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2012年9月30日日曜日

EBMについて(3) メタ分析論文の吟味


複数の研究を系統的に集めて複合的に評価したものをシステマテックレビューと呼びます。1つのランダム化比較試験から得られる情報が臨床判断を決定づけたりその判断を大きく変えることは少ないです。システマテックレビューにより、個々の研究を統合的に評価して情報の妥当性を上げることができます。さらに個々の研究結果の統計量を統合して統計解析を行い一つにまとめて解析することをメタ分析といいます。メタ分析が行われていないシステマテックレビューは個々の研究結果が陀列されているだけのことも多く、総合判断に当たり、読み手の考え方や著者の考え方にばらつきが出ます。それに対して、メタ分析まで行われていると、数値として客観的に評価できるメリットがあります。このようにシステマテックレビュー&メタ分析では個々の研究ではデータ不足のために有意な結果がでなかったとしても、より精度の高い結果を得ることが出来ます。

メタ分析では様々な研究を統合して解析しますが、個々の研究は様々なものが対象となります。ランダム化比較試験のほか、コホート研究や症例対照研究などの観察研究も対象となり、メタ分析だからといっても必ずしも信頼性が高いとは言い切れません。この項ではランダム化比較試験のメタ分析についてその読み方をご紹介いたします。

 メタ分析で確認するべきことはまず論文のPECO(これはRCTでも同じです)とアウトカムが真のアウトカムを評価しているかという点ですが、必ず確認したいバイアス(偏り)があります。

■元論文バイアス・・統合された研究の質。妥当性は十分か
■評価者バイアス・・複数の著者で評価されているか
■出版バイアス・・非出版データ等も今日慮されているか
■異質性バイアス・・ごちゃまぜ統合すれば有意差は消える。極端に効果のあるものと効果のないもの、合わせれば“0”になることもありますよね。
4項目です。

 では実際に論文のsummaryを読みながら確認したいと思います。以下の示すのは私がEBMとの出会いのきっかけとなった論文です。

Singh S, Loke YK, Enright PL, Furberg CD.et al Mortality associated with tiotropium mist inhaler in patients with chronic obstructive pulmonary disease: systematic review and meta-analysis of randomised controlled trials.
BMJ. 2011 Jun 14;342:d3215. doi: 10.1136/bmj.d3215. PMID:21672999

OBJECTIVE:
To systematically review the risk of mortality associated with long term use of tiotropium delivered using a mist inhaler for symptomatic improvement in chronic obstructive pulmonary disease.

DATA SOURCES:
Medline, Embase, the pharmaceutical company clinical trials register, the US Food and Drug Administration website, and ClinicalTrials.gov for randomised controlled trials from inception to July 2010.

STUDY SELECTION:
Trials were selected for inclusion if they were parallel group randomised controlled trials of tiotropium solution using a mist inhaler (Respimat Soft Mist Inhaler, Boehringer Ingelheim) versus placebo for chronic obstructive pulmonary disease; the treatment duration was more than 30 days, and they reported data on mortality. Relative risks of all cause mortality were estimated using a fixed effect meta-analysis, and heterogeneity was assessed with the I(2) statistic.

RESULTS:
Five randomised controlled trials were eligible for inclusion. Tiotropium mist inhaler was associated with a significantly increased risk of mortality (90/3686 v 47/2836; relative risk 1.52, 95% confidence interval, 1.06 to 2.16; P = 0.02; I(2) = 0%). Both 10 µg (2.15, 1.03 to 4.51; P = 0.04; I(2) = 9%) and 5 µg (1.46, 1.01 to 2.10; P = 0.04; I(2) = 0%) doses of tiotropium mist inhaler were associated with an increased risk of mortality. The overall estimates were not substantially changed by sensitivity analysis of the fixed effect analysis of the five trials combined using the random effects model (1.45, 1.02 to 2.07; P = 0.04), limiting the analysis to three trials of one year's duration each (1.50, 1.05 to 2.15), or the inclusion of additional data on tiotropium mist inhaler from another investigational drug programme (1.42, 1.01 to 2.00). The number needed to treat for a year with the 5 µg dose to see one additional death was estimated to be 124 (95% confidence interval 52 to 5682) based on the average control event rate from the long term trials.

CONCLUSIONS:
This meta-analysis explains safety concerns by regulatory agencies and indicates a 52% increased risk of mortality associated with tiotropium mist inhaler in patients with chronic obstructive pulmonary disease.

まずは論文のPECOを確認します。STUDY SELECTIONCOPD患者へチオオトロピウムミストインヘラー(レスピマット)とプラセボを比較したRCTを解析していることが記載されています。(赤字参照)また総死亡をfixed effectモデルを用いてメタ分析したと記載があります。fixed effectモデルとはメタ分析する時の総計解析の手法の一つです。通常異質性(後述)が低い場合はこのモデルで解析していても問題がないといわれていますが、研究間の異質性が高い場合はrandom effectモデルという手法が適しているといわれています。
まとめると論文のPECOは以下のようになります。

PCOPD患者に
E:チオトロピウムレスピマットで30日以上治療するのは
C:プラセボと比べて
O:総死亡はどうなるか
ちなみにアウトカムは死亡という真のアウトカムを評価しています。

 次に妥当性を評価するために4つのバイアス(偏り)が無いか確認します。

1)元論文バイアス
この論文では観察研究ではなくランダム化比較試験のメタ分析です。RESULTS冒頭にFive randomised controlled trials were eligible for inclusionと記載があり5つのランダム化比較試験が統合されています。個々のRCTの妥当性は本文を見ないとsummaryに詳細が記載されているケースは少ないです。本文RESULTSの最初のほうにAll the trials were double blind,all five trials were judged to be at low risk of biasとの記載があり、まず問題ないといえます。

2)評価者バイアス
Summaryには残念ながら記載がありませんが本文のStudy selectionTwo reviewers (YKL and SS) independentlyとあり2名のレビューアーが独立して評価していることが分かります。

3)出版バイアス
Medline Embase FDAの情報やベーリンガーの臨床試験等も検索しているようです。この論文には明確な記載がありませんが、英語以外の言語の文献や非出版の報告なども検索されているとなおベストです。

4)異質性バイアス。
いわゆるごちゃまぜバイアスと覚えてしまうといいかもしれません。異質性は本文にある結果の表=フォレストプロットの下のほうに記載があります。これは数値でわかるので見安いです。
Heterogeneity:P値やI値が記載さてていることが多いはずです。P値は有意差の時と同様にP=0.05以下であれば異質性ありといえます。I2値は25%以下では異質性が低く2550%では中等度、5075%では高く、75%以上では極めて高いと評価します。異質性が高い結果は、妥当性が低くなり、信頼性が低くなります。この論文では本文のフォレストプロット
http://www.bmj.com/highwire/filestream/422812/field_highwire_fragment_image_l/0.jpg
の下部、test for Heterogeneity P=0.59 I2=0%とあり異質性はありません。

ちなみにフォレストプロットの見方は、一番左に統合した個々のRCTが縦に記載されており、その結果が右に記載されています。一番下が統合された結果です。 右側、図中の縦線が効果なしRRで言うところの「1」です。■が個々の研究結果で■を横に貫く横線“―“が95%信頼区間を示します。、右下のひし形がメタ分析で統合した統計量を示します。縦線、右側で効果が大きくなり、左側で小さくなります。縦線と横線が交わっていると95%信頼区間が1をまたいでおり、有意差が無いと解釈できます。

妥当性はまずまずの論文といえそうです。では結果を見てみましょう
significantly increased risk of mortality (90/3686 v 47/2836; relative risk 1.52, 95% confidence interval, 1.06 to 2.16; P = 0.02; I(2) = 0%).との記載があり
チオトロピウム群で90/3686人、プラセボ群で47/2836
RR1.52(95%1.06-2.16)という結果です。有意に死亡リスクが152倍増加するという結果でした。ステップをまとめると、妥当か4つのバイアス確認)何か(結果は死亡が1.5倍増加)役に立つか(死亡という真のアウトカムな臨床に反映させるべき)という感じです。

この論文、死亡という取り返しのつかない真のアウトカムを評価しており、臨床に反映させるべき論文といえます。

2012年9月29日土曜日

EBMについて(2) ランダム化比較試験論文の吟味


「薬剤Aが肥満に効くか」どうか調べたい。とします。さまざまな比較方法がありますが、まず簡単なのが、「薬剤Aを飲む前と飲んだ後を比較する」ということでしょうか。Aを飲んでやせれば効果がある・・。様な気がしますが、ここには薬剤Aの効果以外にも様々な要因が潜んでいます。たとえば、もしかしたら、服用後にたっぷり運動もしていたかも!・・それは薬剤Aの効果もあるかもしれませんが、運動による消費カロリー増加のほうが寄与が大きいのではないでしょうか。さらに食事制限もしていたかもしれません。このような投与前後を比較した試験デザインは、薬剤以外にも様々な要因を考慮する必要があります。

次に「薬剤Aを飲んだ人とプラセボを飲んだ人を比べる」というのはどうでしょうか。プラセボと薬剤Aを比べてどちらが体重が減ったかを検討するのです。一見するとよさそうですが、確認したいポイントが多数あります。

まず、薬剤Aを飲んだ人はもともと体重が重かったかもしれません。体重が重い人は体重が軽い人に比べて、ダイエット後の体重変化量は同じとは言い難いですよね。また薬剤Aを飲む人は痩せるかもしれないと思い生活習慣を変えたかもしれません。薬の効果を最大限に引き出そうと、ダイエットに気合が入るのも人間の心理ですよね。さらに薬剤Aを飲んだ人は比較的筋肉質で基礎代謝が高い人だったかもしれません。このような偏りを防ぐためにどうすればよいでしょうか。

まず、患者の体重は大体同じような人たちを集めるべきですよね。また同じ体重でも筋肉質の患者と体脂肪が高い患者、このような患者が薬剤A群、プラセボ群の2群に均等に割りつけられるよう、無作為割り付けというものを行います。これをランダム化とも言います。(→ランダム化されているか)やせやすい人が偏って割りつけられたら、本来の効果に影響が出ます。そしてその2群で本当に患者の背景因子が同等であれば、2群を比較することができます。要するに患者背景をそろえるのです。(→患者背景は同等か)さらに薬剤Aか、プラセボか何を飲んでいるか分からなくすることで、治療期間中の患者行動への影響を少なくすることができますよね。(→ブラインド化されているか)このような試験デザインを”ランダム化比較試験”RCTと呼びます。実薬を飲んでいることが治療する医師にもわかってしまっていると、治療に気合が入り、本来の効果以上の効果が出てしまうことがあります。あるいは逆に、治療しているからと気が緩んで本来の効果よりも効果が低く出てしまうこともあります。このような効果をホーソン効果といいます。ちなみにプラセボだけでも効果が出ることがあります。治療を受けていると思うことで、症状が改善することをプラセボ効果といいます。

ランダム化比較試験のPECOは以下の様な感じです。

 

薬剤介入群(E)   →  結果(O)

対象患者(P)  

非介入群 (C)   →  結果(O

P:対象となる患者
E:薬剤介入群
C:非介入群(プラセボ)
O2郡間での結果

 治療法に効果があるかどうかを確かめるためには,このようなランダム化比較試験という研究方法が最も信頼性が高いといわれています。

ランダム化比較試験では以下の点がポイントとなります。
*ランダム化・・・介入群と非介入群で偏りなく患者が振り分けられているか。
*ベースライン・・2群間の患者背景は同等か。
*ブラインド化・・医師も、患者もブランド化されている2重盲検が一般的です。
*脱落者は加味されているか・・・Intention to Treat Analysisされているか

 脱落者が多いとせっかくランダムで患者を振り分けたのに、それが結果に反映されません。ITT(intention-to-treat)解析は「治療意図に基づく解析」と訳されます。ランダム化比較試験において、当初の計画された治療を続けられず脱落する人たちが少なからずいますが、その脱落者も含めて解析する方法がITT解析です。脱落が多いと、結果に影響が出る場合があります。ITT解析によってより現実的な効果を検討できるといわれています。

*アウトカムは真のアウトカムか。
*結果に有意差はあるか(なければ症例数は十分か?)

 有意差がない場合、薬剤の効果があいまいか、もしくは症例数が少なすぎて有意な差が出なかった可能性があります。この場合、あらかじめ統計計算されたサンプルサイズと実際の症例数を比べて、症例数がサンプルサイズを上回っていれば薬剤の効果は不明となります。

 

実際の論文summaryを見て各ポイントを確認してみましょう。以下はPROactive試験(Lancet 2005;366:1279)のsummaryです。

 Secondary prevention of macrovascular events in patients with type 2 diabetes in the PROactive Study (PROspective pioglitAzone Clinical Trial In macroVascular Events): a randomised controlled trial

Background

Patients with type 2 diabetes are at high risk of fatal and non-fatal myocardial infarction and stroke. There is indirect evidence that agonists of peroxisome proliferator-activated receptor γ (PPAR γ) could reduce macrovascular complications. Our aim, therefore, was to ascertain whether pioglitazone reduces macrovascular morbidity and mortality in high-risk patients with type 2 diabetes.

Methods

We did a prospective, randomised controlled trial in 5238 patients with type 2 diabetes who had evidence of macrovascular disease. We recruited patients from primary-care practices and hospitals. We assigned patients to oral pioglitazone titrated from 15 mg to 45 mg (n=2605) or matching placebo (n=2633), to be taken in addition to their glucose-lowering drugs and other medications. Our primary endpoint was the composite of all-cause mortality, non fatal myocardial infarction (including silent myocardial infarction), stroke, acute coronary syndrome, endovascular or surgical intervention in the coronary or leg arteries, and amputation above the ankle. Analysis was by intention to treat. This study is registered as an International Standard Randomised Controlled Trial, number ISRCTN NCT00174993.

Findings

Two patients were lost to follow-up, but were included in analyses. The average time of observation was 34·5 months. 514 of 2605 patients in the pioglitazone group and 572 of 2633 patients in the placebo group had at least one event in the primary composite endpoint (HR 0·90, 95% CI 0·80—1·02, p=0·095). The main secondary endpoint was the composite of all-cause mortality, non-fatal myocardial infarction, and stroke. 301 patients in the pioglitazone group and 358 in the placebo group reached this endpoint (0·84, 0·72—0·98, p=0·027). Overall safety and tolerability was good with no change in the safety profile of pioglitazone identified. 6% (149 of 2065) and 4% (108 of 2633) of those in the pioglitazone and placebo groups, respectively, were admitted to hospital with heart failure; mortality rates from heart failure did not differ between groups.

Interpretation

Pioglitazone reduces the composite of all-cause mortality, non-fatal myocardial infarction, and stroke in patients with type 2 diabetes who have a high risk of macrovascular events.

さて英語だらけでびっくりでしょうが、ポイントを整理していきます。まずは論文のPECOを確認します。Methods5238 patients with type 2 diabetes who had evidence of macrovascular disease.
と書いてあります。大血管合併症をもつ2型糖尿病患者5238例です。
またassigned patients to oral pioglitazone titrated from 15 mg to 45 mg (n=2605) or matching placebo (n=2633),との記載から本試験の介入が読み取れます。

E:ピオグリタゾン15㎎~45㎎投与2605
C:プラセボ2633人と比べて

Our primary endpoint was the composite of all-cause mortality, non fatal myocardial infarction (including silent myocardial infarction), stroke, acute coronary syndrome, endovascular or surgical intervention in the coronary or leg arteries, and amputation above the ankle

O:は複合アウトカムで総死亡,非致死的心筋梗塞,脳卒中,急性冠症候群,冠動脈や下肢動脈への治療,膝上です。
 
整理すると
P:大血管合併症をもつ2型糖尿病患者5238
E:ピオグリタゾン15㎎~45㎎投与2605
C:プラセボ2633人と比べて
O:総死亡,非致死的心筋梗塞,脳卒中,急性冠症候群,冠動脈や下肢動脈への治療,膝上での下肢切断はどうなるか?

またrandomised controlledとなっていてランダム化されていることがわかります。
統計解析はAnalysis was by intention to treatとズバリ記載があります。脱落者も加味しています。結果はprimary composite endpoint (HR 0·90, 95% CI 0·80—1·02, p=0·095).と有意差なしです。

この試験、さらに読み込むといろいろと面白い点があるのですが、詳細はPROactive study のこと を参照にしていただければ幸いです。ベースラインはたいてい本文に一覧表が掲載されていることが多いです。この試験では患者背景はほぼ同等でした。サンプルサイズは本文の統計解析に記載があります。この試験ではサンプルサイズは十分であり、結果に有意差もありません。

 (捕捉)医学統計については以下を参照ください
相対危険率・NNTについて
有意差とは
95%信頼区間(95%CL)

2012年9月22日土曜日

EBMについて


いつかはまとめようと考えていました。私の行動アクションの根幹にあるのがこのEBMという手法であり、行動指針でもあります。そこには患者さんとの関わり方から、薬学的臨床判断(たとえば疑義照会等です。)までさまざまな場面で、それを意識しているつもりです。EBMとは一般的にはどのようなものか、Wikipediaから関連する部位を引用すると、以下のような記載があります。

「根拠に基づいた医療(en:Evidence-based medicine)。医療において科学的根拠に基づいて診療方法を選択すること。」

要するに、我々が日常業務を行う際の情報源として、“製薬会社のMRさんから聞いたこと”-based medicineではなく、“大先輩が教えてくれたこと” -based medicineではなく、“国家試験対策本の薬物治療学の項目”-based medicineでもなく、“テレビの医療ネタ”-based medicineでもなくいわゆる“Evidence”に基づいているということです。

 実際の医療現場での医療情報源はどうなっているのでしょうか。少し古いアンケート調査は以下のような結果です。(m3.com 2009 7月のアンケート調査より引用)

情報提供の違いによる処方影響度、接触時間 GP100床未満)の医師n=230

では圧倒的にMRからの情報源が処方へ影響しているという結果です。全情報源の40%近くを占めています。2位が製薬企業主催の講演会で約18%ほど。要するに製薬企業関連で50%を超えてしまうのです。では実際にエビデンス=医学文献を情報源として活用しているのはどのくらいかというと、5%に満たないという結果です。どちらかといえば、医療系のインターネットサイトを活用している割合が多いようです。これを見ても現状の医療は製薬企業が提供する情報を主体に行われているということがお分かりいただけるでしょう。

要するにMR-based medicineなわけです。MR-based medicineから脱却し、Evidence-basedを意識すべき。そのように思ったわけですが、この事実を知った当時、私はそもそもエビデンスとは何なのか、EBMというものを漠然と知ったにすぎないのでした。

 私とEBMの出合いは偶然でした。 概要は「EBMとの出会い。」で少し触れました。要するにチオトロピウムレスピマットという薬剤の使い方が分からず、インターネットで情報を収集していた時たまたまBMJ. 2011 Jun 14;342:d3215に関する記載を目にしたのでした。この論文の詳細は「チオトロピウムミスト吸入剤と死亡リスク」にまとめました。ご興味がありましたら見て下さい。当時BMJが何なのかすらわかりませんでしたが、ここで個人的に衝撃を受けたのはCOPDの呼吸器症状を改善することと、死亡リスクは別問題であるということ。これが本当だとして、他の領域でも同様のことが言えるのではないかということに気付いたことでした。他の領域とはたとえば、糖尿病において血糖値を下げることが死亡を減らすのか、とか血圧を下げることが本当に死亡を減らすのかということです。このような私の疑問は、その後、ひとつの具体例を持って確信に変わります。

以前より親しかった製薬会社のMRさんにたまたま誘われた講演会。テーマは「食後過血糖抑制の有用性」・・だったかと思います。そこで、ひとつの臨床試験が提示されていました。糖尿病に関する臨床試験です。かなりハイリスクな患者さんを集めて試験しています。どのくらいハイリスクかというと、BMIだけでも30を軽く超えており体重も90kg・・さらに糖尿病罹患歴も10年で合併症の既往もありという患者さんです。このような患者さんを1万人ほど集めてきて、無作為に2つのグループに分けます。1つのグループは目標HbA1c 6.0%未満をめざす治療を行います。教科書通りですね。もう一方のグループは目標HbA1c 7.07.9%という、まああんまりぱっとしない数値で、もし外来にこのような検査値を持ってきた患者さんであれば、もう少し下げたほうがよさそうですね、みたいなことを言ってしまいたくなるような・・そんな数字と、この時はそんな印象でした。

2つのグループに分けて3.5年ほど治療を続けています。そしてその結果何を評価したかというと、循環器関連の合併症です。要するに心筋梗塞や脳卒中が2つのグループを比較してどちらが減ったかを検討したのです。

さてさて、ここで当然、教科書どおりの治療をしたほうがリスクが減るだろ、と考えるわけです。しかしながらこの2つのグループで合併症リスクは変わりませんでした。

具体的な結果はHR 0.900.781.04)全体的には10%ほどリスクを減らすという結果ですが、( )内・・これを95%信頼区間(95%CL)と言いますが、もしかしたら4%はリスクが増えるかもしれないし、22%リスクが減るかもしれない。というなんだかよくわからない結果です。要するに結果は不明であり、HbA1cを下げようが、普通にやろうが大きな差はないということなのです。それだけでもなんだかがっかりしてしまいますが、さならなる衝撃は続きます。この試験では死亡も当然ながら解析されています。死亡リスクはHR 1.221.011.46)今度は( )が0をまたいでいません。要するにまともに教科書どおりの治療をすると、少なくとも1%、多く見積もれば46%、全体として22%も死亡が増加するという結果です。これは実際の臨床試験を統計解析して得られた情報=エビデンスであり大先輩が言ったことでもなく、教科書にも書いていなく、テレビのワイドショーでも放送されません。このエビデンスは2008年に有名な医学誌New England Journal of Medicineに掲載されました。当然ながらMRさんがこのような結果を積極的に情報提供してくれる機会は少なく、MR basedな医療では情報に偏りが出てしまうのです。

 この試験をACCORD試験といいます。詳しく知りたい方は「ACCORD試験に思うこと」にまとめてありますので読んでいただければ幸いです。先の講演会でこのスライドを見せられ、ほぼ確信に変わったことがあります。血糖値や血圧、コレステロール値、骨密度、などの指標(=代用のアウトカム)その後の死亡リスクや、心筋梗塞、脳卒中等(=真のアウトカム)のリスクと相関しない可能性があるということです。そしてACCORDをインターネットで調べているうちに、EBMというものが見え隠れしていきます。

 実際にEBMの手法を学んだのは、EBMに関するワークショップでした。そもそもEBMとはかってに生まれた概念ではなく、かなり系統的なものであり明確な意図のもとに存在しています。カナダの1970年代後半McMaster大学のDavid L Sackett先生を中心とした臨床疫学研究者らがその原型を作り上げたといわれています。そして初めてEBMという言葉を使用したのが同大学のGorden Guyatt先生です。医学文献=エビデンスから得られた情報を患者の実際のケアにどう適用すべきか(・・ここで大事なのは適応ではなく適用なのですが)ということを重視した臨床ケアスタイルです。

 チオトロピウムレスピマットの論文が掲載されたBMJこれはBritish Medical Journalですが、ここに1996David L Sacket先生の論文が掲載されていました。
Evidence based medicine: what it is and what it isn't
BMJ1996;312doi: 10.1136/bmj.312.7023.71
http://www.bmj.com/content/312/7023/71

EBMとは個々の臨床家の専門的能力と最良の外部の根拠=エビデンスを統合することに関する事柄であるとしています。さらに言えばそこに患者の思いという内部の根拠を追加しながら最良の医療を模索する方法論であるということです。

一つのエビデンスはちょっとのことしか教えてくれないし、その内容もあいまいです。私が参加したEBMに関するワークショップにおいて、“あいまいであるがゆえに、共有、評価、反省をし、学習を続ける ことが重要”と教えていただきました。

 ではEBMはどのように実践したらよいのでしょうか、現在私自身模索を続けていますが、一般的には以下の5つのステップであるといわれています。

step 1:疑問や問題点の定式化
step 2
:情報の収集
step 3
:情報の批判的吟味
step 4
:情報の患者への適用(適応ではなく)
step 5
step 1からstep 4の評価

step 1疑問の定式化は通常以下の手順で行います。

私のブログでもよく使用しますがPECOで定式化します。
P Patient)どんな患者に。対象患者です。
E Exposure)何をすると。要するにどんな治療や検査をすると
C Comparison)何と比較して。プラセボ比較なのかどうか
O Outcome)どうなるか。ここには真のアウトカムを設定すべきと思います。

たとえばこんな感じです。
P50代高血圧の患者に
EARBを投与するのは
CACE阻害薬を投与するのと比べて
O:死亡は減るのか
みたいな感じです。

このように疑問を定式化したら、step 2の情報収集を行います。細かく言えば5Sアプローチなどありますが、そのあたりはEBMの教科書にお任せするとして、私流の方法を記載しておきます。

基本的に有用なエビデンス=医学文献は全て英語のため、情報検索はなかなか日本語でできないのが現状です。そのような中でもとても有用なインターネットサイトとして以下のようなものがあります。

Minds医療サービスhttp://minds.jcqhc.or.jp/n/ 
  疾患名から調べるときは非常に有用です。
EBM LibraryTMhttp://www.ebm-library.jp/ 
  豊富なデータベースを日本語で検索できます。
*グーグル検索http://www.google.com/webhp?hl=ja
  侮れません。原著論文タイトルやページが分かれば後述るすpubmedで原著論文までたどり着つけます。たいていはこれでいけます。
*Community Medicine Evidence Centerhttp://www.cmec.jp/cmec-tv/
 質の高いエビデンスを厳選し必要部分を要約し、さらにすべて日本語で閲覧・検索できるというサイト。Pubmedの検索IDも付いているので、臨床疑問さえPECOで定式化されていれば、このサイトで論文検索ができるとても有用なサイトです。
pubmed http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed
 世界約70カ国、約4,800誌(200412月現在)に掲載された医学文献を検索できるデータベースです。1949年以降の文献が収録されています。従来の MEDLINE と基本的には同じデータベースです。 日本の雑誌は約150誌が収録されています。使い方はこちらが参考になります。
http://www.mnc.toho-u.ac.jp/mmc/handout/pubmed2010-1.pdf
*東邦大学医学メディアセンターhttp://www.mnc.toho-u.ac.jp/mmc/
 論文データベースリンク集は有用です。

step 3では情報の批判的吟味です。試験デザインによりそのチェックポイントは多少変わります。
プラバスタチンを例に実際に批判的吟味したものがありますので参考にしてください。この試験はランダム化比較試験です。
MEGA studyのこと(EBMへ導いた論文) 
MEGA studyのこと(EBMへ導いた論文) 

step 4で得られた情報を実際のケアに適用していきます。ここで重要なのはエビデンスが絶対正しいという偏った判断をしてはいけません。たとえ効果があるという結果だとしてもその結果が、今、目の前の患者が本当に満足できる結果なのかどうか、ここはよく検討しなくてはいけません
http://syuichiao.blogspot.jp/2012/04/evidence-biased-medicine.htmlも参考にしていただければ幸いです。

最終ステップでは一連の流れを再評価します。

おおまかにはこのような流れだと、私自身は解釈しております。EBMを実践するというのがどういうことなのか、さらに模索を続けたいと思います。

2012年9月16日日曜日

Microscopic Colitis(顕微鏡的大腸炎)とPPI


疾患の概要はこちらが参考になります。http://www.nanbyou.or.jp/entry/2299難病情報センター
引用いたしますと「原因不明の慢性腸管炎症により下痢を主徴とする消化管吸収機能異常を呈する疾患。病理学的特徴により、膠原繊維の蓄積を特徴とするCollagenous colitisと上皮への炎症細胞浸潤を特徴とするlymphocytic colitisに大別される」原因は今のところ不明な部分が多く、遺伝的素因、腸管感染、自己免疫、胆汁代謝異常などの諸因子が指摘されているが、いずれも仮説の域を出ないとのこと。症状は頻回の水様性下痢を主症状とし、再燃と寛解を繰り返す。重症例では1日の排便量が5000mlを越えることもあり、動悸などの強い脱水症状を呈することがある。脱水から腎不全を合併した場合には入院治療、時として血液透析が必要となることもある」

顕微鏡的大腸炎とPPI使用の関連性が示唆されているようです。しかしながらCollagenous colitis(CC)PPIの関連性をpubmedで検索しても20129月現在、質の高い明確なエビデンスはありませんでした。ただランソプラゾールでは症例報告があるようです。
[Collagenous colitis. Clinicopathological study of 18 cases].
Rev Clin Esp. 2007 Sep;207(8):394-8.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17688866

18例の顕微鏡的大腸炎のうち46%にNSAIDsが投与され、42.8%にランソプラゾールが投与され、41.6%が喫煙、30.7%が自己免疫疾患だったということです。NSAIDsやランソプラゾール、自己免疫疾患等が原因であることが示唆されているようですが18例の症例報告だけでは明確には分かりませんね。ただClostridium difficileに関連した難知性下痢のリスクは十分考慮に入れるべきだと思います。→PPIとCDAD(Clostridium difficile -associated disease)リスク

 Collagenous colitisと同様の慢性の水様性下痢を呈するが、大腸生検にてcollagen bandを欠き粘膜上皮内にリンパ球の増加を認める症例はLymphocytic colitisLC)と呼ばれます。そして、CCとLCを合わせてmicroscopic colitisと総称するようです。

このmicroscopic colitisPPIの関連性を検討した症例対照研究があります。
Proton pump inhibitor use is associated with an increased risk for microscopic colitis
: a case-control study.
Aliment Pharmacol Ther. 2010 Nov;32(9):1124-1128.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21039674
PPI使用者ではコントロール群に比べて
collagenous colitis [38% vs. 13%, P < 0.001; adjusted OR of 4.5 (95% CI 2.0-9.5)].
NSAIDsでは有意差は出なかったようです。2.3 [0.8–6.5] 同様にベンゾジアゼピン1.2 [0.4–3.7]

collagenous colitis PPIに関してPubmedで検索しても質の高い研究は20129月現在ヒットしません。今後さらなる研究・解析が必要だと思いますが、PPIと下痢症状というリスクはCDADも含め十分認識すべきなのかもしれません。

2012年9月13日木曜日

NSAIDsの長期服用と心血管リスク


COX2選択的阻害薬はその心血管系リスクが話題となりました。
http://www.nihs.go.jp/dig/sireport/weekly2/19041014.pdf
rofecoxibはそのリスクゆえ製品の回収及び臨床試験の中止措置を行いました。
セレコキシブの添付文書には「警告」に以下の記載があります。
「外国において、シクロオキシゲナーゼ(COX-2選択的阻害剤等の投与により、心筋梗塞、脳卒中等の重篤で場合によっては致命的な心血管系血栓塞栓性事象のリスクを増大させる可能性があり、これらのリスクは使用期間とともに増大する可能性があると報告されている」

COX2選択的阻害薬は従来のNSAIDsと比べて心血管系リスクはどうなのでしょうか。
Rofecoxibとなプロキセンを比較したエビデンスを確認してみます。
Comparison of upper gastrointestinal toxicity of rofecoxib and naproxen in patients with rheumatoid arthritis. VIGOR Study Group.
N Engl J Med. 2000 Nov 23;343(21):1520-8, 2 p following 1528.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/11087881

P50 歳以上またはグルココルチコイドの長期療法を受けている
  40 歳以上の慢性関節リウマチ患者 8,076
E:ロフェコキシブ 50 mg 1 1 回連日投与
C:ナプロキセン 500 mg 1 2 回連日投与
O:上部消化管の臨床的有害事象(胃十二指腸穿孔または閉塞,
  上部消化管出血,および症状性の胃十二指腸潰瘍)
(ランダム化比較試験 追跡期間9カ月)
慢性関節リウマチに対する有効性は同程度
消化管イベント:ロフェコキシブ 2.1/100人年 ナプロキセン 4.5/100人年
relative risk, 0.5; 95%CI, 0.3 to 0.6; P<0.001とロフェコキシブが圧倒的に少ない。
一方で心筋梗塞発症リスクはナプロキセン0.1% ロフェコキシブ0.2%
relative risk, 0.2; 95%CI  0.1 to 0.7
ナプロキセンに比べてロフェコキシブでは心筋梗塞のリスクが5倍多いという結果です。

さらにCOX2阻害薬と従来NSAIDsの心血管リスクを比較したメタ分析
Do selective cyclo-oxygenase-2 inhibitors and traditional non-steroidal
anti-inflammatory drugs increase the risk of atherothrombosis? Meta-analysis of
randomised trials
BMJ. 2006 Jun 3;332(7553):1302-8.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed?term=16740558では
COX2阻害薬はプラセボ比較で血管イベントを増やすという結果でした。
rate ratio 1.42, 95% CI1.13 to 1.78; P = 0.003
しかしながら従来のNSAIDSとそのリスクは同等という結論です。
RR 1.16, 0.97 to 1.38; P = 0.1
ただNSAIDsそのものが心血管リスクに関連していることは軽視できない事実の可能性が高く軽視できない問題だと思います。観察研究ではあるもののNSAIDsの長期間服用と心血管イベントに関する報告がCIRCULATIONに掲載されました。

Long-Term Cardiovascular Risk of NSAID Use According to Time Passed After First-Time Myocardial Infarction: A Nationwide Cohort Study
CIRCULATIONAHA.112.112607 Published online before print September 10, 2012, doi: 10.1161/
http://circ.ahajournals.org/content/early/2012/09/07/CIRCULATIONAHA.112.112607.abstract

NSAIDsの服用と初発の心筋梗塞の関係を検証したコホート研究です。平均年齢68.9歳の99,187人(男性の割合63.6%)を対象にNSAIDsの1から5年間の服用と冠動脈疾患死亡および心筋梗塞の発生リスクを検討しています。
5年のフォローアップ中の全死亡は36,747 人、冠動脈疾患死・非致死的心筋梗塞は28,693人 。

NSAIDsの服用は非服用者に比べて
服用1年での死亡: HR 1.59 (95% CI 1.49-1.69
服用5年超での死亡: HR 1.63 (95%CI 1.52-1.74)
服用1年での冠動脈疾患死・非致死的心筋梗塞
:::::::

HR 1.30 (95%CI 1.22-1.39
服用5年超での冠動脈疾患死・非致死的心筋梗塞
HR 1.41 (95%CI 1.28-1.55)

観察研究でありNSAIDsを長期服用せねばならない状況と死亡リスクというものを
考慮せねばいけませんが、真のアウトカムを評価しておりなかなか衝撃的な報告です。
ちなみに薬剤別ですとジクロフェナクの2年服用の死亡リスクが最も高く
2.7395%CI 2.343.19)という結果です。

慢性疼痛のコントロールにおいてNSAIDsよりもアセトアミノフェンやオピオイドの臨床的位置づけを明確にするべきではなどと考えてしまいます。
さらに近年医療用からスイッチされたロキソプロフェンが一般用医薬品として販売されており、入手も容易になっていますが、このような観点から疾患禁忌はもちろんのこと、基礎疾患に対する治療が行われているのか、併用薬は何か、合併症は無いか等を確認したうえでハイリスク患者には販売しないことも考慮に入れなければと思います。状況によっては他の治療選択肢に関する情報提供も有用かもしれません。(参考)慢性疼痛における鍼治療の効果

2012年9月9日日曜日

"自殺"に対して医療はどうあるべきか。

「自殺」やや難しい言葉できちんとした定義もあるのですが、簡単にまとめると“自らの意思に基づき、死を意図した行動”といえます。「自殺」は今では社会問題としても、しばしば取り上げられることも多いと思います。自殺者数の年次推移の統計は死亡届に基づく人口動態調査と警察の捜査に基づく警視庁統計資料の2種類の統計資料で確認できます。
警視庁統計資料:http://www.t-pec.co.jp/mental/2002-08-4.htm
これによると男性の自殺者は女性よりも多いことが示されています。
近年自殺者が急増しているというような報道を目にすることもあるかもしれませんが、長期的な推移をみると
http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/whitepaper/w-2011/html/honpen/part1/s1_1_01.html(第1-2図)変動はあるものの、平均すると戦後から緩やかな上昇傾向が続いており現在もそのトレンドに乗っているような状況がお分かりいただけるかと思います。バブル崩壊後自殺者数は急増していますが、バブル景気の時が自殺者数が記録的に少ないということも確認できるかと思います。

 日本人の死因別を厚生労働省の統計でみると平成20年では自殺は7位となっています。
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai08/kekka3.html
表7 性別にみた死因順位別死亡数・死亡率(人口10万対)。
さらに年代別で確認すると(図7-1 性・年齢階級別にみた主な死因の構成割合(平成20年))
圧倒的に20代から30代にかけて自殺が死因の多くを占めていることが確認できるでしょう。心疾患や脳血管疾患も死因に占める割合が高いです。そのために医療が存在するわけですが、若年層の死因原因である「自殺」の問題に対しても、それに対応すべき医療は存在するべきなのかなと考えます。

DALYsという尺度があります。疾病によって生じたさまざまな障害の重み付けを示しており、集団の健康の妥当な指標を表し、死亡と障害を含む包括的な保健指標といわれています。要するに生きているだけという尺度では健康というもを測れないということです。
本邦におけるDALYhttp://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2050.html
をみると2番目にうつ病・躁病、3番目に認知症 5番目に自殺 が入っています。
本邦における健康を脅かす要因がうつ病や認知症さらには自殺であることが明確にわかるのです。

さて自殺者数が増加しているといわれている今日ですが先ほど述べたとおり緩やかな増加傾向にあるものの、急増しているとは言い難いことはお分かりいただけたかと思います。
現在の統計では自殺者数は3万人を超えています。10万人当たり24人。これは世界的にみてどうなのでしょうか。http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2770.html 2011年のデータでは国際的にみても日本は8位と上位にあります。
自殺者数が国際的にみても少ないと言い難い本邦ですが、職業別データもあります。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2740-2.html をみると無職者が圧倒的に多いことがお分かりいただけると思います。
婚姻別ではhttp://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2750.html 男性では配偶者との離別や死別が圧倒的に多いこともわかります。
要するに自殺に関するハイリスク集団が存在するのです。その要因をまとめると男性で未婚、配偶者と死別、離別で無職というのはハイリスクな集団と考えることができるのではないでしょうか。

 自殺の動機は様々だと思いますが平成18年までの原因・動機別の自殺者数の推移
http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/whitepaper/w-2011/html/honpen/part1/s1_1_08.html を見てみると健康問題、経済・生活問題が圧倒的上位にあります。どうでしょうか、健康問題が原因の多くを占めるということは本当に軽視できない問題だと思います。明らかに自殺というのは医療の問題でもあるのです。

うつ病患者では最終的に自殺してしまうという危険を大きくはらんできるわけですが、ここで健康問題とうつ病について考えてみたいと思います。

心筋梗塞後うつ病では死亡リスクが高まるという報告があります。
Prognostic association of depression following myocardial infarction with mortality and cardiovascular events: a meta-analysis.
Psychosom Med. 2004 Nov-Dec;66(6):814-22.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed?term=15564344
22研究6367人の心筋梗塞患者を対象としたメタ分析で心筋梗塞後うつ病では死亡リスクが有意に高いというものです。OR 2.38; 95% CI 1.76-3.22; p <.00001

さらに治療中糖尿病患者ではうつ病罹患率が高いという報告もあります。
Examining a bidirectional association between depressive symptoms and diabetes
JAMA. 2008 Jun 18;299(23):2751-9.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed?term=18560002
正常血糖値群に対しての補正オッズ比は
IFG           0.79 (95% CI, 0.63-0.99)
未治療2型糖尿病  0.75 (95% CI, 0.44-1.27)
治療2型糖尿病   1.54 (95% CI, 1.13-2.09)

糖尿病にうつ病を合併する可能性は低くありません。さらに糖尿病に合併したうつ病は死亡リスク増加に関連という衝撃的な報告もあります。
Depressive symptoms and mortality among persons with and without diabetes.
Am J Epidemiol. 2005 Apr 1;161(7):652-60.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15781954
糖尿病患者でCES-D scores16以上の人は16未満の人と比べて生存率が低いという結果です。これは非糖尿病患者では顕著な差が開いてませんが糖尿病患者では顕著に差が開いています。p = 0.004

このように心血管疾患や糖尿病等の健康問題を抱える患者ではうつ病罹患率も高く、青の後のアウトカムも好ましくないという報告は確かに存在します。そしてこのような患者は心血管疾患や糖尿病などの治療のために精神科や心療内科ではなくかかりつけの内科を受診することが多いのではないかと考えています。プライマリケアにおける精神疾患ケアの重要性がこのような観点からもわかります。(関連)薬剤師によるPsychiatry In Primary Care
http://syuichiao.blogspot.jp/2012/06/psychiatry-in-primary-care.html

ここでかかりつけ主治医によるうつ病見逃しはどの程度かというデータがあります。
Multiple barriers against successful care provision for depressed patients in general internal medicine in a Japanese rural hospital: a cross-sectional study.
BMC Psychiatry. 2010 Apr 26;10:30.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed?term=20416116
何らかの気分障害を持つ患者21人のうち気分障害と診断できたのは3名の患者のみという結果です。その多くは不眠症(14/21人)と診断されています。
大うつ病患者27人に対してその59.3%に抗不安薬や睡眠薬を処方されています。
抗うつ薬の処方は7.4%にとどまっています。

うつ病について自ら相談してくる患者は少ないと思います。うつ病の進行とともに自殺企図はその頻度を増します。その行動がエスカレートしていき、人は苦しみから逃れるために命を絶ってしまう。死にたいわけではないんだ、死ぬほど苦しい、苦しみから逃れるには死ぬしかない。そのような思いが自殺行動に結びついていくのかもしれません。自殺の名所で知られる、ゴールデンゲートブリッジでは、橋の場所ごとに自殺者の分布統計が出ており衝撃的でした。自殺者が多いのは橋の中央ですが、その多くは街明かりが見える側へ向かって飛び降りています。明りに向かって。人は最後まで助けを求めている。そんな気がします。自殺ハイリスク集団を意識すること、さまざまな慢性疾患の裏にはうつ病合併の可能性も高くなり死亡リスクにまで影響を及ぼす可能性があるということを認識すべきです。そして自殺に対して医療ができることの一つは、プライマリで遭遇する患者とのコミュニケーションスキルを磨きながら、薬局・病院・診療所・地域薬剤師会・医師会等が連携してスクリーニング・メンタルケアを実施できる環境作りが大切なのかもしれません。