[お知らせ]


2014年1月27日月曜日

糖尿病と「時間」~第5回薬剤師のジャーナルクラブを終えて~

5回薬剤師のジャーナルクラブが無事終了いたしました。
録画ラジオはこちらです。http://twitcasting.tv/89089314/movie/34595165
シナリオとお題論文はこちら。http://syuichiao.blogspot.jp/2014/01/5.html

今回は保険薬局店頭での簡易血糖測定器を用いた糖尿病検診がテーマでした。血糖値を測定して、それに基づいて患者と共に健康について考える、必要に応じて食事や運動療法について考える、あるいは医療機関受診を推奨する。といった取り組みを積極的に進めるべきか、どうなのか。

今回読んだ論文の結果はどうだったでしょうか。
Screening for type 2 diabetes and population mortality over 10 years (ADDITION-Cambridge): a cluster-randomised controlled trial.
論文のPECOをおさらいです。
[Patient]
イギリス32施設における糖尿病ではないが、リスクの高い40歳から69歳の参加者20184人(平均55歳、男性63.9%、BMI30.5
[Exposure]
スクリーニング+強化治療実施群14施設、スクリーンビング+ガイドラインに基づく標準治療13施設の計27施設16047
(随時末梢血糖・HbA1c、経口グルコース負荷試験の多段階スクリーニング)
[Comparison]
非スクリーニング5施設4137
Outcome
総死亡
そして結果は
アウトカム
E
スクリーニング実施
C
スクリーニング非実施
結果
ハザード比[95CI]
総死亡
1532/16047
9.5%)
377/4137
9.1%)
1.06
0.901.25

スクリーニングを実施するとしない場合に比べて総死亡は6%多い傾向にある。という結果でした。追跡中央値は約10年です。総死亡発症率はE群とC群でほぼ同等と言う感じでしょうか。論文の結果を見るとあまり差が無いという感じですよね。スクリーニング実施群では16047人のうち466人が糖尿病と診断されました。おおよそ2.9%です。患者背景はかなりハイリスクな患者さんですが、スクリーニングを1回行うと、そのうち2.9%が糖尿病と診断されるというデータです。例えば日本人における一般集団を想定すれば、ここまでハイリスクな患者さんの割合はもう少し少ないかもしれません。そうなると、実は1回のスクリーニングで糖尿病として診断を受けることになる人の割合はこの論文よりももっと少なくなるかもしれませんし、それが総死亡というアウトカムにどうつながるかに関してもよくわからないという事が分かってきました。

あくまで仮にですが、糖尿病を早く見つける事と死亡は相関しないかもしれないという事はどういう事かと言えば下の図のような感じです。

糖尿病と言われない時間
糖尿病として生きている時間

糖尿病と言われない時間
糖尿病として生きている時間

糖尿病と言われない時間
糖尿病として生きている時間

糖尿病と言われない時間
糖尿病として生きている時間

①は将来糖尿病になる人が、糖尿病の早期発見をしたが、寿命は延びなかった人
②は将来糖尿病になる人が、通常の診療の中で糖尿病と診断された人
③は将来糖尿病となる人が、糖尿病の早期発見で寿命が短くなった人
④は将来糖尿病になる人が、糖尿病の早期発見で寿命が延びた人

おそらく、糖尿病のスクリーニングをするという事は、今回の論文結果を踏まえれば、この4つのパターンに構造化することができます。どのパターンが幸せに生きることとつながるのかは人それぞれかもしれません。③が幸せだという人はあまりいないと思いますが。早期スクリーニングで寿命が変わらないという事は①と②を比較してもらえばお分かりの通り、糖尿病として生きている時間は前倒しで、長くなるという事です。糖尿病は悪い病気だ、生活習慣を改善しなくてはいけない、というのが一般的な認識のこの世の中で、この期間が患者にとって幸せかどうかはよくよく熟慮せねばなりません。寿命が変わらないのであれば糖尿病として生きる時間は短い方が良い気もしてきます。ただその中身も重要です。例えば②の人は糖尿病の治療が遅れ、残りの余命の大部分が透析を受け、また網膜症で目もあまりよく見えない、末梢の神経障害もひどい。①の人は早期発見できた分、薬代や検査費用、食事も我慢して決して楽な生活ではなかったけれど、透析を受けることもなく、視力も問題なく寿命を終えることができたとしたら、もしかしたら早期発見には大変重要な意味があるのかもしれません。

この論文では死亡リスクの検討でした。今見てきたように死亡が減る、とか増える、とかそういった相対効果を論文は示すわけですが、こういった相対危険やNNTには時間の概念が含まれていません。どういう事かと言えば、死亡は減るわけではないですよね。人間いつか絶対死ぬわけですから。要するに死亡が減るというのは死亡が先送りされているだけです。それが何年先送りされるのか、そしてその時間の中身、そういったことが大事なわけですよね。④は寿命が延びた人たちですが、②の人たちと比べてどのくらい寿命が延びたのか、それはその人にとってどれだけ重要な時間なのか、合併症で苦しみ抜いた時間なのか、家族に囲まれて幸せな時間だったのか。むしろ③の人たちは合併症などに苦しむことなく寿命をまっとうできたかもしれない…。一つの論文の結果はよくわからない、けれど時間も含めればさらにややこしくなる。論文の結果そのものが一般化できないことはもう本当に明確ですよね。

では心血管イベントはどうなのでしょうか。糖尿病を早期発見することで合併症は減らせるのでしょうか。これもなかなか情報が少ないですが、こんな研究があります。
Vascular Outcomes in patients With Screen-Detected or Clinically Diagnoed Typ 2 Diabetes Diabscreen Study Follow-up
PECOを見ていくと下のような感じです。
[Patient]
45歳から75歳の家庭医を受診している新規2型糖尿病患者
(平均60.4歳、男性42.5
[Exposure]
たまたまスクリーニングした359人(早期スクリーニング)
[Comparison]
臨床的兆候がありスクリーニングした206
Outcome
心血管疾患、非致死的心筋梗塞、非致死的脳卒中の複合アウトカム
研究デザインは何か?
前向き非ランダム化観察研究
調整した交絡因子は何か?
年齢、性別、心血管疾患、収縮期圧、クレアチニン値、血糖値
追跡期間は?
E7.7年、C7.1
結果はこんな感じです。
アウトカム
日和見
スクリーニング
臨床的兆候からの
スクリーニング
調整ハザード比
95%信頼区間]
心血管複合
アウトカム
34/359
9.5
21/206
10.2
0.67
0.361.25
ランダム化されていないのでその結果の解釈は注意が必要ですが、心血管複合アウトカムは減らす傾向にあるものの、25%増えるかもしれないという、こちらもよくわからない結果となっています。

今回は死亡ではなく心血管イベントです。イベントが33%減る傾向にあるとはどういう事でしょうか。ちなみにこれが有意に減っていれば多くの人は「これはかなり減る!」と思うかもしれません。33%減るかも、これは追跡期間約7年半の中での話です。イベントは減るわけではありません。先延ばしするだけです。そして先延ばしした先に寿命の方が先に来るかもしれない、でも寿命よりも前にイベントが発生するかもしれない。どのタイミングで起こるかなんて、誰にもわかりません。

寿命があと20年あったとして、この33%減る傾向にあるという結果で、3年後に発症するべきイベントが5年ほど先送りされたとしたら、その効果にいったいどんな意味があるのでしょうか。結局10年以内にはイベントが起こってしまうかもしれません・・という感じになってしまいます。あるいは4年後に交通事故で死んでしまうかもしれない。イベントを5年先延ばししても、そんな介入はこの人にとっては意味がなかったことになってしまうかもしれない。そして介入を受けたとしても、本来なら3年後に起こるはずのイベントが前倒しで来年起こってしまうかもしれない。そういったことを示しています。

論文の相対リスクや絶対リスクには追跡期間以上の時間の概念を含んでいませんし、こういった指標は時間に関しては本当に見えづらい指標です。しかしながら目の前にいる患者さんは現実を生きているわけですし、時間を包括せざるを得ません。注目しているリスクファクタ-以外で死んでしまうかもしれません。今、血糖値が高いという現象が、5年後もそのままなのか、それとも末梢神経障害を引き起こしているのか、そのままの寿命が来るまで同一性を保つのであれば、これは病気ではないかもしれないですし、合併症に発展していくのなら、それは病気かもしれません。糖尿病とは何か、それは血糖値が高いという状態を保ちながら少しずつ、身体に変化を与える現象のことでしょうか。その変化があまりない人もいれば、大きい人もいる。この変化というものに対して、時間という概念を包括せずにはいられないという事は大変重要な気がします。時間というファクターを込みに考えれば、人の生き死に関して、いったいどう介入すればよいのかなんて、占い師でもない限りわからない。どういう介入をするべきかは、これはもう本当に「賭け」のような気さえします。

今回の論文を読んで、みなさんはどう感じたでしょうか。糖尿病検診をただ1度だけ実施しても、そうそう患者さんのアウトカムが変わることはない。患者さんが幸せになれるかどうかもよくわからないけれども、これを一つのきっかけとして、患者さんとのかかわり方を継続的に模索するという事につなげる方がとても大事だと思います。関わり方と言っても様々です。なにも糖尿病だけが関わり方ではないですから。



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