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2014年3月17日月曜日

マラソンランナーと低Na血症

水電解質・輸液に関して学ぶ機会が少なく、僕自身この分野は苦手ではあります。ただプライマリ・ケアの領域においても水電解質・輸液の知識は非常に役に立つと思います。

[体の中の“水”の動きを見てみよう]
体液に関してはまず人の体を以下の3コンパートメントに分けて考えると整理しやすいです。
細胞内液
細胞外液(間質)
細胞外液(血管内)
体液が細胞間質や細胞内コンパートメントから直接体外へ出入りすることはありません。従って血管内コンパートメントが体液の出入り口となります。すべての体液の出入り口は血管内に始まり、各コンパートメントへの体液移動は静水圧差や浸透圧の力によって生じます。

各コンパートメント間での水の動きの原動力となっているのが張度(有効浸透圧effective Osmolality)です。浸透圧は溶液中のすべての溶質濃度を反映するものですが、張度は体液の各コンパートメント間で移動が制限される溶質のみを反映しています。この張度が細胞膜を介した水の浸透圧による移動を起こす原動力となっています。張度を構成する代表的な物質がNaK、ブドウ糖です。細胞内では主にKがそして細胞外には主にNaとブドウ糖が存在し、各コンパートメント間の水分移動に関わっています。

Na濃度はそのほとんどが細胞外液に存在し、血清Na濃度は細胞外液の張度を反映しています。すなわち一部の例外を除くと、低Na血症は細胞外液の張度が低下していることを意味します。浸透圧そのものは細胞内外の水移動に無関係ですが、張度は細胞内外の水移動に直結します。血清Naの低下は血管内の張度が低下し、水分移動は浸透圧の高い方へ起こりますので、細胞内に向かって水分が移動することになります。

張度の差による浸透圧差は細胞膜間(細胞内液と間質の間)で起こり、水分移動もこのポイントで考えていきますが、間質と血管内の間にも浸透圧差があります。アルブミンは血管壁を透過できないため、血管内のアルブミン濃度が膠質浸透圧を生み出し、血漿量を維持しています。理論上、血漿中アルブミン濃度が低下すれば、血管内の水分維持が難しくなり、体液が間質へ移行し浮腫などを引き起こします。ただ実際はアルブミン濃度は2g/dl以上あれば、血漿量維持の問題はまず起こらないといわれています。

脳浮腫に用いるグリセオール等は細胞外液の張度を上昇させ、脳内の水分を外液に移行させ、脳浮腫を改善させますが、膠質浸透圧形成には関与しないため間質から血管内への水の移動は起こしません。したがって末梢浮腫を改善しないどころか逆に悪化させます。一方アルブミンは血管内の膠質浸透圧を上昇させるため、細胞間質から血管内への水移動を促進するが、細胞外液自体の張度を上げるわけではないので、細胞内浮腫の改善は見込めません。

[水分補給と体内の水移動]
基本的にすべての溶液は「等張液+自由水」と考えることができます。等張液とは体液と張度が等しい溶液のことで、代表的なものが0.9%食塩水(生理食塩水)です。自由水とは張度を構成しない水のことです。

例えば自由水を細胞外液に入れると、まず細胞外液の張度が低下するために、細胞内へ水の移動が起こります(張度の高い方へ水は移動する)自由水の場合は細胞内外に21の割合で分布します(細胞外では血管内、間質の13の割合で分布)。また生理食塩水のように等張な液体を細胞外へ入れると、張度の変化が全く起こらないために細胞外液にすべてが分布します。(水の移動は起こりません)

輸液名

電解質

輸液組成
細胞
内液
細胞外液
等張液
自由水
間質
血管内
生理食塩水
Na154mEq/L
1000ml
0ml
0ml
750ml
250ml
ブドウ糖液
電解質なし
0mL
1000mL
665mL
250mL
85ml
(生理食塩水、及びブドウ糖液を1000L輸液した際の水分の体内分布:参考図書より改変)

[水分排泄と体内の水分減少]
尿にも張度と自由水の概念が使えます。例えば尿中NaK154mEq/Lで等張尿の場合、血清Na濃度を変えずに細胞外液のみを排泄します。また尿中NaK0mEq/Lの自由水であれば細胞外液と細胞内液12の割合で排泄し、この際水飲みが排泄されるため、血清Na濃度は上昇します。

尿中の
Na+K
尿組成
減少する水分
尿排泄後の血清Na変化
等張液
自由水
細胞内液
細胞外液
0mEq/L
0mL
1000ml
667mL
333ml
上昇
154mEq/L
1000mL
0mL
0mL
1000mL
不変
231mEq/L
1500mL
-500mL
-333Ml
1333mL
低下
(尿1Lにおける体水分減少と血清Na値の変化:参考図書より改変)

尿[Na]+[K]が血清[Na]よりも小さくなれば血清Naは上昇しますし、逆に大きくなれば血清Naは低下します。したがって低張尿は血清Naを上昇させ、低Na血症の状態であればそれを是正する方向に働きます。ちなみにフロセミドによる尿はhalf normal salineと呼ばれるそうで、おおむね6090mEqの低張尿だそうです。したがって、フロセミドによる利尿作用は血清Na濃度を上昇させるたらきがあり、低Na血症の治療にも用いられることがあるそうです。

[血清Naの低下で何が起こるのか]
細胞外液には圧倒的にNaが多く存在するため、血清Naの異常はすなわち細胞外液の張度の異常を起こしていると考えられます。血清Na濃度の低下は一部例外を除けば血漿浸透圧(張度)低下を意味しており、細胞外液が細胞内へ移動するという現象が起こりやすくなります。また血清Na上昇は逆に細胞内液から、細胞外液へ体液が移動する現象が起こりやすくなります。血清Naが低下すると、細胞内浮腫を引き起こし、これが頭蓋内で起これば脳浮腫となり危険な状態となります。
Na血症の治療はまず症候性か無症候性かに分けて考えると良いかと思います。症候性の場合はそれが急性経過であろうと慢性経過であろうと脳細胞の障害を意味しているという観点から危機的状況です。しかしながらNa値の是正に当たり、急性経過か慢性経過かは非常に重要なポイントです。

[血清Naの低下に対する生体防御能]
脳細胞は、細胞外が低張度になると、細胞内の水分流入により、細胞内浮腫を引き起こすが、この変化が急性だと、かなり致命的となります。しかし、このような環境変化が慢性的に経過すると、脳細胞は浸透圧形成物質を放出し脳細胞内の張度を下げ、細胞内用量を一定に保とうとします。このような浸透圧変化防御機能の形成には2日ほどかかると言われ、それより早い変化には対応できないといわれています。慢性経過で脳細胞内が低張に保たれていると、Naの急激な是正で脳細胞内の水分が細胞外へ急速に移行し、脳細胞虚脱が起こります。これを浸透圧性脱髄症候群(ODS)と呼びます。したがって慢性経過の低Na血症では急激なNa是正は危険です。

[マラソンランナーの低Na血症]
マラソンランナーでは熱中症やレース中の脱水予防等のために多量に飲水するケースがあります。これにより過剰に摂取された水分が細胞外液量を増加させると希釈性の低Na血症が発生します。2002年のボストンマラソンに参加した488人のランナーのうち13%の人に血清Na135mgdl以下の軽度低Na血症がみられ0.6%に血清Na120mg/dl以下の高度低Na血症がみられました。また過剰な水分摂取による体重変化と低Na血症の発生率には相関がみられました。
Hyponatremia among Runners in the Boston Marathon
発汗によるNa喪失は、水分過剰摂取によるNa濃度低下に比べたらそれほど大きいものではなく、Naの喪失と言うよりは希釈性変化の方が大きい可能性を示唆しています。マラソン中は脂肪や炭水化物の代謝による代謝水生成も関与しているかもしれません。
現在ではマラソン中の水分摂取は口渇感に応じて補給することが肝要だと言われています。
スポーツドリンクならばたくさん飲んでも大丈夫じゃない?なんて疑問もあるかと思いますが、これは賛否両論あるかもしれませんが、個人的な意見としては、市販のスポーツドリンクに含まれるNa量は生理食塩水と比べても少なく(下表参照)、相対的に細胞外液補充効果の割合が多いと考えられるため、たとえスポーツドリンクだろうと、やはり過量摂取は希釈性の低Na血症を引き起こす可能性があり、口渇感に合わせた補給が大事だと考えられます。

スポーツドリンク
Na mEq/L
生理食塩水
154
OS-1
50
アクアライトORS
35
ポカリスエット
21
アクエリアス
15


■参考図書:中外医学社 より理解を深める体液電解質異常と輸液 改訂3

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