[お知らせ]


2014年10月27日月曜日

エボラウイルス疾患の治療経過に関する報告

以下はNEJM誌に報告されたエボラウイルス疾患を発症した患者の詳細な臨床経過と治療に関する報告です。現時点で大変貴重なものだと思いますのでご紹介いたします。なお、訳には細心の注意をしておりますが、誤り等が散見される可能性がありますので、2次利用に関しましては、その内容に十分に注意していただき、詳細に関しましては原著論文をご確認いただきますようお願いいたします。

Kreuels B, Wichmann D, Emmerich P, et.al. A Case of Severe Ebola Virus Infection Complicated by Gram-Negative Septicemia.N Engl J Med. 2014 Oct 22. [Epub ahead of print] PubMed PMID: 25337633

201312月以来、前例のない規模のザイール型エボラウイルス(EBOV)流行はギニア、シエラレオネ、リベリアを中心に、西アフリカを襲ってきた。 現在の流行は、地域の公衆衛生上の緊急事態につながり、医療従事者の高い罹患率の増悪を招いている。致命的な症例の大多数は、医療従事者の間に起こっている。国際医療従事者の中には、欧州と米国の専門施設に立ち退いた者もいる。私たちの高度伝染性感染症治療ユニット(biosafety level 4 laboratories類似ユニット)へ搬送された患者はWHOで疫学者として勤務していた。

[発症までの経過と入院時所見]
罹患1日目にあたる2014818日時点で36歳の男性患者は倦怠感、頭痛、筋肉痛、関節痛を有していた。2日目には発熱初診にてマラリアとして対応した。2日目から6日目の間に彼はまた、セフタジジムによるエンピリカル治療を受ける。6日目にRT-PCRによるエボラウイルス陽性が確認される。7日目には吐き気、嘔吐、下痢、腹痛を呈したため、シエラレオネ治療センターへの彼の入院を促す。8日目にシプロフロキサシンおよびメトロニダゾールの単回投与を受け、輸液による支持療法を、ハンブルグに移動するまでの10日目まで行った。

患者の病歴から推測するに、感染源はこの患者が発症前に接触していたエボラウイルス疾患(以下EVD)を発症し、10日目で死亡した彼の同僚であったと考えられる。この患者と死亡した彼の同僚は、会議のための事務所を共有し、死亡した3日前まで、同じトイレ設備を使用していたことが分かっている。

我々の施設入所時、この患者の容態は比較的安定していた。38.4度の発熱があったものの、他のバイタルは正常であった。oxygen saturation97%、blood pressure 110/80 mm Hgheart rate 87 beats per minuteと著名な異常を認めない。

意識はあり、覚醒状態で脱水兆候があり腹部圧痛の拡散を認めた。発疹は存在しなかった。患者は持続的B型肝炎ウイルス感染の既往があったが症状はなかった。臨床検査所見では脱水と軽度の低カリウム傾向を示していた。

hemoglobin level18.0 g per deciliter,
creatinine level1.9 mg per deciliter  (normal range, 1.1 mg per deciliter)
potassium level,3.4 mmol per liter( normal range, 3.5 to 5.0).
platelet count 103×103 per cubic millimeter (normal range, 150 to 450),
aspartate aminotransferase level 1054 U per liter (normal range, <50),
D-dimer level 33 mg per liter (normal range, 0.1 to 0.4)

マラリアとデング熱の検査結果は陰性であった。腹部の超音波検査では下大静脈の完全な崩壊、小腸の顕著な浮腫を伴う麻痺性イレウス、肥大した大腸壁、膨張した腸係蹄を明らかにした。

[臨床経過と管理]
対症療法
経口摂取不可能のために、吐き気、嘔吐、および発熱の治療には、入院後即時、静脈内投与が行われた。使用された薬剤詳細はSupplementary Appendix.Figure S1. Timeline of drugs and supportive therapy.を参照

[水分摂取と栄養管理]
体重、電解質是正のために最大限の栄養サポートが行われた。患者はハンブルグ搬送後の最初の3日間(罹病10日~12日後)において1日の排便で8000mlを失っていたため、血液量減少性ショックのリスクが高いと考えられていた。

嘔気や嘔吐は経口による補液を妨げ1日当たり最大で10Lの輸液により、心循環値を安定させる必要があった。(初週では30L)持続する低カリウム血症に対して1時間あたり塩化カリウム溶液810 mmolの連続的な静脈内の投与を必要とした。体重および電解質の是正をするために、15日目に中心静脈カテーテルが留置された。麻痺性イレウス等の通過障害のために経腸栄養は考慮できなかったエリスロマイシンやネオスチグミンによる蠕動運動を刺激する試みは成功しなかった粘膜の正常化をサポートするためにグルタミン酸0.3g/㎏を含む静脈栄養を11日目に開始した。患者の状態が安定した17日目より低繊維の経腸栄養が開始された。

[臨床経過および合併症の管理]
患者は10日目から12日目にかけて安定してきた。嘔吐は13日目で軽快。多量の下痢も15日目で軽快した。ヘモグロビンおよびクレアチニンレベルは、12日目により正常範囲に戻った。アミノトランスフェラーゼレベルも徐々に減少した。しかし、発熱(40.0℃)、低酸素血症、頻脈、息切れ、腹部の痛みは13日目に入っても鎮静化しなかった。白血球は増加14.1×103 white cells per cubic millimeterC-reactive protein level (43 mg per liter)
これらの結果は、粘膜の欠損により細菌の易感染に付随する二次性腹膜炎や敗血症を示唆すると解釈された。

セフトリアキソンによる抗菌療法が13日目に開始されたものの、14日目には白血球数のさらなる増加(26.9×103 per cubic millimeter)が認められたため、メロペネムとバンコマイシンに変更した。12日目の血液培養によれば、アンピシリン、シプロフロキサシン、および第三世代セファロスポリンに耐性を有するが、メロペネムに感受性のあるグラム陰性細菌が認められた。エボラウイルスRNAが減少している間においても、重篤な感染症が起こっていることが示された。

患者の治療経過は胸膜や心膜の滲出、腹水、および腸管浮腫の増加によって、さらに複雑になった。15日目に、低血糖や乳酸アシドーシスにより複雑な臓器灌流の不足を招き、重炭酸ナトリウム、および40%グルコース溶液で対応した。

精神状態の変化と肺拡張不全、容量過負荷、および脳症により、18日目には急性呼吸不全を起こした。血小板減少症との関連で生じた鼻出血により呼吸状態がさらに障害をうけた(鼻腔より血液が吸引されていくような状態と思われる。)その為、禁忌(胃不全麻痺や精神状態の変化)にもかかわらず、非侵襲的換気を開始した。断続的な非侵襲的換気の8日後、患者は次第に回復し、彼の検査値が正常化し始めた。しかし患者は持続的な頻脈と高血圧を呈していた。心電図とエコーは正常であった。
(heart rate, 120 to 150 beats per minute)
(blood pressure, >150/80 to 180/100 mg Hg)
頻脈と高血圧はメトプロロール及びクロニジンに反応しなかったが、35日に介入なしで次第に回復していった。

患者は14日~16日目にかけて深刻な脳障害を持っており回復はゆっくりであった。脳症は、幻覚(2025)で一過性のせん妄が続いた。ハロペリドールに反応しなかったものの、自発的に鎮静化した。

[ザイールエボラウイルス(以下EBOVRNAの推移および血清学的所見]
移送前の地域治療センターにて、発病6日目及び7日目に、リアルタイムRT-PCRアッセイにより測定された患者は血液中のEBOV RNAは陽性反応を示した。ハンブルグ到着後(10日目)には血漿中のEBOV RNA濃度を毎日測定した。またEBOV-特異的IgGおよびIgM抗体の存在を、抗原として​​EBOV感染ベロE6細胞​​を用いた免疫蛍光アッセイによって測定した。EBOV RNA負荷は10日目に開始し減少し、17日目にマイナスとなった。血漿EBOV RNA17日目に陰性になった後、痰、唾液、結膜スワブ、糞便、尿、および汗(腋窩、額、及び鼠径部領域からの)からリアルタイムRT-PCRの監視を行った。唾液、喀痰、結膜ぬぐい液、および便は18日目に陰性であった。しかし尿サンプルは、30日目までEBOV RNA陽性のままで、汗からのRNA抽出物は、40日までの観察期間を通して陽性のままであった。

[高度伝染性感染症治療ユニット(以下UTHCI)及び感染症病棟からの退院]

28日目にUTHCIから感染症病棟(similar to the precautions used in biosafety level 3 laboratories.)に移った。血漿中のRT-PCRアッセイにおける否定的な結果に加えて、病院と地域および国の保健当局との間の合意に基づいて患者移送のための三つの基準は、臨床的回復、便や尿の排泄自立能力、および指示を遵守する能力であった。退院は、尿や汗でのウイルスRNAの検出が長期化したために、40日まで延期された。すべての体液サンプルよりウイルスRNAの検出がなされなくなって20日後に地元の保健当局との合意で患者は退院した。患者は、最終的には肝臓酵素レベルを含むすべての検査値で正常範囲であり、彼は自力でセネガルの自宅へ戻ることができました。

[感染対策予防]

UTHCIで働くスタッフは毎分160リットルの最大エアフローと新鮮な空気の供給を提供するために、高効率粒子空気フィルタを備えた換気装置が装備されていた加圧されたスーツにより保護されていた。患者の世話をするすべてのスタッフが、感染することはなかった。

2014年10月22日水曜日

新規不眠症治療薬 スボレキサントについて

スボレキサントは世界初のオレキシン受容体拮抗薬といわれており、覚醒を維持する神経伝達物質であるオレキシンの受容体への結合をブロックすることで、過剰な覚醒状態を抑制し、脳を覚醒状態から睡眠状態へと移行させるという生理的なプロセスで眠りをもたらすと考えられています。既にMSD15mg錠、20mg錠の製造販売承認を取得しています。なお高齢者では就寝前15mgとなるようです。

実際のところ薬剤効果はどの程度なのでしょうか。新規作用機序薬剤であるがゆえにその安全性も気になるところです。主要文献を見ながら考察していきたいと思います。

[添付文書から分かること]
まずはベルソムラ®添付文書に臨床成績が記載されています。
「第Ⅲ相臨床試験:国際共同プラセボ対照試験(日本人155例)において、原発性不眠症患者638例[成人(2064歳)370例、高齢者(65歳以上)268例]に本剤(成人:20mg、高齢者:15mg)又はプラセボを3ヵ月間投与したとき、患者日誌を用いた主観的評価及びポリソムノグラフィを用いた客観的評価により入眠効果及び睡眠維持効果を評価した」
主要な結果は以下の通りです。

アウトカム
スボレキサント
プラセボ
[95%信頼区間]
1か月後のsTSTm
主観的総睡眠時間変化量
38. 7
±50. 5
23. 4
±52. 0
16. 3
7.924.8
1か月後のsTSOm
主観的睡眠潜時変化量
-16. 4
±31. 5
-12. 8
±41. 2
-5. 4
-10.90.0

これを見てお分かりの通り、入眠を5分くらい早くして、睡眠時間を15分くらい長くする程度のものです。新規作用機序と盛り上がりを見せつつありますが、まずまず衝撃的な結果でしょう。

安全性に関してはどうでしょうか。添付文書の過量投与の項目には「本剤の過量投与に関する情報は少ない。〔外国人健康成人に本剤120240mgを朝投与した臨床試験で、用量依存的に傾眠の発現率及び持続時間が増加し、脈拍数が一過性に低下する傾向がみられた。外国人健康成人に本剤240mgを朝投与した臨床試験では、胸痛及び呼吸抑制が報告された。〕」と記載があります。また「第Ⅲ相国際共同試験では、254例(日本人61例)に本剤(成人:20mg、高齢者:15mg)が投与されこの試験の 6 ヵ月間の副作用は53例(20. 9%)に認められた。主な副作用は、傾眠(4. 7%)、頭痛(3. 9%)、疲労(2. 4%)であった。」との記載があり傾眠・頭痛が主要な有害事象であることも分かります。薬物相互作用面ではCYP3Aを強く阻害する薬剤は併用禁忌ですから、注意が必要です。もちろんアルコールとも併用注意となっています。

[システマテックレビューが報告されています]
不眠症治療におけるsuvorexantの有効性と安全性を検討したシステマテックレビューの文献を見てみましょう。

Suvorexant for insomnia: a systematic review of the efficacy and safety profile for this newly approved hypnotic - what is the number needed to treat, number needed to harm and likelihood to be helped or harmed?

この報告は現時点で利用できるトライアルや症例報告を含めたレビューでスボレキサントの有効性、有害性をNNTNNHで検討した貴重な報告となっています。
スボレキサントの2つの第3相臨床試験(3か月間の2重盲検試験)での用量設定は65歳未満では40mgもしくは20mg65歳以上では30mgもしくは15mgであり、その効果はプラセボに比べて主観的な患者の推定入眠時間改善、客観的な睡眠ポリグラフ改善、睡眠持続改善を示唆したとしています。
プラセボに比べて3か月間のInsomnia Severity Index(不眠重症度指数:7項目からなり,028点(高得点ほど重症)で評価)の6ポイント以上改善させるためのNNTは、両レジメンで8 (95% CI 6-14)

最も一般的な有害事象は傾眠であり(少なくとも5%以上でプラセボの倍)そのNNH
40mg/30mgレジメンで13 (95% CI 11-18)
20mg/15mgレジメンで 28 (95% CI 17-82)

有効性忍容性プロファイルは65歳以上、未満で同様で3か月、もしくは12か月の就寝前使用で薬剤中止に伴う反跳性不眠や退薬症状は見られませんでした。以上を踏まえてこの論文では推奨用量は10mg20mgと考えられるとしています。

[長期安全性はどうか]
3か月間にわたり不眠症への有効性が示唆されたスボレキサントですが治療1年間における臨床プロファイルを評価することを目的としたランダム化比較試験が今年に入り報告されています。

Safety and efficacy of suvorexant during 1-year treatment of insomnia with subsequent abrupt treatment discontinuation: a phase 3 randomised, double-blind, placebo-controlled trial.

研究デザインは多施設2重盲検プラセボ対照ランダム化比較試験です。18歳以上でDSM-IV-TR criteriaにおいて不眠症と診断された患者が研究対象となっています。介入群では65歳未満では140mg65歳以上では130mgが投与されており、対照群にはプラセボが投与されました。最大1年間の安全性と忍容性の検討を行っています。

主要な結果は以下の通りです。
アウトカム
スボレキサント
プラセボ
[95%信頼区間]
重篤な有害事象
27/521
5%)
17/258
7%)

傾眠
69/521
(13%)
7/258
3%)

1か月後のsTSTm
主観的総睡眠時間変化量
517人)
38.7
254人)
16.0
22.7
[16.429.0]
1か月後のsTSOm
主観的睡眠潜時変化量
517人)
-18.0
254人)
-8.4
-9.5
[-14.6-4.5]

有効性に関してはセカンダリアウトカムです。まあそれでも、添付文書に記載されていたデータとあまり変わり映えがしません。まあ多く見積もっても入眠が10分早くなり、睡眠が20分長くなる程度と言う感じです。抄録からでは得られる情報が限定的ですが、有害事象については傾眠が多い印象です。

ちなみにラメルテオンの添付文書には「慢性不眠症患者971例(年齢:2080歳、中央値36歳)を対象(ただし、過去12ヵ月に精神疾患(統合失調症、うつ病等)、薬物依存等の既往がある患者は除外)とした二重盲検比較試験において、投与1週後の睡眠日誌による自覚的睡眠潜時は本剤(8mg)群においてプラセボ群と比較して統計学的に有意に減少したが、投与2週後では有意差は認められなかった。」と記載があり、睡眠潜時(分)は以下のようになっています。


ラメルテオン
プラセボ
[95%信頼区間]
投与1週目
489
61.07±30.65
481
65.77±30.36
-4.54
-7.23-1.85
投与2週目
478
56.95±31.37
478
59.62±29.13
-2.36
-5.250.53


対象患者が異なるのでスボレキサントとの比較は一概にできませんが、最近の新規作用機序入眠剤の効果はその薬価に見合うだけの有効性が期待できるのか、やや疑問です。

2014年10月20日月曜日

高齢者への23価肺炎球菌ワクチンについて

平成26年10月1日から、高齢者を対象とした肺炎球菌ワクチンが定期接種となりました。(参考)厚生労働省 肺炎球菌感染症(高齢者)
肺炎球菌ワクチンには「プレベナー13(沈降13価肺炎球菌結合型ワクチン)もありますが、高齢者に対する有効性に関して、今回検索した範囲では、質の高いエビデンスを見つけることはできませんでした。今回の定期接種においても「ニューモバックスNP23価肺炎球菌莢膜ポリサッカライドワクチン)」の1回接種が対象となっています。

定期接種化のあおりを受けてか、23価肺炎球菌ワクチンの需要が増加している印象です。確かに本邦の主要な死亡原因の第4位に挙げられる肺炎。ただしこの肺炎は高齢化という要素や、誤嚥性のものなども含まれており、純粋に肺炎球菌肺炎によるものではないことに注意が必要です。今回は高齢者に対する23価肺炎球菌ワクチンの有効性について考察してみたいと思います。

[高齢者に対する23価肺炎球菌ワクチンの効果]
まずは観察研究から見ていきます。

Effectiveness of pneumococcal polysaccharide vaccine in older adults.

グループ健康協同組合(Group Health Cooperative)のデータから65 歳以上の加入者 47,365 例を 3 年間にわたり検討した後ろ向きコホート研究です。市中感染性肺による入院,入院していない患者における肺炎,および肺炎球菌性菌血症を評価しました交絡は年齢,性別,高齢者福祉施設の入所者であるか否か,喫煙状況,疾病状態,およびインフルエンザワクチン接種状況で補正されています。結果は以下の通りで、あまり良いとは言えない結果となっています。

アウトカム
ハザード比[95%信頼区間]
肺炎球菌性菌血症
0.560.330.93
肺炎による入院
1.141.021.28
外来患者における肺炎
1.040.961.13
市中感染性肺炎
1.070.991.14

Protective effects of the 23-valent pneumococcal polysaccharide vaccine in the elderly population: the EVAN-65 study.

こちらはスペインにおける地域在住の65歳以上の高齢者11,241人を対象とした前向きコホート研究です。ワクチン接種者4986人とワクチン非摂取者6255人を比較し、侵襲性肺炎球菌感染症、 肺炎球菌性肺炎、 全体的な肺炎罹患率、 肺炎による死亡を検討しています。交絡は年齢、性別、併存疾患、免疫能力、インフルエンザワクチン状況等で調整されています。主要な結果は以下の通りです。

アウトカム
ハザード比[95%信頼区間]
肺炎による死亡
0.41 0.230.72
全体的な肺炎罹患率
0.79 0.640.98
全原因死亡
0.97 0.861.09
全侵襲性肺炎球菌感染症
0.60 0.221.65

この観察研究では全原因死亡や侵襲性肺炎球菌感染症こそ有意に減らないものの、肺炎死亡や肺炎罹患率を減らす可能性が示唆されました。

コクランのメタ分析も2003年には出ていたようですが、最新報告を後ほど見るとして2009年にはCMAJからもメタ分析出ていました。

Efficacy of pneumococcal vaccination in adults: a meta-analysis.

成人に対する23価肺炎球菌ワクチンの準ランダム化比較試験を含むRCT22研究101507人が解析対象となっています。データに関しては2名の著者が独立して評価するなどの配慮がなされています。主要な結果は以下の通りです。
アウトカム
相対リスク
総死亡
0.97 (95% CI 0.87-1.09) I(2) = 44%
肺炎死亡
0.88 (95% CI 0.621.25) I(2)= 26%
全原因肺炎
0.73 (95% CI 0.56-0.94) I(2) = 90%,
肺炎球菌肺炎(疑診)
0.64 (95% CI 0.43-0.96) I(2) = 74%
このメタ分析でも肺炎は減っても(異質性も高くごくわずかな印象ですが)死亡は減らない可能性が示唆されています。有効というにはなかなか厳しい結果となっています。この研究では2重盲検試験だけでの解析も行われています。
アウトカム
相対リスク
総死亡
0.99 (95% CI 0.841.17) I(2) =46%
全原因肺炎
1.19 (95% CI 0.951.49) I(2) =50%
肺炎球菌肺炎(疑診)
1.20 (95% CI 0.751.92) I(2) = 0%
質の高い研究のみでの解析ではなんと、肺炎すら減らせないどころかむしろ上昇傾向という驚きの結果です。

ではランダム化比較試験の結果はどうなっているのでしょうか。幸いにも日本人のエビデンスが2010年に報告されています。

Efficacy of 23-valent pneumococcal vaccine in preventing pneumonia and improving survival in nursing home residents: double blind, randomised and placebo controlled trial.

この研究は日本における高齢者施設に居住する1006人(平均84.8歳)を対象とし、ワクチン群502人、プラセボ群504人を比較しています。プライマリアウトカムは全原因肺炎と肺炎球菌による肺炎です。なお死亡関連アウトカムはセカンダリアウトカムとなっています。研究デザインは2重盲検ランダム化比較試験で統計解析はITTです。結果は以下の通り
アウトカム
ワクチン群
プラセボ群
reduction in
incidence (95% CI)
全原因肺炎
63 (12.5%)
55/1000人年
104(20.6%)
91/1000人年
44.8
(22.4 to 60.8)
肺炎球菌肺炎
14 (2.8%)
12/1000人年
37 (7.3%)
32/1000人年
63.8
(32.1 to 80.7)
肺炎死亡
20.6% (13/63)
25.0% (26/104),
0.5181
肺炎球菌肺炎死亡
0%(0/14
35.1%(13/37
0.0105
総死亡
17.7% (89/502)
15.9% (80/504)
P=0.4
肺炎や肺炎球菌肺炎死亡は減らすかもしれなという結果が出ていますが、対象患者は施設居住者であり、地域在住の対象者ではないことに注意が必要です。また肺炎死亡や総死亡も減っていません。したがって施設居住者のようなケースでの集団接種には一定の効果があるかもしれませんが、そう死亡を大きく減らすものではない印象です。

最後にコクランを見てみましょう。データは2013年にアップデートされています。

Vaccines for preventing pneumococcal infection in adults.

成人に対する肺炎球菌ワクチンの効果を検討したメタ分析で、解析対象は18件のランダム化比較試験(64852人)と7件の非ランダム化比較試験(62294人)です。データに関しては2名以上の著者が独立して評価するなど配慮されています。

アウトカム
オッズ比(95%信頼区間)I2統計量
侵襲性肺炎球菌感染症
0.260.14 to 0.45 0%
全原因肺炎
0.71,0.45 to 1.12) 93%
総死亡
0.900.74 to 1.09) 69%
これまでの報告と変わることなく、死亡は減りません。

[COPD患者では]
同じくコクランからCOPDを有する人に対する肺炎球菌ワクチンの効果に関する報告があります。

Injectable vaccines for preventing pneumococcal infection in patients with chronic obstructive pulmonary disease.

7つのランダム化比較試験に参加した成人のCOPD患者1372人が解析対象です。データの取り扱いは2名以上の著者が独立して行うなどの配慮がなされています。結果は以下の通りです。
アウトカム
オッズ比(95%信頼区間)
COPDの急性増悪
0.580.30 to 1.13
肺炎
0.720.51 to 1.01)
48か月以内の総死亡
0.940.67 to 1.33)
やはりすっきりしませんね。いずれも減少傾向にはあるようです。小規模スタディの寄せ集めですので、解釈はなかなか難しい印象です。

[インフルエンザワクチンとの同時接種での検討]
以下は日本の研究でよく引用される文献なので参考までにご紹介いたします。

Effectiveness of pneumococcal polysaccharide vaccine against pneumonia and cost analysis for the elderly who receive seasonal influenza vaccine in Japan.

この研究はオープンラベルのランダム化比較試験で2年の期間中にインフルエンザワクチンの摂取を受けた65歳以上の786人の日本人を対象にしています。この患者をランダムに肺炎球菌ワクチン群394人、非ワクチン群392人に分け、肺炎による入院を検討しています。
結果は全原因肺炎による入院に明確な差が出ませんでした。(P=0.183)しかしながら75歳以上の患者では有意に全原因肺炎による入院が減少(41.5%, P=0.039)しており、パンフレット等ではこちらが強調されることも多く、注意が必要です。あくまでサブ解析の結果です。
この研究ではセカンダリアウトカムとして医療コストも検討しておりPPVワクチン接種は大幅に初年度期間の医療費を削減しましたとしています。(P=0.027

[まとめ]

まず一つ言えるのは、肺炎球菌ワクチンで長生きできるというわけではないという事です。総死亡が減らせるかどうかは現時点で示されていません。しかしながら高齢者の多い、療養施設やナーシングホーム居住者等の特殊な環境下での集団的な接種には意味があるかもしれません。ただこの場合も死亡を顕著に減らせるわけではありません。あくまでも肺炎や死亡ではなく、侵襲性肺炎球菌性疾患の予防という観点からこのワクチンをとらえるべきでしょう。肺炎を予防し肺炎死亡を減らすかどうか…議論の余地は多く残されたままの定期接種開始となりました。