[お知らせ]


2012年8月1日水曜日

薬剤師のEBMとSackettの“F”


患者ごと個別の真のアウトカムを想像できなくては何も始まらない、私はそう思います。そして薬剤師が関与するのは少なくともその薬物療法が、真のアウトカムと大きく逸脱していないかということを明確で妥当な根拠をもとに判断することにあるのではないかと考えています。それによって、多くの選択肢を示しつつ、患者の自己決定の支援ができることが重要かもしれないと思うのです。そういう意味での薬剤師として診療支援というスタンスを保ちたいと考えています。

ただ薬局薬剤師が得られる患者情報はあまりにも少ないです。薬剤師はやはり、患者が自己申告した病名に対する指導というよりは、まず処方医師の治療方針の尊重を基本に、薬物療法に関して明らかなリスクがないかを判断し、安易に患者から聞いた病名をもとに治療方針から逸脱するような指導はするべきではないことを改めて認識しておかなければいけません。患者の自己申告という限られた情報や明確な根拠に基づかない情報から安易に臨床判断すべきでないとあらためて認識したいと思います。EBMはまず「PECO」から始めよと、そのように教えていただきました。その「P」を患者の自己申告で設定してはいけないということです。その先すべての行為が間違った方向に進む可能性があります。では薬局薬剤師にEBMの実践はとうてい無理なのでしょうか。

処方どおりに調剤していればそれでよいのか・・ずいぶん悩みました。限られた患者情報の中でどのように自分の業務を遂行すべきか模索した先にEBMがありました。少なくとも患者に”薬物治療において”害を与えないという観点からEBMを意識することは、有用だと考えています。明らかにリスクが上回る薬物療法は是正しなければいけないという思い、エビデンスを根拠に持つことで、少ない情報の中でも自分の立ち位置が見えてきたように感じます。処方に対し、薬学的判断から疑問に思い、疑義照会するという一連の行動、そこにEBMの概念は強力な武器となる気がします。ただ、問題はエビデンスの取り扱い方ということを最近よく考えています。

エビデンスを用いて、患者や処方箋とむきあうと患者の役にたっているかのような錯覚を起こすこともあります。だから、自己満足ができてしまう。エビデンスプラクティスギャップ、ここをいかに埋めるか。これは重要な課題です。例えばある慢性疾患治療薬の心筋梗塞に対する一次予防の結果がNNT(治療必要数)が200だとしたら、数字的にはあまりインパクトがないでしょう。これに年齢や血糖値、生活習慣(タバコ、アルコール、偏食)など様々な患者ごとのリスクが重なることでNNT2ケタまで低下する可能性だって否定できないのです。NNT・・これにも信頼区間を記載した良心的な論文はありますが、要するにNNTのみをうのみにすると、大きな間違いを起こすかもしれません。論文中のNNTはあくまでサンプルの平均的な数値であり母集団においては明らかにハイリスク者ではNNTは小さくなる可能性があるということを忘れてはいけません。

医療者が「正しい治療を施していても、正しいことをしたがらない患者がいる」というのをエビデンスプラクティスギャップと主張する方もいらっしゃいますが、私はこのような状況の一部を「根拠によりゆがめられた医療」と考えます。すべてがそうだとは言いませんが、エビデンスの安易な思い込みを正しい医療と認識し、それを患者に適応するという事態は少なからず存在していると感じます。NNTが少ない、相対危険率が統計的に有意であるなどというデータが今、目の前の患者全てに当てはまるとは限りません。一方でエビデンスの批判的吟味のこだわりすぎて、薬剤=悪という思考停止もまた問題です。ここで重要だと思うのは、患者の自己決定を促せるよう、妥当性の高い根拠に基づくリスク・ベネフィットに関する説明はすべきかもしれないし、いくつかの選択肢を示しつつ、自分が最良だという判断をレコメンドすることは重要なのではと感じています。ただ薬剤師の立場としては、限られた情報をもとに安易な説明をするのではなく、処方医との連携が重要です。少々うるさいと思われても、生意気だと言われても、薬剤選択のレコメンドは処方医師に対してすべきかもしれません。

そもそもイベントに対する統計学的に有意な差があるということと、そのイベントの発生という現象自体をどう想像するかで、感覚的な相対危険率も大きく変化するのではないでしょうか。意外と患者にとってはこちらのほうが重要だったりすることもあるのではと思っています。そんな時思い出すのが“SackettF”です。

「(目の前の患者のNNT)=(論文中のNNT / "F"」。"F":目の前の患者の論文の平均的な患者に対するイベントリスク。

Evidence based medicine is not "cookbook" medicine.(BMJ. 1996 Jan 13;312(7023):71-2)
考えるほどに、難しい問題だ、EBM。いやいや、EBMと軽々しく言うのはよそう。

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