[お知らせ]


2014年1月26日日曜日

外来小児患者の風邪症状にセフカペン、セフジトレン、クラリスロマイシン…

ここのところ、感染症や抗菌薬について勉強してきましたが、そろそろ本題に入りたいと思います。

一般的な外来における小児の風邪症状に抗菌薬の問題。成人の風邪症状にも当てはまるかもしれませんが、特に小児においては日本の医療アクセスがあまりにも良いせいか、受診頻度も成人と比べて多く、薬の処方量も相対的に多い気がしています。

[小児感染症とその起炎菌]
小児科領域における感染症において細菌性髄膜炎や肺炎は重要です。小児科受診の多いと思われる、生後3か月から4歳において、細菌性髄膜炎の起炎菌は主に、肺炎球菌、インフルエンザ菌b型、髄膜炎菌となっています。このうち肺炎球菌とインフルエンザ菌b型に関しては肺炎球菌ワクチン(プレベナー®)とHibワクチン(アクトヒブ®)があるので、これらの細菌による侵襲性感染症に対しては予防対策が取れます。まずは患者のワクチン接種の有無を確認するだけでも抗菌薬を投与すべきかどうかの判断材料になると考えています。すなわち、これらワクチンを接種することで、「風邪をこじらしたら大変だ」という懸念を和らげ、念のための抗菌薬投与の必要性がかなり減るケースもあるのではないかと思います。

疾患名
1か月未満
13か月
3か月~4
5歳以上

髄膜炎


B群溶連菌
大腸菌
リステリア
B群溶連菌
肺炎球菌
インフルエンザ菌
髄膜炎菌
肺炎球菌
インフルエンザ菌
髄膜炎菌
肺炎球菌
髄膜炎菌

肺炎


B群溶連菌
リステリア
グラム陰性桿菌
B群溶連菌
肺炎球菌
百日咳
黄色ブドウ球菌
クラミジア
肺炎球菌
インフルエンザ菌
マイコプラズマ
結核
肺炎球菌
マイコプラズマ
クラミドフィラ
結核
Moffett’s pediatric infection disease 2004

いわゆる風邪などの急性発熱疾患に対して抗菌薬が処方されるケースはいまだに多く、ほとんどがウイルス性の疾患に抗菌薬は無駄なだけでなく、副作用リスクが付きまといます。以前、エビデンスの観点から風邪に対する抗菌薬を考察しました。

今回は主に抗菌療法の観点から少しまとめてみます。確かに「念のため、抗生剤出しときます」というのも、なんとなく分からなくもないですが、たとえ念のためであっても抗菌薬の選択は熟慮せねばなりません。僕の経験上ではありますが、特に風邪症状で受診した小児に対する経口3世代セフェムやマクロライドの処方頻度は非常に多いと感じています。まあ僕の感覚だけでは説得力ありませんが、こんな論文もしっかりあります。
Antibiotic Prescription for Upper Respiratory Tract infection in Japan

2009年の報告ではありますが、日本においては上気道感染症に対して60%に抗菌薬が処方され、その46%が3世代セフェム、つづいて27%がマクロライドだそうです。(ちなみにキノロンは3位で16%)残念ながら一般的に言っても僕の感覚にそれほど狂いはなさそうです。小児領域に限れば、キノロンはあまり使われませんので、セフェム、マクロライドの比率はもっと高いかもしれません。

[経口3世代セフェム、ターゲットとなる微生物は何を想定している?]
経口3世代セフェム系薬剤でもよく目にするのがセフジトレンピボキシル(メイアクト®)やセフカペンピボキシル(フロモックス®)等です。そしてマクロライドではクラリスロマイシン(クラリス®、クラリシッド®)が圧倒的に多い印象です。これら薬剤は幅広い抗菌スペクトラムを有し、万能なイメージがあります。とりあえず出しとけば、患者も医療者も安心…みたいな。

3世代セフェムはグラム陽性菌に対する抗菌力は原則、ペニシリン系薬剤や、1世代セフェムに劣ります。したがって小児の細菌性疾患の起炎菌となりうる、肺炎球菌溶連菌にはあまり効果的ではなく、これらの細菌にはむしろアモキシシリンのようなペニシリン系薬剤の方が理に適っていると思います。また乳幼児起こり得るリステリアによる感染症ではアミノペニシリンが第一選択となります。

咽頭炎のほとんどはウイルスによるものですが、溶連菌によるものもあります。のどが赤いから抗菌薬というのは本当によく効く話ですが、それでもターゲットは溶連菌の可能性が高く、使用すべき抗菌薬はペニシリン系となります。ペニシリンアレルギーがあるのであればマクロライドの考慮となりますが、経口3世代セフェムの出る幕はありません

確かにβラクタマーゼ非依存的にペニシリンに耐性をしめすインフルエンザ桿菌BLNARをターゲットにした場合、3世代セフェムを考慮したくはなりますが、そもそも髄膜炎などの重篤な疾患に経口剤を用いるという事はあり得ないと思いますし、念のために投与して髄膜炎を予防できるというエビデンスもありません。予防が目的ならばワクチン接種を推奨すべきです。

[マクロライドを大事に使ってほしい]
マクロライドはグラム陽性菌狙いで用いることの多い薬剤ですが、マクロライド耐性肺炎球菌の問題は深刻であり、日本では肺炎球菌をマクロライドで治療することは難しいかもしれません。したがって第一選択とすることは推奨できません。さらにこの薬剤はマイコプラズマ肺炎の第一選択、というより小児にキノロンは原則あまり用いませんから、切り札的な薬剤という立場にあります。マクロライド乱用のつけか、近年マクロライド耐性マイコプラズマも増加してきました。マクロライドの念のための処方で耐性マイコプラズマを増加させ、将来小児マイコプラズマ肺炎の治療には恐る恐るキノロンを用いるという厄介なことになるかもしれません。キノロンでも念のための処方、特に耐性マイコプラズマを懸念して、firstでオゼックス®とか…。また膀胱炎では「とりあえずのキノロン」の頻度が高いと思いますので、いずれはマイコプラズマのキノロン耐性だってあり得ますよね、本当に。。。既に大腸菌のキノロン耐性は進んでいるようです。マイコプラズマでは抗菌薬を投与しないという選択肢も十分考慮したいところです。

ペニシリンにどうしてもアレルギーのある人に、マクロライドは使いやすい薬剤ですが、マクロライド高度耐性が進めば、将来ペニシリンアレルギーのある人はグラム陽性菌による感染症治療がとても難しくなるかもしれません。マクロライドは本当に大事に大事に使うべきだと思います。もちろんキノロンはもっと大事に使うべきだと思いますが。

[重篤な小児感染症、そのエンピリック治療の要を崩壊させるな]
肺炎球菌やインフルエンザ菌の薬剤耐性はかなり深刻な問題です。ペニシリン耐性肺炎球菌PRSPやβラクタマーゼ非依存的にペニシリンに耐性をしめすインフルエンザ桿菌BLNARが増加しており、小児における細菌性髄膜炎などのエンピリック治療にはそれらをカバーできる3世代セフェムは要となる薬剤です。(PRSPによる髄膜炎では3世代セフェムだけでは治療効果不十分でバンコマイシンを併用するのが一般的)
PRSPPISP(ペニシリン低感受性肺炎球菌)と合わせればその分離率は50%前後と言われており、かなり深刻な状況となっています。
細菌性髄膜炎はその治療に一刻を争うような疾患ですので、経口投与はあり得ません。注射用3世代セフェムのセフトリアキソンなどを用います。この迅速な治療の要となる3世代セフェムに耐性ができてしまうと厄介なことになります。カルバペネムに頼らざるを得なくなれば、もう後がありません…。
経口の3世代セフェムをとりあえず、念のために処方し続けることは、これらの耐性菌を増加させ、重篤な小児急性疾患の抗菌薬治療が難しくなる可能性を秘めています。繰り返しますが、念のために処方したところで、重篤な合併症を予防できるとするエビデンスもなく、吸収の悪い経口3世代セフェムが髄膜炎を治癒させるとも考えにくいですし、中途半端な投与が、耐性菌の発現を増加させ、細菌性髄膜炎などのエマージェンシーな小児疾患の治療を難しくさせる側面を有していると考えられます。日本化学療法学会誌 51: 60-70, 2003の考察には以下のように記載されています。

「わが国で開発された経口セフェム系薬は一般的に血中への移行が1μgmL前後であり,またプロドラッグ化されているものも多く,吸収に個人差が大きい。そのような血中濃度や組織移行性の低さ,PRSPに対する殺菌力が必ずしも強いとはいえないことが,薬剤投与により上咽頭における常在細菌叢に選択圧を加え,その結果がPRSPを増加させ,保育園などの乳幼児が集団で生活している場を借りて市中に広がり,今日の急性中耳炎や上気道炎をはじめとする肺炎球菌が関与する感染症の遷延化あるいは難治化につながっていると考えられる。」

「いずれにしても,多くの経口抗菌薬において,血中濃度は必ずしも高くはならないのが現状であり,今後は変異による耐性菌を選択しないよう血中濃度を十分に高めるなどの工夫が必要であろう。ヒトの上咽頭に定着,増殖したPISPPRSPを完全に死滅させることのできる抗菌薬はなくなっているということでもある。小児において多くみられる上気道感染症に限らず,PRSPによる感染症に対しては,比較的抗菌力の優れた経口薬で許されている十分量を使用し,無効な際には注射薬に頼るしかないのが現状である。」

[僕にもできることがあるかもしれない]

マクロライドや3世代セフェムを用いるべき局面で使用できないという事態を引き起こさないためにも、薬剤師としてどうすべきか、これからそういったことを考えてみたいと思います。プライマリ・ケアにおける抗菌薬の適正使用。設備や人材、コストの観点から細菌検査や血液培養なんてそう簡単にできませんし、アンチバイオグラムだって簡単に手に入りません。グラム染色すらできない、そういった限られた状況の中においても、どれだけ感染症診療を抗菌薬の適正使用ならびにワクチンのリスクベネフィットの観点からサポートできるか、取り組んでみたいと思っています。

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