[お知らせ]


2013年7月26日金曜日

朝食を食べない食習慣で心臓病は増えますか? ~観察研究と交絡の影響~

[朝食はしっかり食べるべきか]
多忙な日々の中で朝食をとらない、あるいは深夜遅くに夕食をとるという食生活を行っている人は多いかと思います。こういった食習慣は本当に体に良くないのでしょうか。Circulationから興味深い報告が出ました。朝食をとらない人や、深夜に食事をとる人が、そうでない人に比べて冠動脈疾患リスクに関連するかどうかを検討したコホート研究(観察研究)です。

【文献タイトル・出典】
Prospective Study of Breakfast Eating and Incident Coronary Heart Disease in a Cohort of Male US Health Professionals
【論文は妥当か?】
研究デザイン:前向きコホート研究(Health Professionals Follow-up Study
[Patient]45歳から82歳のアメリカ人26902例(平均年齢54歳~59歳)
[Exposure]①朝食を食べない:3386例  ②夜遅くに食事をとる:26589
[Comparison]①朝食を食べる:23516例  ②夜遅くに食事をとらない:313
[Outcome] 冠血管疾患発症
■追跡期間▶16
■調節した交絡因子▶カロリー摂取量、身体活動、テレビ視聴時間、喫煙状況、婚姻状況、勤務状況、冠血管疾患家族歴、糖尿病、高血圧、高コレステロール、BMI
【結果は何か?】
①朝食の食習慣
■朝食を食べない食習慣は朝食を食べる食習慣に比べて冠血管疾患が増加する
交絡調整
相対危険
[95%信頼区間]
年齢
1.33
[1.131.57]
年齢に加え、食事要素(カロリー、アルコール摂取、食事頻度)
1.38
[1.151.66]
年齢に加え、人口統計(喫煙、婚姻状況、勤務状況、心筋梗塞家族歴、身体検査)
1.29
[1.071.55]
年齢・人口統計に加え活動要素(身体活動、テレビ視聴時間、睡眠)
1.27
[1.061.53]
年齢・人口統計・活動要素に加えBMI
1.23
[1.021.48]
年齢・人口統計・活動要素・BMIに加え糖尿病、高血圧、高コレステロール
1.21
[1.001.46]

②夜の食習慣
■夜遅くに食べる食習慣は夜遅くに食べない食習慣に比べて冠動脈疾患が増加する傾向にある
交絡調整
相対危険
[95%信頼区間]
年齢
1.61
[1.102.36]
年齢に加え、食事要素(カロリー、アルコール摂取、食事頻度)
1.59
[1.082.35]
年齢に加え、人口統計(喫煙、婚姻状況、勤務状況、心筋梗塞家族歴、身体検査)
1.55
[1.052.28]
年齢・人口統計に加え
活動要素(身体活動、テレビ視聴時間、睡眠)
1.55
[1.052.29]
年齢・人口統計・活動要素に加えBMI
1.53
[1.042.25]
年齢・人口統計・活動要素・BMIに加え糖尿病、高血圧、高コレステロール
1.41
[0.952.10]

[交絡因子について]
結果を考察する前に、ここで少し交絡因子について補足します。胸ポケットにライターを忍ばせている人たちは肺癌になりやすいという研究があったとします。胸ポケットにライターを入れている人は入れていない人に比べて有意に肺癌が多いという結果を、ライターが肺癌の原因となると結論してよいのでしょうか。ライターの中のガスが揮発して、それに発癌性があって…。まあ考えられなくもないのですが、ライターを胸ポケットに入れている人には喫煙者が多く、喫煙が原因となって肺癌が多くなると考えた方がスマートです。この場合、ライターと肺癌に因果関係は無いと常識的には考えられ、喫煙という要素が実は原因だったという事になります。調べている要因(この場合ライターの所持の有無)とは別の要因(=この場合喫煙)が結果に影響を及ぼすことがありますが、これを交絡といい、影響を及ぼす因子を交絡因子と呼びます。
■ライターを持っている人 ⇒肺癌が多い
■ライターを持っていない人⇒肺癌が少ない
※ライターの所持は肺癌リスクが増加する??
■ライターを持っている人 ⇒喫煙者が多い  ⇒肺癌が多い
■ライターを持っていない人⇒喫煙者が少ない⇒肺癌が少ない
   ※肺癌の原因はライターじゃなくて喫煙では??

ランダム化比較試験では交絡因子そのものもランダム化され(例えば喫煙者も均等に2群に分けられる)患者背景に偏りがなくなるため交絡による影響を少なくすることができます。

対象患者(喫煙者100%)…ランダム化… 
⇒ライターを胸ポケットに持つ群(喫煙者約50)     ⇒肺癌?
⇒ライターを胸ポケットに持たない群(喫煙者約50%)  ⇒肺癌?
※ランダム化により喫煙者が均等に振り分けられる
※ライター所持と肺癌の関連がフェアに比較できる

それに対して観察研究では意図的なランダム化ができないために、常に患者背景に偏りが生じている可能性があり、交絡の影響を無視できません。そのために喫煙状況だとか、年齢などの交絡因子で補正を行うのです。高齢者が多く片寄れば死亡発生は多くなりますよね。だから死亡を検討する際は年齢調整が重要です。ランダム化比較試験では未知の交絡因子も均等に振り分けられるのに対して、観察研究では未知の交絡因子は調整できません。このあたりが観察研究において患者背景の偏りを調節する限界です。観察研究を読む際のポイントで重要なのは、論文のPECOに加え、この「交絡の調整」です。
この研究では「カロリー摂取量、身体活動、テレビ視聴時間、喫煙状況、婚姻状況、身体検査、勤務状況、冠血管疾患家族歴、糖尿病、高血圧、高コレステロール、BMIなど」で交絡を調整しています。僕の観察研究の吟味では可能な限り「■調節した交絡因子▶…」で確認できるようにしています。

[結局のところ論文の結果は役に立つか]
朝食を取らない、夕食が遅いなどという食習慣と心血管リスクにはライフスタイルに潜む様々な交絡因子が考えられます。この研究では様々な交絡因子で調整を行っていますが、興味深いことに交絡因子で調整をかける程にリスクが低下していきます。すなわち冠動脈疾患リスクは食習慣も含めたライフスタイル要素や人口統計的な要素、併存疾患など様々な要素と関連していることが分かります。朝食をとらない、あるいは深夜に夕食を食べるという事も関連している可能性がありますが、それ以外の要素にも注意を向ける必要があります。
ただ入念な交絡因子で調整の結果、冠動脈疾患は朝食をとらないと21%増加する可能性があり、生活スタイルを無理なく改善できるのであればしっかり朝食は取った方がよさそうですし、生活に支障のない範囲で深夜の夕食は避けた方が良いかもしれませんが、こういった介入で著しく日常生活に支障が出る場合もあり、一方的にこのような食事指導を行うことが本当に患者の役に立っているかどうかは熟慮しなくてはいけないと思います。

こういった日常生活に直結するインパクトのある研究結果は、一般メディアなどには、その結果しか記載されないのでそういったメディアの情報解釈は慎重に行うべきというのが僕の考えです。リスク増加!みたいな見出しがでかでかと掲載され、それじゃ生活習慣を見なさなくてはいけない…という思考停止を僕は避けたいと考えています。朝食をしっかり取ることでリスクを減らせる、朝食をしっかり取る事ばかりが太字に見えますが、必ず原著論文を確認すべきです。そして、たとえ研究の妥当性が高くても、その結果は人の人生において、はたしてどの程度重要なものなのか、しっかり吟味する必要があります。この論文の結論にも朝食をとることで「significantly lower CHD risk」と記載がありますが、統計的significantlyが実際の人の生活の中でどれほどのインパクトを持つのか、要するに統計的有意差有りが、実臨床でどの程度の差を生み出しているのか、案外、もとの現象とのギャップは小さかったりもするかもしれません。またリスクは双方向に働くので、例えば冠動脈疾患リスク回避のためにライフスタイルを見直した結果、失う時間だとか、労力だとか、精神的負担、あるいは経済的なもの、そういった負の側面も僕はできる限り考慮に入れたいと思います。なにせ論文の結果を出すためには16年間もこの食習慣を続けなくてはいけないのですから。

0 件のコメント:

コメントを投稿