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2014年6月5日木曜日

MRSAによる抗菌薬関連腸炎は実在するのか?

メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)による腸炎は消化管手術後の発症が多く、激しい水様下痢や小腸の麻痺性イレウスを来たし,敗血症や多臓器不全を呈すると重症化,致死的な転帰をたどることで知られています。本邦では海外に比べても症例報告が多いそうです。死亡例も報告されています。

MRSA腸炎の発生要因として以下の機序が考えられています
(1)口腔もしくは鼻腔を含む上気道に定着・増殖したMRSAの胃への侵入
(2)H2ブロッカー投与などにより胃酸pHが上昇し,MRSAが増殖し腸へ侵入
(3)抗菌薬投与による腸内細菌叢の変動およびMRSAの選択増殖

抗菌薬によるMRSAの選択増殖が原因である可能性が示唆されているわけですが、抗菌薬関連腸炎と言えば、クロストリジウムディフィシル(Clostridium difficile)やクレブシエラ・オキシトカ(Klebsiella oxytoca)が有名ですよね。

今月、神戸大学病院の岩田先生のグループによるMRSA腸炎に関するシステマテック・レビューが報告されました。(訳に自信がありませんので詳細は原著をご確認ください。わかりにくい日本語はご容赦願います)単に抗菌薬とMRAS腸炎の因果関係を探索するにとどまらない興味深い論文です。

Iwata K, Doi A, Fukuchi T, et. al.  A systematic review for pursuing the presence of antibiotic associated enterocolitis caused by methicillin resistant Staphylococcus aureus. BMC Infect Dis. 2014 May 9;14(1):247. PubMed PMID: 24884581

MRSAと抗菌薬関連腸炎に関する明確な因果関係は現時点では不明です。抗菌薬関連腸炎の大部分がClostridium difficileによるものと考えられており、また治療に経口バンコマイシンを使用することもあり抗菌薬関連腸炎の原因としてのMRSAが注目されることは少なかったようです。日常的に便培養することもそれほど多くない中でMRSA腸炎がClostridium difficileによる腸炎と認識されるケースもあり、また便中のMRSAの存在が直ちにMRSA感染症を示すものではないという事がより拍車をかけてしまっているようです。MRSA腸炎の報告は日本で多いものの、本邦では経口メトロニダゾールが2012年までCDIの治療に承認されていなかったこともあり、CDIの治療にはもっぱら経口バンコマイシンが使用されてきたことが、抗菌薬関連腸炎とMRSA腸炎との関連性をうやむやにしてきたのではないかと考えられます。このレビューでは45の臨床報告と9つの基礎研究を評価し、抗菌薬の使用とMRSA腸炎に関する関連性を検討しました。

コッホの4原則によれば

①ある一定の病気には一定の微生物が見出されること
②その微生物を分離できること
③分離した微生物を感受性のある動物に感染させて同じ病気を起こせること
④その病巣部から同じ微生物が分離されること

と言うわけですが、MRSAは健康な被験者の糞便中に見つけることができますので、単純に因果関係を証明するためにコッホの仮説を適用することを避け、クレブシエラ・オキシトカと抗菌薬関連腸炎の因果関係を示す際に用いられた方法[N Engl J Med 2006, 355:2418-26]により45の臨床報告を評価しています。

[評価基準]
①下痢発症前の抗菌薬曝露
②内視鏡所見で抗菌薬関連腸炎と一致
③グラム染色や便や腸所見がグラム陽性球菌により引き起こされた抗菌薬関連腸炎と一致
④便サンプルにClostridium difficile等の病原体を排除したうえでMRSAの存在を認める
⑤健常な患者との比較
⑥毒素
⑦動物モデル分析によりMRSAに起因する抗菌薬関連腸炎の微生物学的根拠を有する
⑧患者の状態が抗MRSA薬の使用後に改善される。
⑨食中毒や毒素性ショック症候群を除外

[結果]
基準
満たした文献数( /45)
38
10
11
45
11
18
0
34
34

既存報告単一の研究では9つの基準全てを満たすものありませんでしたが、今回、45の臨床報告と9つの基礎研究をレビューすることにより、9つの基準、全てを満たすことが分かったとしています。(単一の研究では最大で6個の基準を満たすものが6研究、最小で2個の基準を満たすものが1研究)MRSAに起因する抗菌薬関連腸炎の存在を確認することができなかったとしても、おそらくその存在を示唆しています。

海外ではあまり報告されないMRSA腸炎は、対照的に日本では数多く報告されていますが、その報告の多くがCDIを除外できていないと考えられます。CDIに対する治療は2012年までバンコマイシンしかなかったため、MRSA腸炎として治療してきたものは実はCDIだった可能性があります。今回のレビューでMRSAに起因する抗菌薬関連腸炎の存在を確認することができなかったとしても、おそらくその存在を示唆しているが、過去に報告された多くのMRSA腸炎の文献は、そういった観点から、その妥当性に問題があるのではないかと思われます。日本からのMRSAによる抗菌薬関連腸炎に関する報告が、近年では減少していますが、日本で報告されていた症例の大部分がMRSA関連腸炎ではなく、単にCDIの誤診ではなかったのかと言えます。

MRSAによる抗菌薬関連腸炎は存在する可能性があるものの、単一の文献ではその妥当性を弱めており、また今回のレビューでMRSAによる抗菌薬関連腸炎の発生率や、臨床的特徴、リスク要因、経済的影響、そして死亡率などの結果を含むその臨床的意義を示すことができませんでした。さらにMRSAによる抗菌薬関連腸炎は稀ではないかもしれないが、国や地域ごとにMRSA感染率が異なるという問題を孕んでいます。臨床的に関連する課題は今後の研究で評価されるべきです。


MRSA腸炎に関する文献を読みまくった結果、その多くは妥当性に欠けると。本邦で報告された多くのMRSA腸炎に関する知見は実はClostridium difficile感染症によるものもあり、その臨床経過や治療方針、リスク要因などの臨床的意義はよくわからない。MRSA腸炎は存在するだろうが、その臨床的意義は今後の研究で評価されるべきという報告でした。

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