビルダグリプチンにも症例報告が存在します。
Vildagliptin-induced acute pancreatitis.(海外報告)
Acute necrotizing pancreatitis associated with vildagliptin.(海外報告)
その治療には難渋するような印象で、添付文書上の文字から受ける印象よりもかなり重篤で深刻な状況がうかがえます。リスクの把握には添付文書の端的な記載だけではなくこのような症例報告に目を通しておくと、状況の重大性、その後の経過等を把握でき、有害事象アセスメンとには非常に有用な情報になると考えます。ただ症例報告は薬剤と有害事象を決定的に結び付けるものではありません。因果関係を考察するには1例報告のみでは難しい側面もありますが、やはりあらためて症例報告を読むと、その危険性は軽視できないものがあると感じます。

[疫学的考察:DPP4阻害薬と急性膵炎に関する因果関係]
実際のところ因果関係はどうなのでしょうか。2013年にJAMA inten Med.に報告された症例対照研究では因果関係がある可能性を示唆していました。
Glucagonlike Peptide 1-Based Terapies and Risk of Hospitalization for Acute Pancreatitis in Typ 2 Diabetes Mellitus

ケース(症例)
コントロール(対照)
急性膵炎で入院した1269人の2型糖尿病患者(18歳~64歳:平均年齢52歳、57.45%が男性)
年齢、登録方式、性別、糖尿病合併症などでマッチさせた対照群1269






調整した交絡因子は高トリグリセリド血症、アルコール摂取量やたばこ、肥満、胆道・膵臓癌、嚢胞性繊維症とメトホルミン使用で結果は以下の通りでした。
30日以内のDPP4阻害薬またはGLP-1作動薬の使用は非使用に比べて急性膵炎による入院は有意に関連する▶オッズ比:2.2495%信頼区間1.363.68
30日以降~2年以内のDPP4阻害薬またはGLP-1作動薬の使用は非使用に比べて有意に関連する。▶オッズ比2.0195%信頼区間1.373.18

この研究では有意な関連がみられましたが、のちの報告では因果関係は不明となっています。

Incretin therapies and risk of hospital admission for acute pancreatitis in an unselected population of European with type 2 diabetes : a case-control study
この研究も症例対照研究です。対象患者は経口糖尿病薬を服用している2型糖尿病患者(平均年齢72.2SD11.1)で、
(症例)急性膵炎にて入院した41歳以上の1003
(対照)性別、年齢、経口糖尿病薬服用期間でマッチングした4012
となっています。また調整した交絡因子急性膵炎リスクファクター、メトホルミン、グリベンクラミドの使用で結果は以下の通りです。

6か月のインクレチン療法は他の糖尿病薬による治療に比べて急性膵炎による入院に関して因果関係は不明である。▶オッズ比:0.98[95%信頼区間 0.691.38]

[結局のところ因果関係はあるのか]
疫学的研究では因果関係ありと言う報告と因果関係不明という報告がありましたが、さらに今年に入りランダム化比較試験のメタ分析の報告がなされました。
Dipeptidyl-peptidase-4 inhibitors and pancreatitis risk : a meta-analysis of randomized clinical trials.

[Patient]
134の研究に参加した2型糖尿病患者
[Exposure;]
ビルダグリプチン、シタグリプチン、サキサグリプチン、アログリプチン、リナグリプチンを12週以上投与
[Comparison]
プラセボ、又はDPP4阻害薬以外の治療薬(インスリン、経口糖尿病薬)の投与
Outcome
膵炎発症
研究デザイン
メタ分析[統合した研究数134
評価者バイアスの検討
2名の著者が独立して検討
元論文バイアスの検討
ランダム化比較試験のメタ分析(小規模トライアル)
出版バイアスの検討
未出版データにもアプローチ
異質性バイアスの検討
ブロボグラムを視覚的にみて、ばらつきあると思われるが統計的な異質性なし。
結果は以下の通りで明確な関連は示されませんでした。
アウトカム
[統合研究数]
E
DPP4阻害薬
C
DPP4阻害薬なし
オッズ比
95%信頼区間]
I2
統計量
膵炎発症
24
20/11553
0.17%)
16/8973
0.18%)
0.933
0.5151.688
0

またセカンダリアウトカムの膵臓癌や重大な有害事象にも明確な差はありませんでした。
膵臓癌▶オッズ比0.720.321.61
重大な有害事象▶0.970.891.04
ちなみに各薬剤ごとのリスクは以下の通りです(サブ解析につき解釈に注意)
薬剤名[統合研究数]
オッズ比[95%信頼区間]
シタグリプチン[9
0.890.322.49
ビルダグリプチン[4
1.180.324.26
サキサグリプチン[4
0.410.091.87
アログリプチン[4
0.930.194.62
リナグリプチン
1.620.377.02


これを見るといずれも関連が示されているわけではありませんが、関連がないことも示されておらず、因果関係は現時点では不明と言うほかない印象です。DPP4阻害薬群は承認され間もない薬剤です。今後の長期的な予後に関しては不明な部分が多く、ベネフィットはもちろん、リスクに関してもいまだ不明な部分も多いことは否めません。今後の症例報告や疫学的研究の報告に注視するとともに、因果関係が不明だとしても、DPP4阻害薬服用中の患者では上腹部痛や嘔気などの臨床症状に十分留意し、薬剤による急性膵炎を長期的に警戒すべきだと考えます。