[お知らせ]


2013年1月23日水曜日

薬剤師の視点で見る風邪の考え方


感冒症状の患者さん、その多くはウイルス性感冒によるものだと思いますが、私個人の経験では外来処方の多くに抗菌薬が処方されています。患者さんもそれに、慣れてしまっているというか、抗菌薬があれば熱が下がると思ってらっしゃるような話も聞いたことがあります。熱がよく出るから、定時薬のついでに予防的に毎回もらっていく…。なんてことを経験したことはないでしょうか?

薬剤師が患者さんの症状をみて抗菌薬が必要かどうか判断するのはその業務範囲を逸脱していると思いますし、そのような判断はするべきではないと思います。ただ外来業務を行っていると、明らかに抗菌薬不要ではないかと疑いたくなるケースに遭遇するのも確かです。たとえば今の時期、インフルエンザシーズンですが、検査で陰性だったから、いちおう抗菌薬とか、ノロウイルス感染症流行期の嘔吐下痢にキノロンとか…。確かに抗菌薬が必要なケースもあると思いますし、薬剤師が介入する部分ではないので、疑義を行うまでもなく、調剤し、服薬指導を行います。

本邦の医療はアクセスがとても良くて、夜間救急ではインフルエンザシーズン期、インフルエンザ症状で罹っても、大抵、検査陰性か、検査自体しないことが多いです。私の勤務経験では30%くらいは陽性出てません。本当に医療アクセスが良くて、みんな初期にかかるから、診断が難しいという側面もあるのだと思います。このような状況で夜間急患では、とりあえず風邪といわれて薬局に来る人は多いです。アセトアミノフェンしか出ていない患者さん、「抗菌薬出してもらえないんですか?」に答える前に、“とりあえずの風邪”に隠れた危険な疾患をほんの少しまとめてみます。

[震えが止まらない…菌血症]
インフルエンザ流行期、検査陰性で熱が上がってきている、悪寒もひどい、なんて症状でアセトアミノフェンのみというケースは本当に多いです。大抵はインフルエンザだと思いますので、むしろその処方で十分なはずです。ただこの時期の高熱・ひどい悪寒は菌血症を見逃す可能性が大きいといえるかもしれません。悪寒戦慄(止めようと思っても止められないほどの寒気と震え)は菌血症の可能性が非常に高いといわれています。

悪寒の程度と菌血症(血液培養陽性)の感度・特異度
The degree of chills for risk of bacteremia in acute febrile illness 
■寒気:一枚羽織りたくなる。
感度87.5% 特異度51.6
■悪寒:毛布を何枚も羽織りたい。止めようとすれば止められ
感度75.0% 特異度72.2
■悪寒戦慄:止めようと思っても止められない
 感度45% 特異度90.3
 
高熱が出ていて、震えがひどくて止めようと思っても止められないぐらいだ、という主訴は軽視すべきではないかもしれません。悪寒の程度は急性熱性疾患において菌血症のリスクを推定するうえで非常に重要だと覚えておいて損はないと思います。

[頭痛がひどい…髄膜炎]
頭痛も主訴としては多いと思います。多くの場合発熱に伴う頭痛ではありますが、警戒すべきは髄膜炎です。Jolt accentuation of headache1)は薬剤師でも外来で簡単に質問できて、とても有用だと思います患者さんに1秒間に2~3回の速さで頭部を左右に振ったときに頭痛が強くなるかどうかを見ますが、いままでに経験したことがないほどの頭痛で「歩く振動で頭痛が強くなりますか」にYESであれば陽性とみて良いそうです。2)ちなみにJolt accentuation of headache陰性であれば感度97%なので多くのケースで髄膜炎を除外できると思いますが、逆に陽性であれば特異度は60%なのでここから先は薬剤師の仕事ではありません。状況に応じて処方医へフィードバックすることも考慮したいです。ただこの質問は認知症や意識レベルに問題のある患者では痛みの状況をうまく伝えられない可能性があり、注意が必要です。重要なのは薬剤師がJolt accentuation of headacheを行うのは髄膜炎を診断することではありません。髄膜炎でない可能性が高いことを伝え、患者さんを安心させてあげることです。

[抗菌薬をやめると熱が出る…感染性心内膜炎]
高熱症状の裏に潜む感染性心内膜炎は薬剤師にはなかなか難しい疾患だと思います。感染性心内膜炎とは心臓の内側に細菌感染が起こり心臓弁の炎症性破壊と菌血症をきたす疾患です。菌血症が先行して心臓内膜に菌が付着し、細菌が感染巣を形成します。黄色ブドウ球菌が原因菌の場合は経過は急激で死亡率も高いとされています。感染性心内膜炎がどのような臨床症状がどれだけの頻度で発生するのか知っておくことは有用かもしれませんが、外来で薬剤師でも拾えそうな症状は、38度以上の発熱(96%)、爪下の線状出血(8%)、血尿(26%)3)くらいしかありません。歯科治療の既往や人工弁置換、などの初来局アンケート情報も参考にするべきでしょう。


[発熱・腹痛・黄疸…急性胆管炎]
急性胆管炎は重症化すると意識障害や血圧低下を来し死に至ることがあるのでツウ位です。臨床所見はCharcot3徴が有名です。すなわち発熱・黄疸・腹痛です。ただ実際には全ての症状が揃わないことも多く4)発熱のみというケースも多いようです。そのため薬剤師が外来でトリアージを行うのは不可能に近いですが、寒気を伴いCharcot3徴の発熱・黄疸・腹痛の訴えがあった場合、ただの風邪ではない可能性があると疑っても良いのではないでしょうか。

[抗生剤出してもらえないですかね…。]
通常の感冒症状で抗菌薬が出ない処方を見ても、薬剤師としては特に違和感を感じることはないですが、患者さんによっては「抗菌薬でないんですか?」「いつもの病院では出してもらっているけど」「抗生剤飲まないと熱が下がらないんですよ」なんて言われたりした経験も多いのではないかと思います。多くの風邪の原因微生物はウイルスなので細菌をやっつける抗菌薬は意味がないんですよ、と説明しても、「いつもの病院はくれるよ」とか「でも無いと心配なのよね~」とか「あの抗生剤飲めば一発で治るのに、何で出してくれないんだ」などなど、実に様々な反応が返ってきます。

細菌による感染症は原則として「単一臓器に1種類の菌」だといいます。要するに鼻水がひどい細菌性肺炎というのは考えにくいのです。また咽頭痛のおいても同じことが言えます。A群溶連菌性咽頭炎の診断基準であるCenterの診断基準5)でも「咳がない」ことが診断確率を上げる項目としてあります。細菌感染は多領域に症状を起こさないと覚えておくと何かと便利そうです。

一方でウイルス性感冒は様々な症状を同時に引き起こします。鼻汁症状、咽頭痛、咳症状が同時に起こっているのであれば、ほぼ間違えなくウイルス性であるといわれています。
しかしながら“ウイルスという細菌“だと認識されている方もいらっしゃり、ウイルスと細菌の違いを病気の人に事細かく説明するのもお互いに大変ではありますが、風邪の多くはウイルスが原因であり、抗菌薬はウイルスに効果がないと説明することがやはり一番なのかもしれません。

急性副鼻腔炎も多くはウイルス性です。細菌性急性副鼻腔炎に抗菌薬が必要かどうかに関しましてはいろいろと議論もあるかと思いますが、まず根本として、そもそも副鼻腔は無菌状態ではないということがポイントではないかと思います。従いまして耐性菌云々やスペクトラム云々の話の前に、抗菌薬で無菌状態にする必要はないということを覚えておくと抗菌薬、抗菌薬と・・騒ぐ必要が少なくなるかもしれません。

[ポイントを整理すると…]
■風邪に隠れた危険な疾患を軽視すべきではない。
  ・悪寒の程度は急性熱性疾患において菌血症リスク推定に重要
  ・ひどい頭痛は歩く振動(本来は首を振って)で頭痛が強くなるかどうかを確認
  ・高熱患者では歯科治療歴、人工弁置換などの病歴もしっかり確認すべき
  ・発熱・黄疸・腹痛はただの風邪ではないかもしれない。
■細菌感染は多領域に症状を起こさない。
■鼻汁症状、咽頭痛、咳症状が同時に起こっている=ウイルス性の可能性が高い
■体の外側に近い部位は無菌状態ではないので、抗菌薬で無菌にする必要はない。
■風邪の多くはウイルスが原因であり、抗菌薬はウイルスに効果がないと説明することが大切
■当然ウイルスに抗菌薬は効果がないため不要

抗菌薬が必要なケースと不要なケース。これを判断するのは本当に難しいと思いますし、薬剤師の仕事ではないかもしれません。ただ、「抗生剤出してもらえないんですか?」という質問に対して、自信をもって患者さんに安心してもらえるような説明ができればと思います。

[参考文献]
1)   headache 199131(3):167-171
2)   誰も教えてくれなかった風邪の診かた;医学書院;84-85
3)   Arch Intern Med. 2009 Mar 9;169(5):463-73
4)   Theor sug8:15-20 1993
5)   JAMA 2000284(22):2912-2918

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