[お知らせ]


2013年3月31日日曜日

感染症患者とその渡航歴


患者の渡航歴から、意外な感染症が疑われるかもしれません。本邦ではなくアメリカでの報告ですが、近年アメリカの風土病であるコクシジオイデス症が増加しているそうです。少し聞きなれない感染症ですし、コクシジオイデスについて勉強してみました。

[コクシジオイデス症とはなんだろうか]

報告の紹介の前にコクシジオイデス症に関して国立感染症研究所の感染症情報センターの記事を参考にしながらまとめてみます。

コクシジオイデス症とは米国西南部(カリフォルニア、アリゾナ、テキサス、ネバダ、ユタの諸州)、メキシコ西部、アルゼンチンのパンパ地域、ベネズエラのファルコン州の半乾燥地域の風土病で、渓谷熱(valley fever)、砂漠リューマチ(desert rheumatism)あるいは砂漠熱(desert fever)とも呼ばれています。

米国西南部の半乾燥地の土壌に生息する真菌の一種であるCoccidioides immitisコクシジオイデス・イミチス)が強風などで空中に舞い上がりこれらを吸入すると肺に侵入し感染症を起こすといわれています。毎年多数発生する患者の約0.5%は全身感染に波及し、その半数が致死的となるそうです。本邦では20029月までに31例が報告されているそうで、その多くがカリフォルニア州やアリゾナ州への海外渡航歴を有する人たちでありましたが、2例は渡航歴のない綿花を扱う工場の従業員で、輸入された綿花に付着した原因菌を吸入したことにより感染したと考えられています。したがって本邦でも絶対に発生しない感染症ではありません。本邦ではコクシジオイデス症は感染症法において4類感染症に定められていて、診断した医師は直ちに最寄りの保健所に届け出ることが義務づけられています。

臨床症状は以下の4つに分類されています。

■原発性肺コクシジオイデス症 primary pulmonary coccidioidomycosis
 ほとんど無症状ですが、約40%において、軽いカゼに似た症状を示すとされています。汚染地域の住民のほとんどが短期間のうちに自然軽快します。約10%の患者の下腿に紅斑を伴う結節(結節性紅斑 erythema nodosum )が見られることが特徴で、これは女性に多いといわれています。

■原発性皮膚コクシジオイデス症 primary cutaneous coccidioidomysosis
 極く稀に皮膚に初発病巣が生じることがあります。これは刺傷あるいは外傷にからコクシジオイデスに感染し発症することで乗じます。潰瘍を形成し、花キャベツ状の腫瘤を形成します。

■良性残留性コクシジオイデス症 benign residual coccidioidomycosis
 症状がみられた原発性コクシジオイデス症の28%の患者の肺に、結核に似た空洞が形成されることがあります。炎症反応はほとんどなく、病巣はそれ以上進行せず、感染の恐れもないといわれています。自覚症状はほとんどなく、X 線撮影によってのみ見いだされます。コクシジオイドーマ(コクシジオイデス腫coccidioidoma )ともよばれます。

■播種性コクシジオイデス症 disseminated coccidioidomycosis
 コクシジオイデス肉芽腫coccidioidal granuloma や進行性あるいは2次性コクシジオイデス症progressive or secondary coccidioidomycosis ともよばれ。肺の初感染病巣が進行し、血行性に全身に散布された状態です。原発性肺コクシジオイデス症の患者の約0.5%に発生し、そのうち約半数が死の転帰をとるといわれています。免疫不全の患者に起こることが多いく、皮膚、皮下組織、骨、関節、肝、腎、およびリンパ組織が侵されます。急性の場合、髄膜炎(coccidioidal meningitis)を併発することが多くみられます。現在治療は困難とされています。


[コクシジオイデスは近年、アメリカで急増している…]

コクシジオイデスに関する報告がアメリカ疾病管理予防センター(CDC)の週報MMWR(Morbidity and Mortality Weekly Report)に掲載されています。
Increase in Reported Coccidioidomycosis — United States, 1998–2011

これによれば1998年から2011年の間に流行しての各州で報告されたコクシジオイデス症の発生率が統計的に有意な増加を示しているとしています。

詳しく見ていくとアリゾナ州では2007年から2008年にかけてカルホルニア州では2007年から2009年にかけて減少していたものの2010年から2011年にかけて劇的に増加したそうです。
 
 

この増加の理由は不明ですが、コクシジオイデスは、土壌中に存在しており、環境の変化に敏感で、干ばつや降雨量、温度などの要因が胞子飛散の増加をもたらしているか、あるいは建設開発などの人間の活動による土壌の破壊、などが要因となっているのではないかとしています。

またサーベイランスの方法が人為的に報告の増加につながった可能性も指摘しています。カルホルニア州では2011年の増加の原因の可能性として報告方法が2010年に変更されたことも触れています。ただこれだけではこの劇的増加は説明できないとしています。


コクシジオイデス症は、コクシジオイデス属の真菌の胞子を吸入することで発症する感染症。これは、アリゾナ州とカリフォルニア州で発生した例が最も多い、米国南西部の風土病であり、特に高齢者の間で、これらの分野での実質的な公衆衛生上の負担となっている。

コクシジオイデス症は近年劇的に増加している。年齢調整罹患率は、1998年では流行地域で人口10万人あたり5.3例であったが。2011年には10万人あたり42.6まで上昇した。流行地域において60歳から79歳の人の発生率は、2011年では10万人あたり69.1例までに上る。

コクシジオイデス症の報告例が増えており医療従事者は、流行地域に住んでいる、または流行地域に旅行してきた人でインフルエンザ様疾患を有する者に関しては、この感染症を警戒すべきである。コクシジオイデス症の罹患率を減少させるための戦略に関するさらなる研究が必要である。

[感染症が疑われる患者の渡航歴確認は貴重な情報です]

コクシジオイデスは本邦でも全く発生していない感染症ではなく、毎年1例から2例発症が報告されているようです。みえの感染症ガイドブック

本邦でもこの風土病がよく見られる米国西南部へ渡航した患者が帰国後にインフルエンザ様症状を起こしているようならば、コクシジオイデス症を警戒する必要があるかもしれません。潜伏期は2週から4週間といわれていますが、それ以上の場合もあり、帰国後の発症も十分に考えられます。特に感染症が疑われる患者さんの渡航歴の確認というのは重要な情報ですね。

2013年3月18日月曜日

病気の早期介入というものを考える


(注意)以下の内容は個人的な主観も含まれています。認知症における現在の治療に関するガイドラインを否定するものではありませんし、特定の薬剤の効果を否定するものでもありません。

検診などのスクリーニングによる病気の早期発見、その思わぬ落とし穴を以前「病気の早期発見と5年生存率にまとめてみました。疫学的観点からスクリーニングによる病気の早期発見には負の側面もあるかもしれない、そう思うと結論しました。今回は病気の早期介入について、アルツハイマー型認知症を例に、考えてみようかと思います。

厚生労働省のホームページ「認知症対策」(http://www.mhlw.go.jp/topics/kaigo/dementia/)には“認知症はどうせ治らない病気だから医療機関に行っても仕方ないという人がいますが、これは誤った考えです。認知症についても早期受診、早期診断、早期治療は非常に重要です。”と記載があります。

アルツハイマー型認知症の治療薬として、有名なものがドネペジルという薬剤です。この薬剤は認知症のなるべく早い時期に投与を開始して、服薬を継続することでアルツハイマー型認知症患者の認知機能や独立性をより長く持続させることができるとメーカーもその早期介入の重要性を強調しています。(http://www.aricept.jp/about/benefit.html
軽度及び中等度アルツハイマー型認知症患者への早期介入は臨床試験でもその認知機能低下(MMSEスコア)を有意に改善できるとした報告も示されています。

僕はアルツハイマー型認知症患者への早期薬物介入が間違っているとは全く思いませんし、それ自体を否定する気もありません。ただ何でもかんでも早期介入には少し違和感を覚えるのです。早期介入すべきかどうかは多種多様な価値観の中で判断されるべきであって、認知機能スコアが有意に低下しない(ここで強調したいのはスコアが低下しないだけで、決して改善しているわけではない)という情報のみで薬が効くと判断され投与されてしまう一種の思考停止を問題視しています。

アルツハイマー型認知症のもう少し前の段階、すなわち記憶力は低下しているが、他の認知機能障害はあらわれておらず、日常生活にも支障をきたしていないという状態を軽度認知機能障害(mild cognitive impairmentMCIと呼ぶことがあります。この時期にドネペジル等のコリンエステラーゼ阻害薬を投与しても認知症への移行を抑制できるかどうか明確な形で示せてはいません。Russ TC, Morling JR. Cholinesterase inhibitors for mild cognitive impairment. Cochrane Database Syst Rev. 2012 Sep 12;9:CD009132. PubMed PMID: 22972133
早期介入は本当に良いアウトカムをもたらすのか、この結果をみるといろいろ考えさせられます。本邦ではコリンエステラーゼ阻害薬は現在このMCIに適応を持ちません。

もう少し、このテーマを考えていきたと思います。たとえばドネペジル等のコリンエステラーゼ阻害薬が、軽度認知症に効果があるとしましょう。この場合の効果とは「認知機能や身体機能をスコアで評価した点数の下がり具合」と考えていいと思います。事実多くの認知症治療薬の有効性とはこのような指標で評価されています。このスコアの下がり具合が、薬なしと比べて緩やかであれば効果あり、という感じで有効性が決定づけられています。ここで大事なポイントは認知機能や身体機能をスコア化した点数が改善しているわけではないのです。これは何を意味しているのか、個人的に重要なポイントだと思います。

ここでは前提として、薬剤を投与することで認知症の進行がかなり抑制され、最終的に末期症状への到達が先送りされて、寿命が延びたと仮定します。薬剤を軽症アルツハイマー型認知症から投与した場合と、全く投与しなかった場合を以下の表で整理します。時間の経過は便宜的に示したもので実際の臨床経過ではありません。

時間の経過
治療なし
軽度認知症から薬剤投与
1年目
認知症の診断・投薬なし
認知症の診断・投薬開始
2年目
 
 
3年目
認知症末期
 
4年目
死亡
 
5年目
 
認知症末期
6年目
 
 
7年目
 
死亡

これは本当に極端な例だと思います。症状の経過も例として示しているだけです。また、おそらく薬剤を使用してもここまで延命できるか定かではありませんし、それならそれ自体で薬剤の効果はそれほど期待できないことになります。もし延命できるのだとしたら、それは素晴らしい薬剤のような気もしますが、認知機能は改善しないことをもう一度思い出してください。上の例では薬剤を投与しない結果、認知症はある一定のスピードで進行し、やがて死に至ります。一方、薬剤を投与した人は認知症の進行が抑制され、認知症末期状態が先延ばしされ、末期に至っても病状はゆっくり進行し、ゆっくりと死が訪れます。要するにこれは認知症の期間が長引いていることに注目したいところです。もちろん死亡する原因のすべてが認知症によるものとは言えませんし、少し理論の飛躍があるのかもしれませんが、病気の期間が延びているという点は軽視できないものではないかと思います。通常の慢性疾患の治療薬の真のアウトカムである、死亡は減るか、とか、脳卒中が減るか、とか心筋梗塞が減るかのような、あるイベントの先延ばし効果とは全く意味合いが異なるのです。

治療に当たっては多種多様な価値観の中で薬剤が必要かどうかを検討すべきで、早期から薬を飲めば認知症の進行が抑えられる、といういかにも薬を飲んだほうがいいというような面だけを強調すべきではないのかもしれません。もちろん患者本人のみならず、その家族や介護者も含めた検討というのは重要です。

症状スコアという主感的な評価項目というのもまた難しい問題です。血圧や、血糖値等のデータは数字で定量的に把握できて大変わかりやすいのですが、症状スコアは個人の感情や評価が入り混じり、時にプラセボ効果というものが大きく影響してきます。逆に考えれば症状スコアは薬の本当の「実効性」を示している可能性もあり、プラセボ効果を含めた有効性そのものを見ている気もします。認知症に薬剤が必要か、早期から服用する必要があるのか、単一のデータやグラフだけでなく、もっとわかりやすい形で議論されるべきテーマではないでしょうか。

日本の平均寿命は世界的に見ても長寿であり、少子高齢化は進んでいきます。長生きすればするほど、認知症リスクは増加し、高齢者が増えれば認知症有病率は増加します。日本において認知症が増加するというのは何も驚くことではなく、これは日本の人口動態そのものを反映しているに過ぎない可能性が高いのです。

冒頭紹介した厚生労働省の認知症対策のペーhttp://www.mhlw.go.jp/topics/kaigo/dementia/
には「アルツハイマー病では、薬で進行を遅らせることができ、早く使い始めると健康な時間を長くすることができます。”と書かれています。」との記載があります。確かに薬剤の効果があるのなら健康寿命を一定期間延長することは可能かもしれません。物忘れ、これは日常生活の中でだれしもが経験することです。物忘れから軽度認知機能障害、そして軽度認知症から、中等度、重度と進行していくなかで、決定的なクリティカルポイント(※)が存在しません。このような疾患では早期スクリーニングにを行う明確な理論的根拠が失われている可能性もあります。認知症と正常の境目、それを便宜的に決めつけることは、治療を行う上で必要なことなのかもしれませんが、それを早めることにより何がも足られるのか…。“不健康寿命”も延長するかもしれないという側面を僕は考えたいと思います。認知症への医療介入、これは「人の死」というものと向き合う重要なテーマです。

(※)疾患の自然経過の中で治療により治癒が比較的容易な時期と治癒が見込めない時期の境目(参考:「病気の早期発見と5年生存率」)

2013年3月15日金曜日

禁煙すると心臓病は予防できますか?


僕の個人的な論文要約サイト「薬剤師の地域医療日誌」のための原稿でしたが、なかなか興味深い報告なので、こちらに取り急ぎ掲載しておきます。

喫煙インパクトに関してはこちらをご参照ください。
(参考)禁煙すると長生きできますか?
禁煙が心血管イベントに与える影響を検討した貴重な報告です。

【文献タイトル・出典】

Association of Smoking Cessation and Weight Cange With Cardiovascular Disease Among Adults With and Without Diabetes
JAMA. 2013 Mar 13;309(10):1014-21 PMID:23483176

【論文は妥当か?】
 
  ■Patient:フラミンガム研究から心血管疾患を有しない11148例(本文p.1017 Tabl.1から推定した平均BMIは27前後、女性割合54.8%、ベースラインの平均年齢は56歳前後)
  ■Exposure:喫煙者2203
  ■Comparison:最近の禁煙(禁煙してから4年以下)683
  ■Comparison:長期間の禁煙(禁煙してから4年超)4364
  ■Comparison非喫煙3898
  ■交絡因子:アルコール消費量、年齢、性別、自己報告糖尿病既往歴、HDL値、LDL値、トリグリセリド値、血圧、ベースラインBMI、コレステロール低下療法、高血圧治療
  ■Outcome:心血管疾患イベント
  ■研究デザイン:前向きコホート研究
  ■追跡期間:25

【結果は何か?】

追跡期間中心血管疾患イベントは631件(3251/11148人)で発生。糖尿病ありとなしで分けて解析。結果は以下の表の通り。

[糖尿病なし]


アウトカム

喫煙者

1924人)

禁煙4年以下

591人)

禁煙4年超

3761人)

非喫煙者

3392人)

心血管疾患発症

調整ハザード比

[95%信頼区間]

143例(7.4%)

1

(Reference)

29例(4.9%)

0.47

[0.230.94]

218例(5.8%)

0.46

[0.340.63]

116例(3.4%)

0.30

[0.210.44]

[糖尿病あり]


アウトカム

喫煙者

279人)

禁煙4年以下

92人)

禁煙4年超

603人)

非喫煙者

506人)

心血管疾患発症

調整ハザード比

[95%信頼区間]

23例(8.2%)

1

(Reference)

8例(8.7%)

0.49

[0.112.20]

59例(9.8%)

0.56

[0.281.14]

35例(6.9%)

0.49

[0.221.08]

【結果は役に立つか?】

いずれの解析群でも体重は増加傾向ですが、体重変化を加味しても結果は大きく変わりませんでした。糖尿病を有しない参加者では禁煙することで体重増加にかかわらず心血管疾患を予防することができる可能性が示唆されていますが、糖尿病患者ではかなり減少傾向にあるものの、明確な差が出ませんでした。ただ、禁煙年数が長いほど95%信頼区間の上限が低下しており、禁煙によるリスク低下の可能性は十分示唆されていると考えられます。糖尿病が与える心血管インパクトや、症例数が少ないことも関連しているかもしれません。もちろん禁煙による健康影響は循環器疾患以外にも呼吸器等、多岐にわたりますので、禁煙による健康メリット大きいといえ、これは冒頭記載したように喫煙による寿命への影響からも想像できます。

この結果で興味深いのは糖尿病を有する人では喫煙者と非喫煙者で心血管疾患イベントに有意差が出ていない点だと思います。もちろんかなり減少傾向にあり、煙草を吸っていてもいなくても変わりない、なんてことは全く無いのですが、糖尿病が与える健康へのインパクトは、喫煙に次ぐ可能性が示唆されていると思います。


もう少しこの結果を見ていきます。この研究の対象患者における、心血管予後を推定できます。年齢性別で調整した心血管疾患発生頻度は以下の通りです。


糖尿病の有無

喫煙状況

心血管疾患(100人年[95%CI]

×

現在喫煙者

5.89[4.867.11]

×

禁煙4年以下

3.22[2.064.50]

×

禁煙4年超

3.06[2.563.67]

×

非喫煙者

2.43[1.953.03]


現在喫煙者

7.03[4.5410.63]


禁煙4年以下

6.11[2.8912.37]


禁煙4年超

6.53[4.738.96]


非喫煙者

4.70[3.176.89]

 

ここでは発生頻度の95%信頼区間上限に注目したいと思います。喫煙と糖尿病という因子が心血管イベントに与える影響が推測できます。

また別の視点で見てみますと、喫煙をしている糖尿病患者と比べて非喫煙者の糖尿病患者での心血管疾患リスクは調整ハザードで0.49[95%信頼区間0.221.08]で有意な差は出ていませんが、かなり減少傾向です。経口糖尿病薬を服用し、ここまで心血管疾患リスクが減るかといわれれば、明確な回答がないのが現状ではないでしょうか。[(参考)薬の効果を考える。

この研究から僕が思うのは、喫煙をしている糖尿病患者における、薬物治療を否定するわけではないものの、仮に本気で糖尿病による心血管イベント抑制を目指すなら、経口糖尿病薬を服用するかどうかよりも煙草をやめることが最良の選択肢である可能性が示唆されていることだと思います。当たり前のことなのかもしれませんが…。