[お知らせ]


2013年8月28日水曜日

糖尿病の新しい薬は古い薬に比べて優れていると言えますか?

近年急速に売り上げを伸ばしているDPP4阻害薬。その種類も急速に増え、本邦ではシタグリプチン、ビルダグリプチン、アロウリプチン、リナグリプチン、テネグリプチン、アナグリプチン、サキサグリプチンと、販売ラッシュが続いています。DPP-4阻害薬は、DPP-4を阻害して活性型GLP-1濃度を上昇させることで、インスリン分泌促進作用およびグルカゴン分泌抑制作用を介して、血糖低下作用を発揮させると言われています。さらにDPP-4阻害薬はインスリン濃度上昇を促し、肝臓での糖新生を抑制することから、空腹時血糖および食後血糖の上昇も抑制するそうです。小規模トライアルのメタ分析でDPP4阻害薬が心血管イベントリスクを抑制する可能性が示唆されており、さらに注目を集めています。


しかしながら実際のところ糖尿病治療で古くから使用されており、薬価も安く経口糖尿病薬で肥満の糖尿病患者における大血管障害を抑制するエビデンスを有するメトホルミンと比べて優れているのでしょうか。後ろ向きコホート研究ですがとても貴重な報告が出ています。

【文献タイトル・出典】
All-cause mortality and cardiovascular effects associated with DPP-inhibitor sitagliptin compared with metformin a retrospective cohort study on the Danish population
【論文は妥当か?】
研究デザイン:後ろ向きコホート研究
[Patient]200711日から20111231日までにシタグリプチン、メトホルミンそれぞれの単独治療を受けた患者84715
[Exposure]シタグリプチン単独治療1228例(平均年齢62.5歳、男性54.2%)
[Comparison]メトホルミン単独治療83487例(平均年齢59.0歳 男性51.6%)
[Outcome]総死亡、複合アウトカム(脳卒中、急性心筋梗塞、総死亡)
■調節した交絡因子▶ 抄録に記載なし。
【結果は何か?】
■総死亡▶メトホルミンに比べてシタグリプチンは27%多い傾向にある
ハザード比:1.27[95%信頼区間0.931.73]
■複合アウトカム▶メトホルミンに比べてシタグリプチンで25%多い傾向にある
ハザード比:1.25[95%信頼区間0.941.67]
■メトホルミンと比べるとシタグリプチンの使用は治療変更尤度が高い
ハザード比:4.88[95%信頼区間4.465.35]
【結果は役に立つか?】
抄録のみで語るのもなんですが、この報告そのものをどう取り扱うべきか、総死亡、複合アウトカムに有意差は出ていません。しかも後ろ向きコホート研究です。こういった理由からこのような貴重な示唆が軽視されてしまうことを僕は危惧します。シタグリプチンが心血管イベントを抑制したり死亡を抑制するというような真のアウトカムを検討したランダム化比較試験は存在しない現時点(※)で、メトホルミンよりも何倍も高価なシタグリプチンを、この報告から示唆されるようにメトホルミンよりも決して優れていない効果、と言うよりむしろリスクは上昇傾向にあるようなシタグリプチンを積極的に使用すべき根拠はどこにあるのでしょうか。確かに交絡因子の影響は免れないところでしょう。だからと言ってDPP4阻害薬がメトホルミンに比べて現時点では優れているとは言えないと考えています。

しかしながらDPP4阻害薬の売り上げはすさまじいものがあります。販売開始から3年で売上トップ10に入るなど、金額ベースではあるものの、シタグリプチンの売り上げは順調のようです。第一選択で使用されるケースも珍しくないようです。


どうでしょう、確かにアドヒアランスや低血糖リスク、年齢なども考慮すべきですが、とりあえずDPP4阻害薬をファーストチョイスで積極的に使用するという構造は高血圧治療剤のARBの時と非常によく似ていると思いませんか?今後のエビデンスに注目したいテーマです。


※冒頭示した通り、小規模トライアルでのメタ分析で心血管イベント抑制を示唆した報告はありますが、ランダム化比較試験での報告は現時点で存在しません

2013年8月18日日曜日

ディオバンの論文捏造問題に思う

久しぶりの更新となってしまいました。少し出遅れた感もありますが、表題の件、僕の思うところを整理したいと思います。なお、間違え等ございましたらご指摘いただければ幸いです。

本邦の高血圧治療において、高頻度で処方されていたディオバン®(バルサルタン)。アンギオテンシン受容体拮抗薬(ARB)と呼ばれる高血圧治療剤の中では新しい作用機序の薬剤です。ディオバンの臨床試験論文捏造問題は一般メディアでも広く取り上げられ、広く認知されました。その詳細はすでにメディア以外にもインターネット上などでも取り上げられ、今更僕が語るほどのことでもありませんし、この問題の本質ではないと考えています。ただ、薬剤師として医薬品情報、すなわち今回の問題で対象となったKYOTO HEART Study及びJIKEI HEART study の原著論文を批判的に読むスキルは大変重要であると思いますし、我々薬剤師はこの問題から情報リテラシーそのものを学びなさなくてはいけないと考えています。問題となった臨床試験の試験デザインはPROBE法と呼ばれるもので、以前、このデザインが採用された臨床試験のピットフォールについて簡単にまとめています。

ARBと言う薬剤、薬学部においても薬理学で学ぶ高血圧治療薬の作用機序のハイライトと言えるのではないでしょうか。レニン-アンギオテンシン系を学ばずして高血圧治療薬は語れません。従来からあったアンギオテンシン転換酵素阻害薬で有名な空咳という副作用の欠点を補ったARBはまさに夢の高血圧治療薬だったことでしょう。カルシウム拮抗薬にみられるような血管拡張に伴う不快な顔面紅潮も見られず、利尿薬にありがちな電解質異常にも影響を与えにくく、時として呼吸器疾患を有する患者には使用しづらいβ遮断薬よりも優れた薬剤のように思えます。おまけに臓器保護作用なども取り上げられ、本邦における高血圧利用薬の主力はARBと言っても過言ではありません。ディオバンはそんな夢の薬ARBという薬剤カテゴリに属する薬剤です。

しかしながら脳卒中や心不全に対する効果はACE阻害薬とARBで同等という報告があります。(Erratum in: J Hypertens. 2007 Jul;25(7):1524)また危険因子のある高血圧患者において心疾患リスクはカルシウム拮抗薬、ACE阻害薬、利尿薬で同等という報告もあります。(JAMA. 2002 Dec 18;288(23):2981-97)実際のところそれほど優れた薬剤ではないというのがARBに対する僕の認識です。おまけに薬価は他の降圧薬に比べて高いです。

さて今回、捏造された論文いったいその問題はどこにあるのでしょうか。そもそも捏造された結果、どういったことが真実ではなくなってしまったのか、そういったことをしっかりと押さえていきたいと思います。
KYOTO HEART Study及びJIKEI HEART studyは日本人を対象にした大規模臨床試験です。従来の高血圧治療にディオバンを上乗せすると、心血管疾患が減るかどうかを検討し、結果はディオバンを従来治療に上乗せすることで心血管疾患(正確には心血管疾患による入院を含む複合アウトカム)が大幅に抑制できたという、その論文の妥当性が高ければ、かなりインパクトのある大変貴重なエビデンスでした。論文の批判的吟味レベルでも、この臨床試験の結果の妥当性はかなり低いことが分かりますが、要するに今回の論文捏造で「高血圧の日本人に従来治療へディオバンを上乗せで使っても心血管疾患を抑制するかどうかは分からなくなってしまった(※)」という事が明確に分かったという事が非常に大事なポイントです。

(※)ARBによる心血管イベント抑制効果に関するエビデンスはありますが、今回言及したいのは日本人における、従来治療への上乗せ投与によるARBの心血管疾患抑制効果です。日本人は潜在的に心血管リスクが欧米人に比べて低いため海外データをそのまま用いることができるかどうかは議論があります。ARBの上乗せ治療で日本人の心血管疾患に対する有効性を明確に示しているエビデンスがございましたらご指摘ください

高血圧治療を世間一般の方はどうとらえているのでしょうか。いや薬剤師を含めた医療者も同様ですが、高血圧という現象そのものを治療するとはどういう事なのか、この認識が肝要です。やや結論を急げば、今回の問題でディオバンかどうかはあまり重要ではないという事です。そしてディオバンの効果は他のARBとなんら変わりありません
血圧を下げる目的は何かという問題が、このディオバンをめぐる一連の出来事の中で軽視されている気がしています。この問題を整理するには以下の問いが重要であると思います。

(1)血圧を下げることが高血圧の治療目的なのでしょうか?
(2)例えば収縮期圧が140159mmHgの軽度高血圧患者と言われる人たちは血圧を下げた方が良いのでしょうか?下げた方が良いとする根拠は何でしょうか?

医薬品などの医療介入によりもたらされる患者さんの成り行きを「アウトカム」と呼びますが、一般的には「血圧が下がる」というのを「代用のアウトカム」と言い、脳卒中がどれだけ減ったか、あるいは健康寿命がどれだけ延びたか、という「人の生死に関わるような重大な転機」を「真のアウトカム」といいます。真のアウトカムは患者ごとに異なることに注意しなくてはいけません。たとえ寿命が延びなくても、血圧をとりあえず今下げることで安心できるという事であれば、血圧そのものも真のアウトカムになり得えます。ただ一般的には血圧を下げることで健康寿命を延ばしたと願う、すなわち高血圧の治療の目的は心血管疾患リスクの抑制そして死亡リスク抑制にあるわけです。これが(1)の問いに対する僕の答えです。血圧を下げることが高血圧の治療なのではなく、血圧を下げることは高血圧を治療するための手段です。目的ではありません。

そして収縮期圧が140159mmHgの軽度高血圧患者に高圧治療を行ってもプラセボに比べて総死亡や冠動脈疾患、脳卒中、心血管イベントはそんなに変わらないという報告があります。(Database Syst Rev. 2012 Aug 15;8:CD006742

従いまして、このような患者さんの血圧を積極的に下げる、メリットはあまりないというのが僕の現段階での考えではあります。まとめますと、高血圧治療薬が本来有すべき薬効は心血管疾患や死亡リスク抑制効果なのです。

現在、本邦で高血圧治療薬が承認され実際に現場で使用できるまでには臨床試験を行わなくてはいけません。この市販される前の段階で行われる臨床試験では主に代用のアウトカムの検討しかなされません。すなわちディオバンを含むARBはもちろん、そのほかの高血圧治療薬も、その有効性に関しては「血圧を下げます」という結果のみで高血圧治療薬の効能を取得しているのです。多くの場合で心血管疾患や死亡リスク抑制効果を評価され承認されたわけではありません。このような真のアウトカムに対する効果は市販後に行われる臨床試験によって検討されます。すべての薬剤で行われるわけではありませんし、対象患者が日本人であるわけでもありません。ディオバンは市販前の臨床試験で降圧効果を証明し、医薬品として承認され、現場で使えるようになりました。そして市販後に行われた臨床試験で日本人を対象に従来の治療にディオバンを上乗せすることで、心血管疾患リスクを抑制できるかどうか検討したのです。この市販後に行われた臨床試験こそが今回問題となったKyoto Heart Study及びJikei Heart studyです。そして有効性ありと言われた日本人における心血管疾患抑制効果は白紙に戻されました。

ARBにはディオバン®の他にも、ニューロタン®、ブロプレス®、ミカルディス®、オルメテック®、イルベタン®(アバプロ®)、アジルバ®という薬剤が存在します。これらの薬剤にも従来治療への上乗せ投与で、日本人における心血管疾患イベント抑制効果が証明された妥当性の高いエビデンスはありません。すなわち、今回の問題でディオバンかどうかはあまり重要ではないという事ですARBは患者の状態など、程度の差こそあれ、すべての薬剤で血圧は下げますが、同時にすべての薬剤を上乗せ投与で用いても日本人の心血管疾患を抑制できるかどうかは明確には分かりません。

確かに論文をねつ造することは決して許されるべきことではありません。少なくとも日本人に対する大規模臨床試験で、インパクトファクターの高い医学誌に掲載されたとなれば、それだけでも、有効性が高いと認識してしまうこともあります。まあこれは医療者側の情報リテラシーも問題でもあるのですが、おそらくこの臨床試験のおかげで、ディオバンは本邦における高血圧治療のスタンダードの地位を獲得したと言っても過言ではないかもしれません。ただ論文の捏造ばかりが独り歩きし、いつの間にかディオバンがうそつきのとても悪い薬剤、効果がない薬剤という方向に世の中が動いている気がするのです。効果がない薬剤、心血管疾患抑制という、真のアウトカムと言う観点でみればARBすべての薬剤は日本人における明確な効果は不明ですし、血圧という代用のアウトカムという観点でみれば、個人差も大きいですが、すべてのARBで血圧は下がることの方が多いでしょう。問題なのはディオバンではありません。臨床試験論文を捏造せざるを得なかった構造自体が大きな問題をはらんでいます。真のアウトカムや代用のアウトカムと言った認識がなされていない、そういったことがさらに、この問題を大きくしています。あるメディアはこう言い放ちました。「心血管疾患リスクを抑制するという付加効果…」高血圧治療剤においてARBは非常に高価な薬剤です。血圧を下げるだけならもっと安い薬剤はいくらでもあります。また非常に安価な利尿薬をさらに低用量で用いることで十分に脳卒中や心筋梗塞を抑制できることが分かっています。(JAMA 1997277739745


今回の捏造の件で、もはや血圧を下げるかどうかなんて問題ではなくなってしまっています。判断の基準がディオバンかどうか、と言う構造にすり替わっているのです。ディオバンよりも悪い薬なんていくらでも存在します。その多くが、問題となる部分が明るみにでず、いまだに保険薬として承認されてい続けているのです。そしてそのような現実を、直視できないのは、医療に巣食う得体のしれない構造と、情報リテラシー教育の不十分さではないかと思います。