[お知らせ]


2014年6月24日火曜日

医薬分業という思想を生きる

医薬分業とともに生きる薬剤師という職種をやや鳥瞰的にみてみたい。そんな風に思います。

[医薬分業の理念はわが国では存在しない]
医薬分業は1240年にシチリア島の皇帝フリードリッヒ2世が、薬事に関する2つの法律、すなわち「医薬分業」と「薬事監視」を定めたことから始まるとされています。暗殺を恐れたフリードリッヒ2世が、処方箋を医師に書かせ、薬は医師の知らない薬剤師に調剤させて毒薬が紛れ込んでいないかをチェックするというシステム構築が目的でした。
日本においては明治以前まで、漢方医学とオランダ医学による「医薬兼業」の形をとっていたので、医薬分業の思想がなかったと言えます。日本の医療は医薬兼業であり、調剤は医師によりなされていることがほとんどだろうと思います。1870年ごろにドイツ医学が導入されたことにより、同時に医薬分業思想がもたらされました。欧米列強並みの世界標準策、すなわち富国強兵策をとらざるを得ない国内外の情勢の中、世界標準の医療を目指すために医薬分業というシステムの導入も当然ながら検討されました。1889年には「薬品営業並薬品取扱規則(薬律)」が成立し、薬舗を薬局、薬舗主を薬剤師と改称し、薬剤師制度や薬局制度を規定しました。しかしながら当初、医薬分業がそれほど進展しなかったのはやはり日本古来の医療という明治以前の思想が支配していたからに他ならないといえます。
1974年に診療報酬改定で、処方せん料が100円から500円に引き上げられたという、経済的利権が後押しして医薬分業は急速に浸透していきました。この世代の薬剤師が全力で医薬分業を進めてきた背景には経済的利権が占める割合が多く、日本においては医薬分業思想における薬剤師のあり方という独自の理念があったわけではないという事がいえます。医薬分業という思想を独自のアイデンティティーもないまま、その実現だけに傾倒してきたわけです。

[医薬分業世代の薬剤師]
僕らの世代はそういった背景により医薬分業がほぼ常識に登録された世代を生きています。そこに実は明確な理念が無いという事を知らないまま、なんとなく薬剤師のあり様を医薬分業という思想のもとに後付けの理由をこさえているわけなのですが、実際のところ、医薬分業における薬剤師の存在意義など、日本古来の思想には見つかりそうもありません。僕自身、薬剤師の存在意義は薬剤師法第1条に明確に規定されているじゃないか、と考えていたこともありましたが、我が国における医薬分業そのものの由来を振り返った時に、その考えがあっさり無に帰すという事が分かりました。国家資格である薬剤師、国に資すべき職種として、医薬分業における我が国固有の存在理念が存在しないという事は何より衝撃的ですし、多くの薬剤師が認めがたいことだと思います。
しかしながら、我が国における現代の医薬分業とは、日本固有の理念や概念ではなく、経済的利権の追求と、日本の医療が欧米化したために、形式上、その存在が必要になったといことなのです。よく欧米の薬剤師は…と日本の薬剤師を比較することを目にしますが、そもそも欧米の薬剤師の存在理念と我が国の薬剤師の存在理念とが全く異なっているにも関わらず、僕のように、それを医薬分業体制が生み出した薬剤師のあり様という思想そのものが錯覚であるという事に気づいていないという現状もあるのではなかろうかと思います。このように相対化することこそ、固有の理念を有していない我が国の薬剤師を象徴しているのだと感じます。
繰り返しますが、医薬分業のメリットとともに薬剤師の存在意義を唱えるという事は、本来の存在理念が無いにも関わらず後付けの理由でその存在を確かめ合っているに過ぎません。だからと言って、僕は医薬分業が不要だとか、薬剤師の存在意味なんてないと言っているわけでは全くありません。医薬分業体制における薬剤師の存在理念は日本古来の医療という概念の中には見つけることがどうしてもできない。だがしかし、そういった背景を理解し認識することは非常に大事だと言いたいのです。今後、僕らが目指す先がどこにあるのかと言うよりはまず足元がどうなっているのかよく知ることが大事です。そしてどんな時も、前に進むためには足元から整えていく必要があるのだと思います。

[辺境を生きる薬剤師]
内田樹先生は日本辺境論(2009年 新潮新書)で「本当の文化は、どこかほかのところで作られるものであって、自分のところのは、なんとなく起こっているという意識」に支配されていると述べています。歴史的にみても、冊封制に代表されるように、日本は中華思想の「辺境」位置しており、意識的か、無意識かは分かりませんが、日本人はその辺境性をフルに活用してきたと言えます。すなわち、大陸文化のような外来の優れた概念をモディファイすることにはずば抜けて長けているが、日本建国の独自の精神や理念なるものがあるわけではない。そしてそれが辺境に位置する辺境人であるがゆえに許されてきました。
世界標準を目指して常に新しいものを取り入れ、それをモディファイすることで発展を遂げてきた日本人は独自の理念と言うものよりも、常にあたりを見回しながら、お手本となるような認識を探し求めています。むしろ独自の理念を持とうとする発想がないという事そのものが日本人であるのかもしれません。「他の国がこんなことをしているから、うちもすべきである。」とか「他の会社がやってるから、うちもやらざるを得ない」とか…。そういった相対的思考のもとで僕らは生きているのです。世界標準に準拠することはできるが、世界標準を設定することが往々にしてできないのが日本人であるという事をあらためて知ることは大変重要です。

[辺境人であることを利用しつつも足元から見つめ直す]
そういったことを踏まえると、医薬分業体制のもとで薬剤師として独自の理念を持って行動せよ、というのはいささか無理があるのかもしれません。常に欧米の薬剤師や臨床医と比較しながら、その行動スタイルをモディファイし取り入れることが悪いとは言いません。むしろ効率よく学ぶことができるのがそのメリットでもあるのです。そういった「辺境人」を自覚することにより、必要としているのは「ロールモデル」に他ならないという事が明確になってきます。重要なのは薬剤師的なモディファイをどう行っていくか、そういった認識をめぐる問題の方が重要な気もします。

ただ僕が思うのは形式上でも医薬分業が進み、この国に薬剤師なるものが存在するからには、薬を扱うものとして、薬についてのプロフェッショナル、でありたいと思います。そして辺境人であることを利用しつつも、調剤報酬の枠組みの惑わされることなく、薬についてのプロフェッショナルという薬剤師の基本的な部分、そう足元の整理からゆっくり始めることで、薬剤師がさらなる“医薬分業”を生み出すことを目指して行きたい、そう思うのです。

2014年6月23日月曜日

抄読会のススメ~平成26年度第3回薬剤師のジャーナルクラブを終えて~

本年度第3回薬剤師のジャーナルクラブ配信が無事終了いたしました!ご視聴いただきました皆様誠にありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします!

[患者の真のアウトカムを想像せよ!]
抄読会を振り返りながらこのテーマについて総括していきます。今回の仮想症例シナリオから疑問を整理すると以下のようになりました。
P: patient
(どんな患者に)
数時間前から咳、頭痛、咽頭部違和感(嚥下困難なし)、倦怠感あり、発熱はよくわからない30代前半の多忙な女性会社員に
E: exposure
(どんな治療をすると)
葛根湯を使うと
C: comparison
(どんな治療に比べて)
総合感冒薬を使った場合に比べて
O: outcome
(どんな項目で検討?)
風邪が早く治るか?
風邪の悪化が防げるか?
明日会社を休まなくてすむか?
明日の仕事のパフォーマンス低下を防げるか?
風邪の真のアウトカムとはなんでしょうか。僕がEBMを実践するうえで一番大事にしているのが「患者の真のアウトカムを想像せよ」という言葉です。
急性疾患、慢性疾患問わず、疾患と言われている“現象”は時間経過とともに変化するものです。ちょっとイメージしづらいと思いますので、あくまで例ですが下の表にまとめてみます

[慢性疾患における疾患現象と時間経過のイメージ]
疾患
5年後
10年後
15年後
20年後
高血圧
血圧が高い
血圧が高い
脳卒中
死亡
糖尿病
血糖が高い
血糖が高い
腎機能低下
心筋梗塞
骨粗鬆症
骨密度が低い
脊椎骨折
大腿部骨折
寝たきり
COPD
呼吸機能低下
増悪発作増加
酸素療法開始
死亡
[急性疾患における疾患現象と時間経過のイメージ]
疾患
1日後
2日後
3日以後
4日後
風邪
のどの痛み
発熱
咳嗽
治癒
胃腸炎
嘔気・嘔吐
下痢・腹痛
下痢
治癒

医療介入と言うものは患者が感じている不条理(≒疾患現象)が時間とともに変化している中で、それに対しどのように影響を及ぼしていくのかという事をしっかり考えることが大切です。これまでの抄読会でも特に強調してきた真のアウトカムと代用のアウトカム。時間経過の中で現れるどの現象が患者にとっての真のアウトカムなのか想像することこそ肝要です。
では風邪治療における真のアウトカムはどのようなものなのでしょうか。患者個々によってこれは本当に様々だと思います。とりわけ急性疾患は日々の生活との関連性が高いと思います。どういう事かと言えば、例えば高血圧という慢性疾患では血圧が高いだけでは日々の生活との関連性は少ないことの方が多いと思いますが、風邪では症状が悪化するかしないかで明日の生活に大きく影響します。風邪治療における真のアウトカムを少し書き出してみます。

患者
真のアウトカム
受験生
早く回復し勉強に復帰できるか
会社員
明日仕事へ行けるか
会社員
倦怠感が明日まで続かないか
中学生
明後日のサッカーの試合までに体調が回復するか

[論文のおさらい]
では論文を見てみましょう。抄録のみ抜粋します。
Non-superiority of Kakkonto, a Japanese herbal medicine, to a representative multiple cold medicine with respect to anti-aggravation effects on the common cold: a randomized controlled trial. Intern Med. 2014;53(9):949-56. Epub 2014 May 1. PMID: 24785885

OBJECTIVE:
Kakkonto, a Japanese herbal medicine, is frequently used to treat the common cold not only with a physician's prescription, but also in self-medication situations. This study aimed to examine whether Kakkonto prevents the aggravation of cold symptoms if taken at an early stage of illness compared with a well-selected Western-style multiple cold medicine.
METHODS:
This study was a multicenter, active drug-controlled, randomized trial. Adults 18 to 65 years of age who felt a touch of cold symptoms and visited 15 outpatient healthcare facilities within 48 hours of symptoms onset were enrolled. The participants were randomly assigned to two groups: one treated with Kakkonto (Kakkonto Extract-A, 6 g/day) (n=209) and one treated with a Western-style multiple cold medicine (Pabron Gold-A, 3.6 g/day) (n=198) for at most four days. The primary outcome of this study was the aggravation of cold, nasal, throat or bronchial symptoms, scored as moderate or severe and lasting for at least two days within five days after entry into the study.
RESULTS:
Among the 410 enrollees, 340 (168 in the Kakkonto group and 172 in the Pabron group) were included in the analyses. The proportion of participants whose colds were aggravated was 22.6% in the Kakkonto group and 25.0% in the Pabron group (p=0.66). The overall severity of the cold symptoms was not significantly different between the groups. No harmful adverse events occurred in either group.
CONCLUSION:
Kakkonto did not significantly prevent the progression of cold symptoms, even when prescribed at an early stage of the disease.

なにはともあれ論文のPECOを確認します。すべてMETHODSから拾えます。
P: patient
(どんな患者に)
Adults 18 to 65 years of age who felt a touch of cold symptoms and visited 15 outpatient healthcare facilities within 48 hours of symptoms onset were enrolled(風邪の症状により、15の外来診療施設を受診した症状発症から48時間以内の18歳~65歳の患者)
E: exposure
(どんな治療をすると)
Kakkonto (Kakkonto Extract-A, 6 g/day) (n=209)
(葛根湯エキス細粒6g/日 209人)
C: comparison
(どんな治療に比べて)
Pabron Gold-A, 3.6 g/day) (n=198)
(パブロンゴールドA, 3.6 g/198人)
O: outcome
(どんな項目で検討?)
aggravation of cold, nasal, throat or bronchial symptoms, scored as moderate or severe and lasting for at least two days within five days after entry into the study. 研究開始から5日以内の、少なくとも2日間、持続的な中程度から重度の風邪、鼻、喉や気管支症状の悪化)
研究デザインはタイトルにA Randomized Controlled Trialとかいてありランダム化比較試験であることが分かります。対象患者は throat discomfort and some feeling of chills without sweating,と記載があり葛根湯の証も考慮されていたことが分かります。盲検化については記載がありませんが、The medications were sealed in uniform packetsと記載があり、医療者に関しては盲検化されていた可能性がありますが、患者に対しては行われていないようです。加えて、if their symptoms worsened, they were allowed to consult a doctor and take other specific medicationsと記載があり、患者は症状に伴い、自由にその他の医療を受けれる状況にあるようです。このことからも盲検化された試験に比べて、かなりバイアスは入りやすく、結果に差が出にくい研究デザインであったことがうかがえます。
一方で、この研究ではプライマリアウトカムに統計的に差がつくよう症例数がしっかり計算されています。統計パワー90% α0.05323例を集めれば良いことになっています。解析症例はそれを上回っていますから、本来差が出れば統計的にも差が出る可能性が高い症例数となっています。

ちなみにαとβについては以下をご参照ください
αとは有意水準のことで、実際には差がないのに差があると誤って結論する確率のことです。このような過誤はαエラーと呼ばれ、その基準として一般的には0.055%)を用いることが多く、P値(有意差)に相当するものと解釈して問題ないと思います。ここでは簡単に「偶然に差が出る確率」と言い換えると覚えやすいです。裏を返せば20回に1回は差がないはずなのに差が出てしまうということで、αエラーは侮れません。(臨床試験の20回に1回はαエラーが出ていることになる)

βとは実際には差があるのに差がないと結論する確率のことです。サンプルのサイズが小さいと、実際には差があるのに、差が出ないことがあります。これをβエラーと呼びます。1-βは実際に差が出ることを差が出ると正しく結論する確率で、これが高いほど結果の検出力が上昇します。一般的には統計学的パワー80%等の数値が用いられます。

統計解析はITT解析と記載があり、ITTの原理で解析をしているものの、割り付け症例からの脱落が解析に考慮されておらず、厳密なITTではありません。解析組み入れ率は8割程度と言う感じです。

結果は以下のような感じでした。
アウトカム
葛根湯
パブロン
危険率
5日以内に風邪の症状の悪化
[プライマリアウトカム]
38/168
(22.6%)
43/172
(25.0%)
0.66
口渇、胃腸障害、
眠気や頻尿の副作用
7/168
(4.2%)
12/172
(7.0%)
0.42
危険率が大幅に0.05を上回り、統計的に両者には差が無いという結果でした。この結果を整理すれば概ね以下のような感じです。副作用に関してはプライマリアウトカムでは無いので、単に症例数が不足しているため有意差が出ていないのかもしれませんが、パブロンの方がやや発生が多い印象です。

「風邪のひき初めに葛根湯を服用してもパブロンを服用しても風邪の悪化は同程度で、約25%は早めに風邪薬を飲んでも悪化する。副作用は葛根湯でやや少ない傾向にあるが、この研究では統計的に差は無い。ただ眠気の副作用は理論上パブロンで多いものと考えられる」

[薬剤師・登録販売者のEBM]
この論文の結果を見ながら、この患者さんにどうアプローチしていけばよいのでしょうか。抄読会に参加していただいた皆様から大変多くのコメントをいただきました。そのDiscussionの一部を少しまとめさせていただきます。ご覧ください、薬剤師・登録販売者のEBMを!

この場合、患者さんに対してさらに何を聞くことがあったのではないか。
市販薬の場合、リスクの除去が大事。高血圧や緑内障、眠気やアスピリン喘息や薬疹などの既往歴を確認
風邪薬を求めてくる多くの患者さんの解釈モデルは「いまこの症状をなんとかおさえたい」「症状がおさまったら治った気がする」ということ
症状消失までの期間が短いより,症状軽減が優先されるのが多くの社会的背景
OTCは、最終的には購入者が自身で選択して購入するもの。どれだけ情報提供しても「でもやっぱりこれにする」って決めたら「ダメ」とは言えない
早めのパブロンが葛根湯くらい効果があるのか、それとも葛根湯が早めのパブロンくらい効果がないのかこの研究では分からない
単純な2剤の比較でないから、「差がない」をどの程度評価するか悩む
葛根湯は回復をうながし、パブロンは症状自体を抑えて楽にしてやっている間に治るべき時期が来て治るという解釈もあり?
副作用(特に眠気)はやはり気になる人は多い。やはり初期に飲む方は休養のとれない人が多いから。
「風邪の症状は抑えたいけど眠くなったら困る」と言う人には漢方から選択を考慮する。効果の高さより、副作用がより少ないことを求める人は多い
時間がたてば治る。それを待つ以外ない、という場合もあるのでは
1/4は悪化する。それは貴重な情報。基本OTCは「売った後どうなったか」知ることは難しい。
寒気があって、汗が出ていないのなら、葛根湯を勧める。今回の患者も、葛根湯を求めて来ているということを尊重したい
患者さん自身のエビデンス(自己の経験)を考えると良いかも。「私はこれが効きます!」っていうやつ
医療機関を受診して、何もしないとなると、患者が納得しないかもしれないし、実際には難しいのでは・・・
薬は治してくれるもの!と勘違いしている方は多い。補助するものと話す事に徹している。
風邪を治す薬は無い事をきちんと説明して、薬に過度な期待を持たさない。ホームケアを中心に説明。売るなら3日分まで。
本来風邪は自然に治るもの。インフルエンザを始め治療薬が出てきたが上に薬に頼る傾向を感じる
主訴をさらによく聞いて「今どうしても何か薬でなんとかしたい」って言われたらそれに合う薬を考える。そこまで切迫してる感じじゃなかったら「温かいもの食べて今日は早く寝てください」って言う。
薬を飲まないという選択をとるのは、患者自身が後悔しそうになるので避けるかも。
客「車が欲しいんです」店「あなたには必要ありません」と、なると信頼関係が崩れる
セルフメディケーション後進国な理由はこういう何でもかんでも僕らが責任を持つんだー!的な医療者のエゴもある気がする。
本症例の話をすると最も不快感、不都合感のある症状を明確にしてそれを抑えるのが僕のスタンスかな。咳には咳止め、鼻水には鼻炎薬、咽頭痛には痛み止め。総合感冒薬は勧めない。
あんまり変わらんよって科学的に証明されても、『いや、私には違う!』って葛根湯信者は思ってしまうわけで、その考えも尊重してのアプローチってどうすれば良いんだろうなと葛根湯信者は思いました。

[抄読会のススメ]
エビデンスを参照しつつ、その臨床試験の結果そのものを取り扱うのではなく、エビデンスから得られる示唆をどう活用していくか、素晴らしいディスカッションができました。少し整理してみます。
着目視点
考慮すべきポイント
リスク
・薬剤の安全性(アレルギー歴・併用薬・副作用歴)
・眠気等、生活パフォーマンスの低下
・患者は効果より安全性を求める
ベネフィット
・風邪の諸症状の改善効果への期待
・患者が希望する薬剤を購入できたという満足感
風邪症候群
・本来薬剤は不要。早めに薬を飲んでも25%は悪化する
・症状に応じた薬剤選択をすべき。(咳:咳止め 熱:解熱剤等)
・患者の状態をもっと把握すべき(現時点でどちらの薬剤も進められない)
論文からの
薬剤効果
2剤比較ではよくわからない。
・薬が2剤とも効いているのか、2剤とも効いていないのか。
・もともと差が出にくい研究デザイン
・研究デザインはある意味リアルワールドを反映している
・主観評価の統計的差異の臨床的意味
患者の
コンテキスト
・患者自身のエビデンス(自己の経験)の尊重
・患者自身の希望の尊重
・科学的正しさと患者自身の確信の正しさのギャップ
・薬を買いに来た患者に売らないという事ができるか

これ以外にも様々な着目視点から考慮すべきポイントを導き出してみると、今目の前の患者さんにどうアプローチしていけばよいのか、ほんの少し見えてくる気がします。

ここで注目してほしいのが、議論の中心は論文の結果の有意差ありなし、とはほぼ無縁の方向で展開していますよね。結果に有意差がある、ない、なんてことは実はあまり重要じゃない。大事なのはその論文を使いながら、どういった「視点」から、患者と向き合う際に考慮すべきポイントを評価・考察していくかと言う点にあります。一人で論文を読んでいても、これほどまでに様々な視点と考察が生まれることは稀です。抄読会において複数の薬剤師で論文を読むという事はより多くの着目視点をもち、一つのテーマを多面的に評価・考察することにほかなりません。是非、ご自身の職場で定期的に論文抄読会を開催してみてはいかがでしょうか。JJCLIPでは抄読会開催に関しても全面的にサポートしていきます。是非ご連絡下さい。


薬剤師のジャーナルクラブ(Japanese Journal Club for Clinical Pharmacists:JJCLIPは臨床医学論文と薬剤師の日常業務をつなぐための架け橋として、日本病院薬剤師会精神科薬物療法専門薬剤師の@89089314先生、臨床における薬局と薬剤師の在り方を模索する薬局薬剤師 @pharmasahiro先生、そしてわたくし@syuichiao中心としたEBMワークショップをSNS上でシミュレートした情報共有コミュニティーです。

2014年6月17日火曜日

プロトンポンプ阻害薬と低マグネシウム血症

[マグネシウム代謝異常]
マグネシウムは体内に約25g存在し、その半分が骨に、45%が軟部組織に存在し、細胞外液には約1%存在します。[Endocr Dev. 2009;16:8-31]血清マグネシウムの正常値は1.82.6mg/dl1.42.1mEq/L)といわれていおり、低マグネシウム血症とは1.8mg/dl1.4mEq/L)以下の状態を指します。低マグネシウム血症には高頻度に低カリウム血症、低カルシウム血症を合併します。細胞内マグネシウムはカリウムチャネル抑制因子なのでマグネシウム欠乏があるとカリウムチャネルの抑制が解除され、カリウム排泄が亢進し、また低マグネシウムはPTH(副甲状腺ホルモン)分泌抑制を引き起こし、低カルシウム血症をもたらすことがその理由です。
アルコールの多飲と低マグネシウム血症は有名です。特に多量の飲酒習慣のある人はマグネシウム摂取の不足やアルコールによる腎尿細管障害によりマグネシウムが尿から喪失し、低マグネシウム血症が生じやすいと言われています。合わせて低カリウムや、低カルシウムが生じることが多いため、このようなケースではまずはマグネシウムの補正が基本となります。

[プロトンポンプ阻害薬誘発性の低マグネシウム血症]
プロトンポンプ阻害剤(PPI)誘発性の低マグネシウム血症は、2006年から報告されるようになったといいます。2011年に米国食品医薬品局(FDA)は、PPIの長期使用は、低マグネシウム血症を誘導する可能性があると通知しました。


血清中マグネシウム濃度の低下は,筋痙縮(テタニー)や不規則な心拍(不整脈),痙攣等の重篤な有害事象が生じることがありますが、これらの症状が患者に必ず見られる訳ではありません。PPI誘発性低マグネシウム血症が疑われた際は、マグネシウム補充やPPIの服用中止が基本的な対処となるようです。FDAはこの通知の中でPPIを長期服用することが予測される患者、およびPPIをジゴキシン、利尿薬(ループ利尿薬及びチアジド系利尿薬)または低マグネシウム血症を引き起こす可能性がある薬剤(アミノグリコシド、アンホテリシン、シスプラチン、シクロスポリン等)と併用する患者では、血清中マグネシウム濃度に留意すべきとしています。このレポートにも記載がある通りPPI投与にともなう低マグネシウム血症の臨床的特徴として以下の2点が重要かと思います。

①低マグネシウム血症は、PPI 3 カ月以上服用中の成人患者で報告されているが、大半の症例は1年以上投与後に発症している。これらの症例の約 4 分の 1 は、マグネシウム補充に加え PPIの服用中止を必要とした。
PPI服用中止後にマグネシウム濃度が正常化するのに要した期間の中央値は 1週間であった。PPI 服用再開後に低マグネシウム血症が再発した期間の中央値は 2 週間であった。

またその後の報告では、低マグネシウム血症誘発リスクとしてのPPI投与期間や患者背景は概ね以下のようにレビューされています。
Systematic review: hypomagnesaemia induced by proton pump inhibition.
患者背景:36症例中、女性24例(66.7%)、平均67.4±1.9歳(3083歳)
低マグネシウム血症誘発までのPPIの投与期間は中央値で5.5年(14日から13年とワイドレンジ)
低マグネシウム血症はPPIの中止後4日程度で回復し、PPI再開後4日程度で再発につながる可能性がある
H2ブロッカーは代替薬剤として考慮すべき薬剤

[PPI誘発性低マグネシウム血症の臨床像]
もう少し具体的に臨床症状を見ていきたいと思います。
Proton pump inhibitor-induced hypomagnesemia: A new challenge.

(プロトンポンプ阻害剤に関連する低マグネシウム血症患者の臨床症状と検査所見)
薬剤名
臨床所見
血液・尿中検査所見
オメプラゾール
下痢、嘔吐、幻覚、筋肉の興奮性
Mg血症、低Ca血症、低P血症、尿中のMgCaのレベル低下
オメプラゾール
筋肉痙攣、感覚異常、心房粗動、心電図異常
Mg血症、低Ca血症、低K血症、PTHは基準内
オメプラゾール
手根足と体幹の痙攣
PTHの増加なく、低Mg血症、低Ca血症

オメプラゾール、エソメプラゾール、パントプラゾール、ラベプラゾール
心電図異常(QT間隔延長、ST低下、Q波)
PTHの増加なく、低Mg血症、低Ca血症、低K血症、尿中MgCa低下、尿中K上昇
オメプラゾール
大発作
Mg血症、低Ca血症、尿中Mg低下

エソメプラゾール
四肢や腹部の無気力、筋肉のけいれん
Mg血症、低Ca血症、低K血症、血清PTHレベル低下、尿中Mg低下
オメプラゾール
感覚異常、しびれ、手足の脱力
Mg血症、低Ca血症、ビタミンDレベル低下
このようにマグネシウムだけでなく、カリウムやカルシウムなどの電解質も異常をきたしていることが臨床的にも確認できます。

FDAから通知がでた2011年以降も症例報告はいくつか散見されます。
Lansoprazole-induced hypomagnesaemia.
今年に報告された、ランソプラゾールによる低マグネシウム血症によると考えられた上室性頻拍で入院した73歳の女性の症例報告です。マグネシウム補正後、不整脈は改善し、PPI中止後は、マグネシウムの経口投与をすることなく、血清マグネシウムは基準値内であったとしています。そして不整脈や体調不良を訴える患者においてPPIを長期で服用しているケースでは血清マグネシウムをチェックする必要があると強調しています。

[本邦におけるPPI誘発性低マグネシウム血症が疑われた症例]
長期的なラベプラゾール使用に伴い誘発されたと考えられる低マグネシウム血症の日本での例は2012年に報告されています。
Hypomagnesemia associated with a proton pump inhibitor.
吐き気、両足首の関節炎、四肢の振戦で入院した64歳の男性です。5年のラベプラゾール(10mg/日)の服用歴があり、血液検査では重度の低マグネシウム・低カルシウム・低カリウム血症を呈していました。
マグネシウム(0.2 mg/dL), カルシウム(5.8 mg/dL) カリウム(2.3 mEq/L)
アルコール多飲や喫煙は無く、併用薬としてはシルニジピン、アトルバスタチン、メコバラミン、 リマプロスト、レバミピド、セレコキシブ、ザルトプロフェンでした。
入院時、中等度の浮腫を認め血圧161/102 mm Hg,85 beats per minute 37.4℃でした。
ラベプラゾールを中止し、マグネシウム、カルシウム、カリウムの電解質の是正をすると7日後には状態が安定し、症状が再発することなく、改善しました。

[PPIの投与と低マグネシウム血症による入院リスクとの因果関係]
実際のところ、PPIの使用と低マグネシウム血症との因果関係は強いものなのでしょうか。コホート内症例対照研究が報告されていました。

Out-of-hospital use of proton pump inhibitors and hypomagnesemia at hospital admission: a nested case-control study.

この報告は入院時の低マグネシウム血症が、PPIの院外使用に関連しているかどうかを検討したものです。
症例患者
入院時血清マグネシウムが<1.4 mEq/L以下の低マグネシウム血症患者402
対照患者
年齢、性別をマッチさせた血清マグネシウム正常患者(1.4-2.0 mEq/L
曝露
院内記録に基づく外来でのPPI使用
評価項目
入院時低マグネシウム血症
研究デザイン
Nested case-control study matched for age and sex
交絡調整
Charlson-Deyo comorbidity index、糖尿病、利尿薬の使用、推定糸球体濾過量、および胃食道逆流
統計解析
多変量条件付きロジスティック回帰分析
結果(調整オッズ比)
0.82[95%信頼区間0.61-1.11]
入院コホート内症例対照研究であり広範囲な外来患者を対象としていないため解釈は限定的ですが、入院時低マグネシウム血症は外来におけるPPI使用と関連はあまり強くないという結果でした。外来において制酸剤等に含まれるマグネシウム製剤を使用しているケースも多く、こういった薬剤の影響がリスクを過小評価している可能性も考えられます。

 [プロトンポンプ阻害薬と低マグネシウム血症]
プロトンポンプ誘発性の低マグネシウム血症についてポイントを整理していきます。

①低マグネシウム血症発症までのPPI投与期間は14日目~13年とかなり幅が広いが中央値では約5年である。大半の症例でPPI投与は1年以上に及ぶ。
②低マグネシウム以外にも低カリウム、低カルシウム血症をきたしており、これら電解質の是正が必要であるとともにPPIは中止すべきである。
PPI再開に伴う低マグネシウム血症再発リスクは概ね2週間前後である。
④臨床症状は嘔吐、痙攣、不整脈、しびれなどの感覚異常で、このような症状が見られた場合は、PPIの投与有無を確認すべきである。特に利尿剤やジゴキシンなどを併用している場合には十分注意する。
⑤入院コホートを使用した症例対照研究では入院時低マグネシウムと外来でのPPI使用は関連性が低い可能性を示唆しているが、その解釈は限定的であり、多数の症例が報告されていることからも、関連性が無いとは結論できない。

⑥マグネシウム含有製剤の併用がリスクの過小評価をもたらしている可能性がある。