[お知らせ]


2014年6月23日月曜日

抄読会のススメ~平成26年度第3回薬剤師のジャーナルクラブを終えて~

本年度第3回薬剤師のジャーナルクラブ配信が無事終了いたしました!ご視聴いただきました皆様誠にありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします!

[患者の真のアウトカムを想像せよ!]
抄読会を振り返りながらこのテーマについて総括していきます。今回の仮想症例シナリオから疑問を整理すると以下のようになりました。
P: patient
(どんな患者に)
数時間前から咳、頭痛、咽頭部違和感(嚥下困難なし)、倦怠感あり、発熱はよくわからない30代前半の多忙な女性会社員に
E: exposure
(どんな治療をすると)
葛根湯を使うと
C: comparison
(どんな治療に比べて)
総合感冒薬を使った場合に比べて
O: outcome
(どんな項目で検討?)
風邪が早く治るか?
風邪の悪化が防げるか?
明日会社を休まなくてすむか?
明日の仕事のパフォーマンス低下を防げるか?
風邪の真のアウトカムとはなんでしょうか。僕がEBMを実践するうえで一番大事にしているのが「患者の真のアウトカムを想像せよ」という言葉です。
急性疾患、慢性疾患問わず、疾患と言われている“現象”は時間経過とともに変化するものです。ちょっとイメージしづらいと思いますので、あくまで例ですが下の表にまとめてみます

[慢性疾患における疾患現象と時間経過のイメージ]
疾患
5年後
10年後
15年後
20年後
高血圧
血圧が高い
血圧が高い
脳卒中
死亡
糖尿病
血糖が高い
血糖が高い
腎機能低下
心筋梗塞
骨粗鬆症
骨密度が低い
脊椎骨折
大腿部骨折
寝たきり
COPD
呼吸機能低下
増悪発作増加
酸素療法開始
死亡
[急性疾患における疾患現象と時間経過のイメージ]
疾患
1日後
2日後
3日以後
4日後
風邪
のどの痛み
発熱
咳嗽
治癒
胃腸炎
嘔気・嘔吐
下痢・腹痛
下痢
治癒

医療介入と言うものは患者が感じている不条理(≒疾患現象)が時間とともに変化している中で、それに対しどのように影響を及ぼしていくのかという事をしっかり考えることが大切です。これまでの抄読会でも特に強調してきた真のアウトカムと代用のアウトカム。時間経過の中で現れるどの現象が患者にとっての真のアウトカムなのか想像することこそ肝要です。
では風邪治療における真のアウトカムはどのようなものなのでしょうか。患者個々によってこれは本当に様々だと思います。とりわけ急性疾患は日々の生活との関連性が高いと思います。どういう事かと言えば、例えば高血圧という慢性疾患では血圧が高いだけでは日々の生活との関連性は少ないことの方が多いと思いますが、風邪では症状が悪化するかしないかで明日の生活に大きく影響します。風邪治療における真のアウトカムを少し書き出してみます。

患者
真のアウトカム
受験生
早く回復し勉強に復帰できるか
会社員
明日仕事へ行けるか
会社員
倦怠感が明日まで続かないか
中学生
明後日のサッカーの試合までに体調が回復するか

[論文のおさらい]
では論文を見てみましょう。抄録のみ抜粋します。
Non-superiority of Kakkonto, a Japanese herbal medicine, to a representative multiple cold medicine with respect to anti-aggravation effects on the common cold: a randomized controlled trial. Intern Med. 2014;53(9):949-56. Epub 2014 May 1. PMID: 24785885

OBJECTIVE:
Kakkonto, a Japanese herbal medicine, is frequently used to treat the common cold not only with a physician's prescription, but also in self-medication situations. This study aimed to examine whether Kakkonto prevents the aggravation of cold symptoms if taken at an early stage of illness compared with a well-selected Western-style multiple cold medicine.
METHODS:
This study was a multicenter, active drug-controlled, randomized trial. Adults 18 to 65 years of age who felt a touch of cold symptoms and visited 15 outpatient healthcare facilities within 48 hours of symptoms onset were enrolled. The participants were randomly assigned to two groups: one treated with Kakkonto (Kakkonto Extract-A, 6 g/day) (n=209) and one treated with a Western-style multiple cold medicine (Pabron Gold-A, 3.6 g/day) (n=198) for at most four days. The primary outcome of this study was the aggravation of cold, nasal, throat or bronchial symptoms, scored as moderate or severe and lasting for at least two days within five days after entry into the study.
RESULTS:
Among the 410 enrollees, 340 (168 in the Kakkonto group and 172 in the Pabron group) were included in the analyses. The proportion of participants whose colds were aggravated was 22.6% in the Kakkonto group and 25.0% in the Pabron group (p=0.66). The overall severity of the cold symptoms was not significantly different between the groups. No harmful adverse events occurred in either group.
CONCLUSION:
Kakkonto did not significantly prevent the progression of cold symptoms, even when prescribed at an early stage of the disease.

なにはともあれ論文のPECOを確認します。すべてMETHODSから拾えます。
P: patient
(どんな患者に)
Adults 18 to 65 years of age who felt a touch of cold symptoms and visited 15 outpatient healthcare facilities within 48 hours of symptoms onset were enrolled(風邪の症状により、15の外来診療施設を受診した症状発症から48時間以内の18歳~65歳の患者)
E: exposure
(どんな治療をすると)
Kakkonto (Kakkonto Extract-A, 6 g/day) (n=209)
(葛根湯エキス細粒6g/日 209人)
C: comparison
(どんな治療に比べて)
Pabron Gold-A, 3.6 g/day) (n=198)
(パブロンゴールドA, 3.6 g/198人)
O: outcome
(どんな項目で検討?)
aggravation of cold, nasal, throat or bronchial symptoms, scored as moderate or severe and lasting for at least two days within five days after entry into the study. 研究開始から5日以内の、少なくとも2日間、持続的な中程度から重度の風邪、鼻、喉や気管支症状の悪化)
研究デザインはタイトルにA Randomized Controlled Trialとかいてありランダム化比較試験であることが分かります。対象患者は throat discomfort and some feeling of chills without sweating,と記載があり葛根湯の証も考慮されていたことが分かります。盲検化については記載がありませんが、The medications were sealed in uniform packetsと記載があり、医療者に関しては盲検化されていた可能性がありますが、患者に対しては行われていないようです。加えて、if their symptoms worsened, they were allowed to consult a doctor and take other specific medicationsと記載があり、患者は症状に伴い、自由にその他の医療を受けれる状況にあるようです。このことからも盲検化された試験に比べて、かなりバイアスは入りやすく、結果に差が出にくい研究デザインであったことがうかがえます。
一方で、この研究ではプライマリアウトカムに統計的に差がつくよう症例数がしっかり計算されています。統計パワー90% α0.05323例を集めれば良いことになっています。解析症例はそれを上回っていますから、本来差が出れば統計的にも差が出る可能性が高い症例数となっています。

ちなみにαとβについては以下をご参照ください
αとは有意水準のことで、実際には差がないのに差があると誤って結論する確率のことです。このような過誤はαエラーと呼ばれ、その基準として一般的には0.055%)を用いることが多く、P値(有意差)に相当するものと解釈して問題ないと思います。ここでは簡単に「偶然に差が出る確率」と言い換えると覚えやすいです。裏を返せば20回に1回は差がないはずなのに差が出てしまうということで、αエラーは侮れません。(臨床試験の20回に1回はαエラーが出ていることになる)

βとは実際には差があるのに差がないと結論する確率のことです。サンプルのサイズが小さいと、実際には差があるのに、差が出ないことがあります。これをβエラーと呼びます。1-βは実際に差が出ることを差が出ると正しく結論する確率で、これが高いほど結果の検出力が上昇します。一般的には統計学的パワー80%等の数値が用いられます。

統計解析はITT解析と記載があり、ITTの原理で解析をしているものの、割り付け症例からの脱落が解析に考慮されておらず、厳密なITTではありません。解析組み入れ率は8割程度と言う感じです。

結果は以下のような感じでした。
アウトカム
葛根湯
パブロン
危険率
5日以内に風邪の症状の悪化
[プライマリアウトカム]
38/168
(22.6%)
43/172
(25.0%)
0.66
口渇、胃腸障害、
眠気や頻尿の副作用
7/168
(4.2%)
12/172
(7.0%)
0.42
危険率が大幅に0.05を上回り、統計的に両者には差が無いという結果でした。この結果を整理すれば概ね以下のような感じです。副作用に関してはプライマリアウトカムでは無いので、単に症例数が不足しているため有意差が出ていないのかもしれませんが、パブロンの方がやや発生が多い印象です。

「風邪のひき初めに葛根湯を服用してもパブロンを服用しても風邪の悪化は同程度で、約25%は早めに風邪薬を飲んでも悪化する。副作用は葛根湯でやや少ない傾向にあるが、この研究では統計的に差は無い。ただ眠気の副作用は理論上パブロンで多いものと考えられる」

[薬剤師・登録販売者のEBM]
この論文の結果を見ながら、この患者さんにどうアプローチしていけばよいのでしょうか。抄読会に参加していただいた皆様から大変多くのコメントをいただきました。そのDiscussionの一部を少しまとめさせていただきます。ご覧ください、薬剤師・登録販売者のEBMを!

この場合、患者さんに対してさらに何を聞くことがあったのではないか。
市販薬の場合、リスクの除去が大事。高血圧や緑内障、眠気やアスピリン喘息や薬疹などの既往歴を確認
風邪薬を求めてくる多くの患者さんの解釈モデルは「いまこの症状をなんとかおさえたい」「症状がおさまったら治った気がする」ということ
症状消失までの期間が短いより,症状軽減が優先されるのが多くの社会的背景
OTCは、最終的には購入者が自身で選択して購入するもの。どれだけ情報提供しても「でもやっぱりこれにする」って決めたら「ダメ」とは言えない
早めのパブロンが葛根湯くらい効果があるのか、それとも葛根湯が早めのパブロンくらい効果がないのかこの研究では分からない
単純な2剤の比較でないから、「差がない」をどの程度評価するか悩む
葛根湯は回復をうながし、パブロンは症状自体を抑えて楽にしてやっている間に治るべき時期が来て治るという解釈もあり?
副作用(特に眠気)はやはり気になる人は多い。やはり初期に飲む方は休養のとれない人が多いから。
「風邪の症状は抑えたいけど眠くなったら困る」と言う人には漢方から選択を考慮する。効果の高さより、副作用がより少ないことを求める人は多い
時間がたてば治る。それを待つ以外ない、という場合もあるのでは
1/4は悪化する。それは貴重な情報。基本OTCは「売った後どうなったか」知ることは難しい。
寒気があって、汗が出ていないのなら、葛根湯を勧める。今回の患者も、葛根湯を求めて来ているということを尊重したい
患者さん自身のエビデンス(自己の経験)を考えると良いかも。「私はこれが効きます!」っていうやつ
医療機関を受診して、何もしないとなると、患者が納得しないかもしれないし、実際には難しいのでは・・・
薬は治してくれるもの!と勘違いしている方は多い。補助するものと話す事に徹している。
風邪を治す薬は無い事をきちんと説明して、薬に過度な期待を持たさない。ホームケアを中心に説明。売るなら3日分まで。
本来風邪は自然に治るもの。インフルエンザを始め治療薬が出てきたが上に薬に頼る傾向を感じる
主訴をさらによく聞いて「今どうしても何か薬でなんとかしたい」って言われたらそれに合う薬を考える。そこまで切迫してる感じじゃなかったら「温かいもの食べて今日は早く寝てください」って言う。
薬を飲まないという選択をとるのは、患者自身が後悔しそうになるので避けるかも。
客「車が欲しいんです」店「あなたには必要ありません」と、なると信頼関係が崩れる
セルフメディケーション後進国な理由はこういう何でもかんでも僕らが責任を持つんだー!的な医療者のエゴもある気がする。
本症例の話をすると最も不快感、不都合感のある症状を明確にしてそれを抑えるのが僕のスタンスかな。咳には咳止め、鼻水には鼻炎薬、咽頭痛には痛み止め。総合感冒薬は勧めない。
あんまり変わらんよって科学的に証明されても、『いや、私には違う!』って葛根湯信者は思ってしまうわけで、その考えも尊重してのアプローチってどうすれば良いんだろうなと葛根湯信者は思いました。

[抄読会のススメ]
エビデンスを参照しつつ、その臨床試験の結果そのものを取り扱うのではなく、エビデンスから得られる示唆をどう活用していくか、素晴らしいディスカッションができました。少し整理してみます。
着目視点
考慮すべきポイント
リスク
・薬剤の安全性(アレルギー歴・併用薬・副作用歴)
・眠気等、生活パフォーマンスの低下
・患者は効果より安全性を求める
ベネフィット
・風邪の諸症状の改善効果への期待
・患者が希望する薬剤を購入できたという満足感
風邪症候群
・本来薬剤は不要。早めに薬を飲んでも25%は悪化する
・症状に応じた薬剤選択をすべき。(咳:咳止め 熱:解熱剤等)
・患者の状態をもっと把握すべき(現時点でどちらの薬剤も進められない)
論文からの
薬剤効果
2剤比較ではよくわからない。
・薬が2剤とも効いているのか、2剤とも効いていないのか。
・もともと差が出にくい研究デザイン
・研究デザインはある意味リアルワールドを反映している
・主観評価の統計的差異の臨床的意味
患者の
コンテキスト
・患者自身のエビデンス(自己の経験)の尊重
・患者自身の希望の尊重
・科学的正しさと患者自身の確信の正しさのギャップ
・薬を買いに来た患者に売らないという事ができるか

これ以外にも様々な着目視点から考慮すべきポイントを導き出してみると、今目の前の患者さんにどうアプローチしていけばよいのか、ほんの少し見えてくる気がします。

ここで注目してほしいのが、議論の中心は論文の結果の有意差ありなし、とはほぼ無縁の方向で展開していますよね。結果に有意差がある、ない、なんてことは実はあまり重要じゃない。大事なのはその論文を使いながら、どういった「視点」から、患者と向き合う際に考慮すべきポイントを評価・考察していくかと言う点にあります。一人で論文を読んでいても、これほどまでに様々な視点と考察が生まれることは稀です。抄読会において複数の薬剤師で論文を読むという事はより多くの着目視点をもち、一つのテーマを多面的に評価・考察することにほかなりません。是非、ご自身の職場で定期的に論文抄読会を開催してみてはいかがでしょうか。JJCLIPでは抄読会開催に関しても全面的にサポートしていきます。是非ご連絡下さい。


薬剤師のジャーナルクラブ(Japanese Journal Club for Clinical Pharmacists:JJCLIPは臨床医学論文と薬剤師の日常業務をつなぐための架け橋として、日本病院薬剤師会精神科薬物療法専門薬剤師の@89089314先生、臨床における薬局と薬剤師の在り方を模索する薬局薬剤師 @pharmasahiro先生、そしてわたくし@syuichiao中心としたEBMワークショップをSNS上でシミュレートした情報共有コミュニティーです。

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