[お知らせ]


2014年6月17日火曜日

プロトンポンプ阻害薬と低マグネシウム血症

[マグネシウム代謝異常]
マグネシウムは体内に約25g存在し、その半分が骨に、45%が軟部組織に存在し、細胞外液には約1%存在します。[Endocr Dev. 2009;16:8-31]血清マグネシウムの正常値は1.82.6mg/dl1.42.1mEq/L)といわれていおり、低マグネシウム血症とは1.8mg/dl1.4mEq/L)以下の状態を指します。低マグネシウム血症には高頻度に低カリウム血症、低カルシウム血症を合併します。細胞内マグネシウムはカリウムチャネル抑制因子なのでマグネシウム欠乏があるとカリウムチャネルの抑制が解除され、カリウム排泄が亢進し、また低マグネシウムはPTH(副甲状腺ホルモン)分泌抑制を引き起こし、低カルシウム血症をもたらすことがその理由です。
アルコールの多飲と低マグネシウム血症は有名です。特に多量の飲酒習慣のある人はマグネシウム摂取の不足やアルコールによる腎尿細管障害によりマグネシウムが尿から喪失し、低マグネシウム血症が生じやすいと言われています。合わせて低カリウムや、低カルシウムが生じることが多いため、このようなケースではまずはマグネシウムの補正が基本となります。

[プロトンポンプ阻害薬誘発性の低マグネシウム血症]
プロトンポンプ阻害剤(PPI)誘発性の低マグネシウム血症は、2006年から報告されるようになったといいます。2011年に米国食品医薬品局(FDA)は、PPIの長期使用は、低マグネシウム血症を誘導する可能性があると通知しました。


血清中マグネシウム濃度の低下は,筋痙縮(テタニー)や不規則な心拍(不整脈),痙攣等の重篤な有害事象が生じることがありますが、これらの症状が患者に必ず見られる訳ではありません。PPI誘発性低マグネシウム血症が疑われた際は、マグネシウム補充やPPIの服用中止が基本的な対処となるようです。FDAはこの通知の中でPPIを長期服用することが予測される患者、およびPPIをジゴキシン、利尿薬(ループ利尿薬及びチアジド系利尿薬)または低マグネシウム血症を引き起こす可能性がある薬剤(アミノグリコシド、アンホテリシン、シスプラチン、シクロスポリン等)と併用する患者では、血清中マグネシウム濃度に留意すべきとしています。このレポートにも記載がある通りPPI投与にともなう低マグネシウム血症の臨床的特徴として以下の2点が重要かと思います。

①低マグネシウム血症は、PPI 3 カ月以上服用中の成人患者で報告されているが、大半の症例は1年以上投与後に発症している。これらの症例の約 4 分の 1 は、マグネシウム補充に加え PPIの服用中止を必要とした。
PPI服用中止後にマグネシウム濃度が正常化するのに要した期間の中央値は 1週間であった。PPI 服用再開後に低マグネシウム血症が再発した期間の中央値は 2 週間であった。

またその後の報告では、低マグネシウム血症誘発リスクとしてのPPI投与期間や患者背景は概ね以下のようにレビューされています。
Systematic review: hypomagnesaemia induced by proton pump inhibition.
患者背景:36症例中、女性24例(66.7%)、平均67.4±1.9歳(3083歳)
低マグネシウム血症誘発までのPPIの投与期間は中央値で5.5年(14日から13年とワイドレンジ)
低マグネシウム血症はPPIの中止後4日程度で回復し、PPI再開後4日程度で再発につながる可能性がある
H2ブロッカーは代替薬剤として考慮すべき薬剤

[PPI誘発性低マグネシウム血症の臨床像]
もう少し具体的に臨床症状を見ていきたいと思います。
Proton pump inhibitor-induced hypomagnesemia: A new challenge.

(プロトンポンプ阻害剤に関連する低マグネシウム血症患者の臨床症状と検査所見)
薬剤名
臨床所見
血液・尿中検査所見
オメプラゾール
下痢、嘔吐、幻覚、筋肉の興奮性
Mg血症、低Ca血症、低P血症、尿中のMgCaのレベル低下
オメプラゾール
筋肉痙攣、感覚異常、心房粗動、心電図異常
Mg血症、低Ca血症、低K血症、PTHは基準内
オメプラゾール
手根足と体幹の痙攣
PTHの増加なく、低Mg血症、低Ca血症

オメプラゾール、エソメプラゾール、パントプラゾール、ラベプラゾール
心電図異常(QT間隔延長、ST低下、Q波)
PTHの増加なく、低Mg血症、低Ca血症、低K血症、尿中MgCa低下、尿中K上昇
オメプラゾール
大発作
Mg血症、低Ca血症、尿中Mg低下

エソメプラゾール
四肢や腹部の無気力、筋肉のけいれん
Mg血症、低Ca血症、低K血症、血清PTHレベル低下、尿中Mg低下
オメプラゾール
感覚異常、しびれ、手足の脱力
Mg血症、低Ca血症、ビタミンDレベル低下
このようにマグネシウムだけでなく、カリウムやカルシウムなどの電解質も異常をきたしていることが臨床的にも確認できます。

FDAから通知がでた2011年以降も症例報告はいくつか散見されます。
Lansoprazole-induced hypomagnesaemia.
今年に報告された、ランソプラゾールによる低マグネシウム血症によると考えられた上室性頻拍で入院した73歳の女性の症例報告です。マグネシウム補正後、不整脈は改善し、PPI中止後は、マグネシウムの経口投与をすることなく、血清マグネシウムは基準値内であったとしています。そして不整脈や体調不良を訴える患者においてPPIを長期で服用しているケースでは血清マグネシウムをチェックする必要があると強調しています。

[本邦におけるPPI誘発性低マグネシウム血症が疑われた症例]
長期的なラベプラゾール使用に伴い誘発されたと考えられる低マグネシウム血症の日本での例は2012年に報告されています。
Hypomagnesemia associated with a proton pump inhibitor.
吐き気、両足首の関節炎、四肢の振戦で入院した64歳の男性です。5年のラベプラゾール(10mg/日)の服用歴があり、血液検査では重度の低マグネシウム・低カルシウム・低カリウム血症を呈していました。
マグネシウム(0.2 mg/dL), カルシウム(5.8 mg/dL) カリウム(2.3 mEq/L)
アルコール多飲や喫煙は無く、併用薬としてはシルニジピン、アトルバスタチン、メコバラミン、 リマプロスト、レバミピド、セレコキシブ、ザルトプロフェンでした。
入院時、中等度の浮腫を認め血圧161/102 mm Hg,85 beats per minute 37.4℃でした。
ラベプラゾールを中止し、マグネシウム、カルシウム、カリウムの電解質の是正をすると7日後には状態が安定し、症状が再発することなく、改善しました。

[PPIの投与と低マグネシウム血症による入院リスクとの因果関係]
実際のところ、PPIの使用と低マグネシウム血症との因果関係は強いものなのでしょうか。コホート内症例対照研究が報告されていました。

Out-of-hospital use of proton pump inhibitors and hypomagnesemia at hospital admission: a nested case-control study.

この報告は入院時の低マグネシウム血症が、PPIの院外使用に関連しているかどうかを検討したものです。
症例患者
入院時血清マグネシウムが<1.4 mEq/L以下の低マグネシウム血症患者402
対照患者
年齢、性別をマッチさせた血清マグネシウム正常患者(1.4-2.0 mEq/L
曝露
院内記録に基づく外来でのPPI使用
評価項目
入院時低マグネシウム血症
研究デザイン
Nested case-control study matched for age and sex
交絡調整
Charlson-Deyo comorbidity index、糖尿病、利尿薬の使用、推定糸球体濾過量、および胃食道逆流
統計解析
多変量条件付きロジスティック回帰分析
結果(調整オッズ比)
0.82[95%信頼区間0.61-1.11]
入院コホート内症例対照研究であり広範囲な外来患者を対象としていないため解釈は限定的ですが、入院時低マグネシウム血症は外来におけるPPI使用と関連はあまり強くないという結果でした。外来において制酸剤等に含まれるマグネシウム製剤を使用しているケースも多く、こういった薬剤の影響がリスクを過小評価している可能性も考えられます。

 [プロトンポンプ阻害薬と低マグネシウム血症]
プロトンポンプ誘発性の低マグネシウム血症についてポイントを整理していきます。

①低マグネシウム血症発症までのPPI投与期間は14日目~13年とかなり幅が広いが中央値では約5年である。大半の症例でPPI投与は1年以上に及ぶ。
②低マグネシウム以外にも低カリウム、低カルシウム血症をきたしており、これら電解質の是正が必要であるとともにPPIは中止すべきである。
PPI再開に伴う低マグネシウム血症再発リスクは概ね2週間前後である。
④臨床症状は嘔吐、痙攣、不整脈、しびれなどの感覚異常で、このような症状が見られた場合は、PPIの投与有無を確認すべきである。特に利尿剤やジゴキシンなどを併用している場合には十分注意する。
⑤入院コホートを使用した症例対照研究では入院時低マグネシウムと外来でのPPI使用は関連性が低い可能性を示唆しているが、その解釈は限定的であり、多数の症例が報告されていることからも、関連性が無いとは結論できない。

⑥マグネシウム含有製剤の併用がリスクの過小評価をもたらしている可能性がある。

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