[お知らせ]


2013年1月28日月曜日

花粉症とドーピングについて。


注意:以下の記事はドーピングに関する情報の正確性・信頼性を保証するものではありません。情報の利用は利用者個人の責任においてご利用下さい。また知識不足の観点から誤った記載がある可能性があります。間違えがございましたら、ご指摘いただければ幸いです。

個人的に僕がスポーツファーマシストの認定資格を取ろうとしたきっかけが、花粉症の治療薬である鼻噴霧ステロイドの使用はドーピング検査で問題ないかという質問でした。当時は調剤薬局薬剤師として耳鼻咽喉科の門前で勤務しておりました。そのため、耳鼻科関連の講演会に行く機会が多く、地域の耳鼻科セミナーの質疑応答の中でこのような質問があったと記憶しています。この質問に対して明確な答えが出なかったのが印象的でした。

花粉症の薬物療法に関して外来で多く処方されるのは基本的に以下の薬剤だと思います。
■抗アレルギー薬内服
■鼻噴霧ステロイド剤
■小青竜湯等の漢方薬
■抗アレルギー剤点眼
これに症状がひどい場合にステロイド内服や血管収縮薬である、塩酸テトラヒドロゾリンの局所使用がされる場合があると思います。

アスリートが薬剤を服用せざるを得ない場合、禁止薬物であるなしにかかわらず、競技パフォーマンスや副作用リスクの観点から、できる限り最小限の薬物で治療を行うのが僕の基本的な考えです。花粉症そのものが競技パフォーマンスを低下させることがあると思いますので、治療は継続したほうがメリットもあるかと思います。

では実際にどのような薬物療法が効果的でかつ安全なのでしょうか。これは僕の個人的な考えで、他にも異論があると思いますし、この方法なら絶対にドーピング検査に引っ掛からないというものではありませんが、可能性としてかなり低く、かつ効果を最大限に引き出す方法を考えてみたいと思います。

各薬剤がWADA2013年禁止表に該当するか確認してみます。

まずは、市販薬でも最近はスイッチが多い抗アレルギー剤です。実臨床でごく一般的に使用される薬剤で使用可能な薬剤の例は以下の通りです。目のかゆみや鼻症状に効果が期待できます。1)
■アレジオン ■アレグラ ■ジルテック ■ザイザル ■アレロック
■クラリチン ■タリオン ■エバステル ■オノン
これが全てではありませんが、これら薬剤は禁止表に記載がなく使用が可能です。ただし、抗アレルギー剤の中には中枢抑制作用が強く出るものがあり、眠気等で競技パフォーマンスが低下し、競技種目によっては影響がかなり出るものもあるかもしれません。花粉症のひどい方は個人的にはこれら抗アレルギー剤はあまりお勧めしません。前述のとおり、競技パフォーマンスへの影響もありますが、これら薬剤単独で中等度から重度の花粉症コントロールは、不可能に近いです。もちろん、これで症状が抑えられる方は、眠気の出にくい抗アレルギー剤を単独で使用する分には禁止表にも該当せず、ドーピングに関しては不安なく使用可能です。

問題なのは抗アレルギー剤単独ではまったく症状をコントロールできない方のケースです。通常の治療では鼻噴霧ステロイドによる治療が中心です。ドーピングを意識した場合、このステロイドというのはなんだか危なそうな感じです。
WADA2013年禁止表によればステロイド=糖質コルチコイドは競技会時禁止薬物に該当しており、以下の記載があります。
「糖質コルチコイドの経口使用、静脈内使用、筋肉内使用または経直腸使用はすべて禁止される」
したがって花粉症で内服使用されるセレスタミンは競技会時禁止薬物(ただし、競技会外の糖質コルチコイドの使用は監視プログラムに掲載されるためにモニターされるとなっています。)となりますが、鼻噴霧によるステロイドは該当していません。

競技会外においてステロイド鼻噴霧剤を使用することはまず問題ないと考えられます。具体的には有効成分がステロイド単独の薬剤である、ナゾネックス点鼻液やアラミスト点鼻液、フルナーゼ点鼻液などです。

問題なのは競技会時ですが、投与経路としては禁止に該当していませんので、使用は可能だと思われます。ただし用法用量を逸脱すればドーピングを疑われる可能性もありますので、定められた用法で使用することが前提となります。効果はやや劣りますが、抗アレルギー剤の点鼻剤(ザジテン点鼻薬、インタール点鼻薬)であれば、禁止薬物に該当していないため安全に使用可能です。

症状がさらにひどい場合は薬もたくさん服用したくなりますが、ステロイド鼻噴霧と抗アレルギー剤の併用はそのメリットが期待できないためまったくお勧めしません。2)3)

症状がひどい場合の頓用として使用される薬剤に関しては、その服用は個人的にはお勧めしません。ステロイド内服は競技会時禁止薬物となります。競技会外は使用可能となりますが、ステロイドは抗炎症効果があり、怪我をしてもその炎症をおさえ競技を継続できてしまうリスクや、免疫抑制作用により感染症に罹患しやすくなるリスクなど、副作用も多い薬剤です。花粉症は早期から治療することで症状軽減につながるといわれておりますので、なるべく早く医療機関受診をお勧めします。またプリビナ液などナファゾリンの局所使用は禁止されていませんが、多量に使用するとドーピングが疑われる可能性が否定できないためにこれら薬剤の使用もお勧めしません。

花粉症治療において良く使用される漢方薬の小青竜湯は構成生薬に麻黄を含んでおり、これがエフェドリンを含有しています。エフェドリンは競技会時禁止薬物にしてされており、こらの服用もお勧めできません。小青竜湯の服用で尿中にエフェドリンが検出されたという報告があります。4)

花粉症に対する薬物治療とドーピングに関してまとめてみますと、

■抗アレルギー剤は軽度の花粉症であれば効果が期待でき、禁止薬物にも該当せず、使用可能。ただし、眠気の強く出る薬剤は競技パフォーマンスに影響が出る場合がある。
■中等度~重度の花粉症の場合は抗アレルギー剤単独でのコントロールが難しく、ステロイド鼻噴霧剤を用いることで効果が期待できる。ステロイドは競技会時禁止薬物に指定されており、経口使用、静脈内使用、筋肉内使用または経直腸使用はすべて禁止されている。そのため競技会外であればまず問題なく使用可能。競技会時は局所使用で禁止されていないため点鼻の使用は可能と考えられるが、過量使用すればドーピングを疑われる可能性も否定できないため用法用量を厳守する。
■抗アレルギー剤とステロイド鼻噴霧剤の併用はあまりメリットがなく勧められない。
■局所血管収縮薬は大量使用でドーピングが疑われる可能性があるため勧められない。
■小青竜湯はエフェドリンが含有されているうえ、明確な成分特定ができないため、お勧めできない。
■市販薬には複数の薬剤が配合されており、禁止薬物に該当するリスクも増加しますので、花粉症により競技パフォーマンスが著しく低下する方は市販薬ではなく耳鼻咽喉科の受診を推奨。シーズン早期の受診が症状をひどくしないポイント。

2013年1月27日日曜日

風邪薬とドーピングについて。


※注意:この記事はWADA2013年禁止表に基づき記載しています。禁止表は毎年改定されますので、最新の情報をもとに薬剤の使用判断をお願いいたします。

[ドーピングについて]
ドーピングとは競技能力を増幅させる可能性がある手段、たとえば薬物あるいは薬物に限らず、方法を不正に使用することであり、スポーツの基本的理念であるフェアプレーに反する行為です。どういう行為が該当するかは 世界ドーピング防止規程(WADA規程)に定められており、わざとであっても、不注意であっても制裁の対象になります。日本アンチドーピング機構(JADAではドーピングがいけない理由として以下の4点が挙げられています。
 1.スポーツの価値を損なう
 2.フェアプレイの精神に反する
 3.競技者の健康を害する
 4.反社会的行為


[禁止表について]
ドーピングとして使用してはいけない薬剤または方法は世界ドーピング防止規定に定められており、その基盤となるのが禁止表です。禁止表は、世界ドーピング防止機構(WADA) によって実施される諮問過程を経て毎年更新されます。2013年禁止表は201311日から20131231日まで有効です。この禁止表は大きく以下の3つに区分されています。
  1.常に禁止される物質と方法
  2.
競技会において禁止される物質と方法
  3.
特定の競技において禁止される物質

2013年の禁止表は全文こちらで見れます。→WADA2013年禁止表


[うっかりドーピング]
たとえば、アスリートが喘息治療などで継続的に薬剤を使用する場合、常に禁止薬物を意識せねばなりません。ただ治療薬の全てが禁止薬に該当しているわけではありませんので、治療の継続は当然可能です。その詳細については別の機会にまとめてみたいと思います。ぜんそくアスリート診療協力施設というのもあります。このようなケースでは禁止薬物をかなり意識することが多いと思いますが、ドーピングとして禁止されているのは意図的でもなく、アスリートが禁止薬物を禁止薬物と知らずに使用してしまうことが大きなピットフォールとなります。これをうっかりドーピングといいますが、故意に薬物を使用している者だけがドーピングになるわけではありません。

[風邪薬によるとおもわれるドーピング事例]
風邪薬にはエフェドリンを含有する薬剤が大変多く、エフェドリンは競技会時禁止薬物に該当します。具体的には「エフェドリンとメチルエフェドリンは尿中濃度10μg /mLを超える場合は禁止され、  プソイドエフェドリンは尿中濃度150μg /mLを超える場合は禁止される。」と禁止表に記載があります。常に禁止されている薬物ではありませんが、多くの市販の風邪薬に含有されており注意が必要です。本邦におけるドーピング事例は日本アンチドーピング機構JADAで公開されており(年間検査統計・ドーピング防止規律パネル決定報告これによれば、エフェドリン含有風邪薬の服用によるうっかりドーピングと思われるものには以下の事例があります。
■新コフチン液
■カフコデ錠、ニチコデ散
■フスコデ錠
■オキソ鼻炎カプセル
■コルゲンコーワW
いずれも3カ月の資格停止処分が下されており、その制裁は意図的でないにしても厳しいものとなります。医療用の医薬品もありますが、市販の風邪薬では、特に咳止め服用事例が多い印象です。市販の咳止めはその効果に関する明確なエビデンスがありません。Cochrane Database Syst Rev. 2012 Aug 15;8:CD001831によれば鎮咳薬(2研究)、抗ヒスタミン薬(2試験)、抗ヒスタミン薬+充血除去(2試験)及び鎮咳薬/気管支拡張剤の組み合わせ(1試験)は、いずれもプラセボに比べて明確な差が出なかったとしています。
多くの咳症状はウイルス性のものでself-limited(=自然に軽快する)な感染症ですのです。したがって咳止めを使用して様子を見ようという安易な考えは捨てたほうがよさそうです。アスリートが、市販の薬剤で咳止めを購入して、症状緩和を期待できる可能性はとても低いうえに、ドーピングに該当してしまうリスクが高く、競技会時はもちろん、競技会外であっても全くお勧めできません。
基礎疾患の無いケースで咳の症状で重篤な疾患を考える場合の一つが肺炎ですが、これは市販の咳止めで何とかなるレベルではありません。咳の症状が出ている場合、筋肉痛、寝汗、1日中みられる痰、呼吸数が1分回に25回以上、体温が37.8度以上の場合は肺炎の可能性が高いとしています。1)咳がひどい場合で支障をきたすケースでは市販の薬で何とかしようとも思わず、医療機関受診を勧めます。

[漢方薬なら安全か?]
 漢方薬なら安全でドーピングにはならないと勘違いされている方もいるかもしれません。漢方薬は様々な生薬が組み合わさり、その成分を明確に特定することが困難です。したがって、確実に安全とは言えず、さらに麻黄含有の漢方にはエフェドリンが含有されており、危険です。風邪に使用する葛根湯や花粉症に使用する小青竜湯3)でもエフェドリンが尿中に検出されたとする報告があります。いずれも単回の服用でドーピング違反となる可能性は低いとしていますが、小青竜湯や葛根湯を反復服用する場合は注意が必要です。薬効に個人差があるうえに、薬物動態にも個人差があるため、アスリートが漢方薬を服用することは競技会時はもちろん、競技会外においても全くお勧めしません。

[アスリートが風邪をひいたら市販薬を使用すべきか]
風邪をひいたとき、基礎疾患など無く、通常の風邪であれば、基本的には市販薬は以下の理由で不要と考えます。

■咳止めには明確な効果を裏付けるエビデンスが不足しているうえに禁止薬物を含んでいる場合が多いこと
■葛根湯など漢方薬はエフェドリンを含有しており、ドーピング違反となる可能性があること
■風邪の多くはself-limitedな感染症であり薬剤は不要であること
抗ヒスタミン薬を配合している薬剤は眠気等の中枢抑制作用が強く、たとえ禁止薬物で無いにしても、パフォーマンスが低下してしまう可能性があること
 
もちろん重大な基礎疾患があったり、いつもの風邪とは違うと感じた場合は、市販薬で何とかしようと思うのではなく、医療機関受診をお勧めします。

[引用文献]
1)J Chronic Dis 37(3):215-225 1984
2)J Anal Toxicol. 2008 Nov-Dec;32(9):763-7.
3)J Anal Toxicol. 2009 Apr;33(3):162-6.

2013年1月23日水曜日

薬剤師の視点で見る風邪の考え方


感冒症状の患者さん、その多くはウイルス性感冒によるものだと思いますが、私個人の経験では外来処方の多くに抗菌薬が処方されています。患者さんもそれに、慣れてしまっているというか、抗菌薬があれば熱が下がると思ってらっしゃるような話も聞いたことがあります。熱がよく出るから、定時薬のついでに予防的に毎回もらっていく…。なんてことを経験したことはないでしょうか?

薬剤師が患者さんの症状をみて抗菌薬が必要かどうか判断するのはその業務範囲を逸脱していると思いますし、そのような判断はするべきではないと思います。ただ外来業務を行っていると、明らかに抗菌薬不要ではないかと疑いたくなるケースに遭遇するのも確かです。たとえば今の時期、インフルエンザシーズンですが、検査で陰性だったから、いちおう抗菌薬とか、ノロウイルス感染症流行期の嘔吐下痢にキノロンとか…。確かに抗菌薬が必要なケースもあると思いますし、薬剤師が介入する部分ではないので、疑義を行うまでもなく、調剤し、服薬指導を行います。

本邦の医療はアクセスがとても良くて、夜間救急ではインフルエンザシーズン期、インフルエンザ症状で罹っても、大抵、検査陰性か、検査自体しないことが多いです。私の勤務経験では30%くらいは陽性出てません。本当に医療アクセスが良くて、みんな初期にかかるから、診断が難しいという側面もあるのだと思います。このような状況で夜間急患では、とりあえず風邪といわれて薬局に来る人は多いです。アセトアミノフェンしか出ていない患者さん、「抗菌薬出してもらえないんですか?」に答える前に、“とりあえずの風邪”に隠れた危険な疾患をほんの少しまとめてみます。

[震えが止まらない…菌血症]
インフルエンザ流行期、検査陰性で熱が上がってきている、悪寒もひどい、なんて症状でアセトアミノフェンのみというケースは本当に多いです。大抵はインフルエンザだと思いますので、むしろその処方で十分なはずです。ただこの時期の高熱・ひどい悪寒は菌血症を見逃す可能性が大きいといえるかもしれません。悪寒戦慄(止めようと思っても止められないほどの寒気と震え)は菌血症の可能性が非常に高いといわれています。

悪寒の程度と菌血症(血液培養陽性)の感度・特異度
The degree of chills for risk of bacteremia in acute febrile illness 
■寒気:一枚羽織りたくなる。
感度87.5% 特異度51.6
■悪寒:毛布を何枚も羽織りたい。止めようとすれば止められ
感度75.0% 特異度72.2
■悪寒戦慄:止めようと思っても止められない
 感度45% 特異度90.3
 
高熱が出ていて、震えがひどくて止めようと思っても止められないぐらいだ、という主訴は軽視すべきではないかもしれません。悪寒の程度は急性熱性疾患において菌血症のリスクを推定するうえで非常に重要だと覚えておいて損はないと思います。

[頭痛がひどい…髄膜炎]
頭痛も主訴としては多いと思います。多くの場合発熱に伴う頭痛ではありますが、警戒すべきは髄膜炎です。Jolt accentuation of headache1)は薬剤師でも外来で簡単に質問できて、とても有用だと思います患者さんに1秒間に2~3回の速さで頭部を左右に振ったときに頭痛が強くなるかどうかを見ますが、いままでに経験したことがないほどの頭痛で「歩く振動で頭痛が強くなりますか」にYESであれば陽性とみて良いそうです。2)ちなみにJolt accentuation of headache陰性であれば感度97%なので多くのケースで髄膜炎を除外できると思いますが、逆に陽性であれば特異度は60%なのでここから先は薬剤師の仕事ではありません。状況に応じて処方医へフィードバックすることも考慮したいです。ただこの質問は認知症や意識レベルに問題のある患者では痛みの状況をうまく伝えられない可能性があり、注意が必要です。重要なのは薬剤師がJolt accentuation of headacheを行うのは髄膜炎を診断することではありません。髄膜炎でない可能性が高いことを伝え、患者さんを安心させてあげることです。

[抗菌薬をやめると熱が出る…感染性心内膜炎]
高熱症状の裏に潜む感染性心内膜炎は薬剤師にはなかなか難しい疾患だと思います。感染性心内膜炎とは心臓の内側に細菌感染が起こり心臓弁の炎症性破壊と菌血症をきたす疾患です。菌血症が先行して心臓内膜に菌が付着し、細菌が感染巣を形成します。黄色ブドウ球菌が原因菌の場合は経過は急激で死亡率も高いとされています。感染性心内膜炎がどのような臨床症状がどれだけの頻度で発生するのか知っておくことは有用かもしれませんが、外来で薬剤師でも拾えそうな症状は、38度以上の発熱(96%)、爪下の線状出血(8%)、血尿(26%)3)くらいしかありません。歯科治療の既往や人工弁置換、などの初来局アンケート情報も参考にするべきでしょう。


[発熱・腹痛・黄疸…急性胆管炎]
急性胆管炎は重症化すると意識障害や血圧低下を来し死に至ることがあるのでツウ位です。臨床所見はCharcot3徴が有名です。すなわち発熱・黄疸・腹痛です。ただ実際には全ての症状が揃わないことも多く4)発熱のみというケースも多いようです。そのため薬剤師が外来でトリアージを行うのは不可能に近いですが、寒気を伴いCharcot3徴の発熱・黄疸・腹痛の訴えがあった場合、ただの風邪ではない可能性があると疑っても良いのではないでしょうか。

[抗生剤出してもらえないですかね…。]
通常の感冒症状で抗菌薬が出ない処方を見ても、薬剤師としては特に違和感を感じることはないですが、患者さんによっては「抗菌薬でないんですか?」「いつもの病院では出してもらっているけど」「抗生剤飲まないと熱が下がらないんですよ」なんて言われたりした経験も多いのではないかと思います。多くの風邪の原因微生物はウイルスなので細菌をやっつける抗菌薬は意味がないんですよ、と説明しても、「いつもの病院はくれるよ」とか「でも無いと心配なのよね~」とか「あの抗生剤飲めば一発で治るのに、何で出してくれないんだ」などなど、実に様々な反応が返ってきます。

細菌による感染症は原則として「単一臓器に1種類の菌」だといいます。要するに鼻水がひどい細菌性肺炎というのは考えにくいのです。また咽頭痛のおいても同じことが言えます。A群溶連菌性咽頭炎の診断基準であるCenterの診断基準5)でも「咳がない」ことが診断確率を上げる項目としてあります。細菌感染は多領域に症状を起こさないと覚えておくと何かと便利そうです。

一方でウイルス性感冒は様々な症状を同時に引き起こします。鼻汁症状、咽頭痛、咳症状が同時に起こっているのであれば、ほぼ間違えなくウイルス性であるといわれています。
しかしながら“ウイルスという細菌“だと認識されている方もいらっしゃり、ウイルスと細菌の違いを病気の人に事細かく説明するのもお互いに大変ではありますが、風邪の多くはウイルスが原因であり、抗菌薬はウイルスに効果がないと説明することがやはり一番なのかもしれません。

急性副鼻腔炎も多くはウイルス性です。細菌性急性副鼻腔炎に抗菌薬が必要かどうかに関しましてはいろいろと議論もあるかと思いますが、まず根本として、そもそも副鼻腔は無菌状態ではないということがポイントではないかと思います。従いまして耐性菌云々やスペクトラム云々の話の前に、抗菌薬で無菌状態にする必要はないということを覚えておくと抗菌薬、抗菌薬と・・騒ぐ必要が少なくなるかもしれません。

[ポイントを整理すると…]
■風邪に隠れた危険な疾患を軽視すべきではない。
  ・悪寒の程度は急性熱性疾患において菌血症リスク推定に重要
  ・ひどい頭痛は歩く振動(本来は首を振って)で頭痛が強くなるかどうかを確認
  ・高熱患者では歯科治療歴、人工弁置換などの病歴もしっかり確認すべき
  ・発熱・黄疸・腹痛はただの風邪ではないかもしれない。
■細菌感染は多領域に症状を起こさない。
■鼻汁症状、咽頭痛、咳症状が同時に起こっている=ウイルス性の可能性が高い
■体の外側に近い部位は無菌状態ではないので、抗菌薬で無菌にする必要はない。
■風邪の多くはウイルスが原因であり、抗菌薬はウイルスに効果がないと説明することが大切
■当然ウイルスに抗菌薬は効果がないため不要

抗菌薬が必要なケースと不要なケース。これを判断するのは本当に難しいと思いますし、薬剤師の仕事ではないかもしれません。ただ、「抗生剤出してもらえないんですか?」という質問に対して、自信をもって患者さんに安心してもらえるような説明ができればと思います。

[参考文献]
1)   headache 199131(3):167-171
2)   誰も教えてくれなかった風邪の診かた;医学書院;84-85
3)   Arch Intern Med. 2009 Mar 9;169(5):463-73
4)   Theor sug8:15-20 1993
5)   JAMA 2000284(22):2912-2918

2013年1月18日金曜日

お知らせ:薬剤師の地域医療日誌が変わります。


薬剤師の地域医療日誌は私が個人的に作成し活用している医学文献検索サイトです。ブログ機能を活用して一つの記事に医学文献抄録を要約し更新を重ねてきました。このブログは個人的な勉強記録ではありますが、公開している以上は、実用に耐えうるものを目指していきたいと考えております。そこで開設から約1年という区切りを機会に、記事の内容をより見やすくするために、その記載方法に統一フォーマットを採用しようと思います。これまで毎日更新を目標としてきましたが、今後は実臨床で使用しやすいデータベースの構築を目指してまいります。そのために「見やすく、理解しやすく、実用的」をコンセプトに記事の作成に取り組んでまいります。当面、毎週水曜・月曜日を更新日として週2回の更新を予定しております。今後作成になれましたら更新スピードを上げていくことも検討したいと思います。また薬剤師の地域医療日誌でも案内を載せたいと思いますが、取り急ぎ記事の内容は以下の手順で記載していきたいと思います。

【論文採用基準を設定します】

薬剤師の地域医療日誌で取り上げる論文は以下の条件を満たすものです。
人を対象に真のアウトカウムを評価した以下の試験デザインの論文
■ランダム化比較試験
■ランダム化比較試験のメタ分析
■有害事象、予後に関する前向きコホート研究
■有害事象、予後に関する後向きコホート研究
■有害事象、予後に関する症例対象研究
■有害事象に関する症例集積研究
■有害事象、予後に関する観察研究のメタ分析
これ以外のものを取り上げる場合「論文採用基準外」のコメントを記事冒頭につけます。

 

【ブログ記事の書き方を統一します】
(1)記事のタイトル:クリニカルクエスチョンを簡潔にまとめます
   →例:禁煙で長生きできますか?
(2)導入として簡単なイントロダクションをつけることがあります(必須項目ではありません)
(3)論文タイトル・出典・PMID・リンクURL、試験デザイン
(4)論文は妥当か?
 論文の吟味パートです。試験デザインにより記載項目が異なります。
■ランダム化比較試験
PECO
*ランダム化されているか?
*盲検化されているか?(またはPROBE法か)
ITT解析か?(※)
*追跡期間、追跡率(※)
■メタ分析
PECO
*元論文の試験デザイン
*評価者バイアス(※)
*異質性バイアス(※)
*出版バイアス(※)
*統合した研究数
■観察研究
PECO
*調整した交絡因子(※)
PEC、交絡因子、Oの順で記載します。
*追跡期間

アウトカムはプライマリアウトカムのみ記載することとします。ただし、重大なアウトカムは、プライマリアウトカムでないことを明記したうえで記載することがあります。
 
(※)・・・論文は可能な限りフルテキストを参照しますが、多くの記事が抄録のみをもとにした要約となりますので、抄録しか読めないものについては確認できた項目のみの記載となります。

(5)結果は何か?
具体的なプライマリアウトカムの結果をハザードリスクやオッズ比等の数値と95%信頼区間を記載します。ただし、重大なアウトカムは、プライマリアウトカムでないことを明記したうえで記載することがあります。

(6)それは役に立つか?
 結果へのコメントと臨床応用の提案をできる限り簡潔に記載していきたいと思います。あくまで個人的見解であることをご了承ください。また関連する過去の記事へのリンクもここに記載します。

【タグのつけ方を統一します】
ブログ記事下のタグは以下の方法でつけいていきます。
介入のキーワードアウトカムのキーワード掲載雑誌名

以上のような内容で更新してまいります都合上、作成時間の確保のために、当面の間は毎週水曜、月曜日の週2回更新を予定しております。重要と思われる文献発表時には臨時更新を行うことも視野に入れ、また今後、更新ペースの向上を図っていきたいと思います。エビデンスと実臨床をつなぐ架け橋を目指して、よりよいデータベース構築を目指してまいりますので、今後ともよろしくお願いいたします。なお論文情報自体はツイッターでも発信しておりますので@syuichiaoをフォローいただければと思います。当ブログとともに今後とも薬剤師の地域医療日誌をよろしくお願いいたします。 
 「地域医療の見え方」「薬剤師の地域医療日誌」管理人 syuichiao

ジゴキシンとマクロライド系抗菌薬の「併用注意」を考える。


薬剤の“「併用注意」を考える“はシリーズ化していきたいなあと考えています。
ワーファリンと抗菌薬の「併用注意」を考える。

ジゴキシンはジギタリスに含まれる強心配糖体の一種です。心筋収縮力増強作用、除脈作用、抗不整脈作用を有しており、うっ血性心不全や心房細動・粗動による頻脈等に適応を持ちます。古くからある薬剤で、本邦では処方頻度もやや多く、薬剤師の多くが目にする機会の多い薬剤だと思います。

ジゴキシンは多くの薬剤との相互作用が報告されています。相互作用によりジゴキシンの作用が増強した場合、ジギタリス中毒として高度の除脈、発作性辛抱性頻拍等の不整脈症状、さらに重篤な場合は房室ブロック、心室性頻拍症、心室細動に移行することがあるため、その初期症状である嘔気・嘔吐・不整脈等のアセスメントは重要です。

ジゴキシン特有の、このジギタリス中毒は添付文書によれば重大な副作用として記載があるものの、頻度不明となっており、どの程度警戒すべきかが明確ではありません。薬物動態の個人差、基礎疾患、併用薬によってもそのリスクが大きく変わりますので毎回TDMを行えばより安全だとは思いますが、ある程度、そのリスクを定量的に把握しておきたいものです。

  最近、ジゴキシン自体の有害性に関する報告もありました。
Increased mortality among patients taking digoxin-analysis from the AFFIRM study

この薬剤は冒頭述べましたように心房細動に適応を持つ薬剤でありますが、心房細動のレートコントロールにジゴキシンを使用すると全原因死亡リスクが増加するという衝撃的な報告でした。
推定ハザードリスクHER1.4195CI1.19-1.67
この結果は対象患者の心不全の有無にも関係せずリスクが増加しました。また不整脈死亡、心血管死亡だけを検討しても有意にリスクが上昇しました。このように単剤だけでもリスクが存在する薬剤ですが、本邦ではよく使用される薬剤であることに変わりはありません。

さて前置きが長くなりましたが、201212月ジゴキシンの添付文書が改定され、相互作用・併用注意にアジスロマイシン等が追加されました。今回はジゴキシンとマクロライド系抗菌薬の併用に関して、そのリスクについて簡単にまとめたいと思います。

 今回の改訂で併用注意に追加されたのはアジスロマイシンですが、以前より添付文書にはマクロライド系抗菌薬ではエリスロマイシン、クラリスロマイシンがP糖タンパクを介したジゴキシンの排泄抑制によりジゴキシンの血中濃度が上昇する上昇すると記載がありました。今回のアジスロマイシンもほぼ同様の機序だと思われます。引用文献は2009年のもので、なんで今更という感じがします。

Macrolide-induced digoxin toxity :a population-based study

この論文のpubmed抄録はあまりに簡潔すぎて詳細はよくわからないのですが、15年にわたる人口ベースの症例対照研究で、マクロライド系抗菌薬の暴露とジゴキシン中毒による入院リスクを検討した報告です。これによれば各マクロライド系薬剤と中毒による入院リスクは以下の通りです。

■クラリスロマイシン:調整OR 14.8(95%CI 7.9-27.9)
■エリスロマイシン :調整OR 3.7(95%CI 1.7-7.9)
■アジスロマイシン :調整OR 3.7(95%CI1.1-12.5)
ちなみにセフロキシムではリスクに関連しなかったという結果でした。
■セフロキシム   :調整OR 0.8(95%CI 0.2-3.4)

この結果を見ますとクラリスロマイシンのリスクがずば抜けて高いことがわかります。大目に見積もれば約28倍ですから、状況次第では併用は避けたい薬剤です。対象患者の背景や人数、調整された交絡因子が全く分からないので、難しいところですが、アジスロマイシンでも最大で12.5倍ですし、エリスロマイシンでも約8倍という数値は、とんでもないことになっていそうです。

さらにクラリスロマイシンとジゴキシンの相互作用についてpoubmedで検索してみますと以下の論文が見つかりました。

Risk of intoxication caused by clarithromycin-digoxin interactions in heart failiure patients:a population-based study

台湾における心不全患者を対象としたコホート内症例対照研究で、595例が症例に27020例が対象に割り付けられています。クラリスロマイシンの処方とジゴキシン中毒による入院リスクは暴露期間ごとに以下の通りです。

■クラリスロマイシン7日間処方:4.36倍(95CI 1,28-14.79
■クラリスロマイシン14日間処方:5.07倍(95CI 2.3610.89
■クラリスロマイシン30日間処方:2.98倍(95CI 1.595.36

この結果には用量反応相関がみられています。規定量(DDD)に対する処方量(PDD)の比(PDD/DDD)とジゴキシン中毒による入院リスクの関係は以下の通りです。

PDD/DDD2  :55.41倍(95CI 9.31-329.9
PDD/DDD124.81倍(95CI 1.88-12.30
PDD/DDD1   0.78倍(95%CI 0.19-3.20

ジゴキシン服用中の心不全患者にクラリスロマイシンを通常量の倍投与すると、ジゴキシン中毒による入院リスクは最大で300倍以上というすさまじい数字です。当然ながら代替え薬剤がある限りは併用を避けるべきだと思いますし、たとえ、規定量処方されたとしても、患者さんが誤って2回分服用してしまった場合などは、中毒リスクに十分警戒する必要があるでしょう。

 クラリスロマイシンやアジスロマイシンでは抗菌薬そのものに心血管死亡リスクが報告されています。
■クラリスロマイシンBMJ 2006 jan 7:332(7532):22 HR 1.45(95%CI 1.09-1.92)
■アジスロマイシンN Engl J Med 2012;366:1881   HR 2.88(95%CI 1.79-4.63)

 ジゴキシンを服用しているような心血管リスクの高い患者さんでは抗菌薬単独でも、心血管リスクに関して軽視すべきではないと思いますし、ジゴキシンとの相互作用による中毒リスクも警戒が必要です。

ジゴキシンとマクロライドの併用に関するリスクの定量的把握は、処方時のアセスメントにも有用だと思いますが、外来で使用する頻度の多い薬剤であるがゆえに、その後患者さんの、飲み間違えで発生した、過量服用に対する警戒レベルの設定・対処に有用だと思います。

2013年1月13日日曜日

抗インフルエンザ薬を服用するということ


本邦におけるインフルエンザウイルス感染症の薬物治療ではオセルタミビルをはじめとするノイラミニダーゼ阻害薬と呼ばれる抗インフルエンザ薬が高頻度で処方されます。近年ではラニナビルという吸入剤の使用も認可され、従来からあるザナミビルと通常、外来で使用可能なノイラミニダーゼ阻害薬は3種類となっています。

ノイラミニダーゼとはインフルエンザウイルスの表面に存在し、宿主細胞内で産生された複製ウイルスの、細胞からの遊離を可能にするといわれています。ノイラミニダーゼを阻害する抗ウイルス薬は新しく形成されたウイルスの感染細胞からの遊離を阻害することにより、ウイルスの増殖を抑制作用を示すとされています。C型インフルエンザにはノイラミニダーゼが存在しないため、ノイラミニダーゼ阻害薬はA型とB型インフルエンザウイルス感染症にしか適応を持ちません。またウイルスが細胞の外に出てくるのを阻害しているだけで、ウイルスそのものを不活化する作用はないので、インフルエンザの臨床症状が改善した後も、インフルエンザウイルスは、しばらく、排泄が続き、感染源となりえます。

さてそのノイラミニダーゼの効果について昨年のコクランシステマテックレビューを読み返してみました。

Neuraminidase inhibitors for preventing and treating influenza in healthy adults and children.Cochrane Database Syst Rev. 2012 Jan 18;1:CD008965.

全ての年齢層におけるインフルエンザ患者に対するノイラミニダーゼ阻害薬(オセルタミビル、ザナミビル)の効果をランダム化比較試験のメタ分析で検証しています。対象となった研究は25研究です。そのうちオセルタミビルが15研究、ザナミビルは10研究でした。

インフルエンザ様症状緩和までの時間はプラセボ群で160 時間(125 192 時間)でオセルタミビルの投与で21時間 (95%CI-29.5 to -12.9 hours, P < 0.001;n=5)短縮するという結果でした。しかしながら入院リスクを検討した7研究の解析ではオセルタミビルで入院リスクは減らせませんでした。OR0.95; 95% CI 0.57 to 1.61, P = 0.86
ザナミビルの関しては十分なデータがそろわず解析できなかったとしています。

統合した研究は25研究ですがデータ不足で除外された研究が42研究もあり、その影響も軽視できないとされているようです。

インフルエンザの症状で特徴的な高熱はアセトアミノフェン等で緩和されます。通常、NSAIDsはライ症候群等のリスクと関連があるとして、使用しません。オセルタミビルでは約1日弱、インフルエンザ症状を緩和を早めるという結果ですが、アセトアミノフェンでは熱に対する症状はすぐに実感できると思います。

ノイラミニダーゼ阻害薬である抗インフルエンザ薬が必要かどうか、さまざまな議論がされておりますが、なかなか難しい問題だと思います。オセルタミビルやザナミビル、ラニナビルは副作用だってありますし、飲まなくてもインフルエンザが重篤することは稀です。しかしながら私自身、処方されたらやはり服用すると思いますし、インフルエンザの辛い症状が1日長引かないというアウトカムは重要なのかもしれないと思います。今、とりあえず症状を緩和したければアセトアミノフェンのほうが効果的かもしれません。

これらのインフルエンザ治療薬はインフルエンザウイルスそのものに対する抗体の産生を抑制し、インフルエンザに感染しやすくなるということも指摘されています。このコクランのアブストラクトにもオセルタミビル群でインフルエンザと診断された数が少ないことが示されています。OR 0.83; 95% CI 0.73 to 0.94, P = 0.003;n=8その理由として抗体反応によるものと記載があります。

オセルタミビルがインフルエンザの症状を21時間ほど早くおさめるなら、重症化を防止するかどうかはわからなくても再度感染しやすくなったとしても、多少副作用があったとしても「飲みたい」という人はいるのだと思います。私もそうかもしれません。当然基礎疾患、背景リスクを十分考慮しなくてはいけませんが、そのリスクベネフィット…。抗インフルエンザ薬を服用するかどうかという構造そのものが、薬を飲むべきかどうかという構造の分かりやすい例だと思います。