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2012年8月7日火曜日

医学論文の抄録は臨床試験の正しい解釈を反映しているのでしょうか?


臨床試験では対象患者に、どのような介入をして、何と比較して、どのような結果が出たかを分析しますが、その研究の結果をアウトカムなどと呼びます。一つの研究で統計的に最も信頼できるのが1次アウトカムです。仮説を検証する場合、1次アウトカム以外のアウトカムは偶然の影響を受けやすく、信頼性は低くなります。したがって医学文献を読む場合、1次アウトカムの結果で、その研究を評価すべきなのです。

論文には抄録という形で、その内容が簡潔にまとめられています。ランダム化比較試験、やメタ分析をはじめとする、臨床試験論文にはその研究の結論が抄録の最後の「Conclusions」に記載してあるケースが多いです。

1次アウトカムの結果と、論文抄録の結論の内容が一致しているか、ということですが、ここに重大な問題が過去に指摘されていました。
Accuracy of Data in Abstracts of Published Research Articles
JAMA. 1999;281(12):1110-1111
http://jama.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=189139

論文のアブストラクトは多くの人に読まれる機会が多く、研究内容の正確な実態がアブストラクトに反映されているかというのは重大な問題です。6つの一流医学雑誌で掲載された本文の研究記事とアブストラクトの結論に相違がないか評価した報告です。評価した医学誌は(Annals of Internal Medicine, BMJ, JAMA, Lancet, and New England Journal of Medicine)の6誌です。これら医学誌の本文(テーブルと図を含む)の内容中の対応するデータとアブストラクトの結論がいずれも一致しなかったか、本文で見つからなかったデータを含んでいた場合、アブストラクトは、不十分であるとして、その不一致率を算出しています。各医学誌の名前はA~Fと伏せられています。

(抄録の結果と本文の結論の不一致率)

医学誌A:18%(95CI6-30
医学誌B:43%(95CI29-58
医学誌C:30%(95CI16-43
医学誌D:45%(95CI30-59
医学誌E:32%(95CI18-45
医学誌F:68%(95CI54-82

 少し古い報告ではありますが、68%も不一致があるということは抄録の結論の半分以上は本文の結果と一致していないということになります。たとえ抄録であっても1次アウトカムの結果は明確に記載してあると助かりますね。むしろ1次アウトカムが明確でない論文は読まなくても良いかもしれません。

最近ではこんな報告もあります。
Reporting and Interpretation of Randomized Controlled Trials With Statistically Nonsignificant Results for Primary Outcomes
JAMA. 2010;303(20):2058-2064
http://jama.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=185952

一次アウトカムに有意差が認められなかった臨床試験論文における結果のすり替えに関する報告です。なかなか衝撃的です。
200612月に発表されて20073月までにPubMedに収載されたランダム化比較試験論文のうち一次アウトカムで有意差が確認できなかった研究の72論文において、結果や考察または結論が歪曲表現ではなく正しい解釈になっているかを検証しています。

(抄録)
タイトルに歪曲     :13論文(18.0%;95% CI 10.0%-28.9%
Result
に歪曲      :27論文 (37.5%; 95% CI, 26.4%-49.7%)

Conclutionに歪曲   :42論文 (58.3%; 95% CI, 46.1%-69.8%)
治療効果のみに言及 :17論文 (23.6%; 95% CI, 14.4%-35.1%)

(本文)
Resultに歪曲     :21論文(29.2%; 95% CI, 19.0%-41.1%),
Discussionに歪曲  :31論文(43.1%; 95% CI, 31.4%-55.3%),
Conclutionに歪曲  :36 論文(50.0%; 95% CI, 38.0%-62.0%)
2つ以上のセクションに歪曲:40%以上


 具体的な歪曲内容は,二次エンドポイントで差が生じたことを強調したり、差がないことをいつの間にか効果が同等だとすり替えたり、群間比較なのに治療群の前後比較で効果を強調したり、危険性について言及していない等など・・。このように 臨床試験論文には都合の良い解釈が頻繁に見られるということのようです。

 最後に私自身が、論文を都合よく解釈した例を紹介します。まだEBMの勉強を始めたころ、
Long-acting beta-agonists with and without inhaled corticosteroids and catastrophic asthma events. Am J Med. 2010 Apr;123(4):322-8.e2. Epub 2010 Feb 20
http://www.amjmed.com/article/S0002-9343(09)01110-3/abstract
という論文に出合いました。この論文、長時間作動型β刺激薬を3ヵ月以上使用すると、
ステロイド吸入の有無にかかわらず喘息関連死亡や気管内挿管が2.1倍増加するという結論OR:2.10(95%CL 1.37-3.22)で大変衝撃的でした。メタ分析に使用されたChest. 2006 Jan;129(1):15-26.という論文に結果が大きく引きずられていると解釈し、このRCTを読んでみました。The Salmeterol Multicenter Asthma Research Trial: a comparison of usual pharmacotherapyfor asthma or usual pharmacotherapy plus salmeterol Chest. 2006 Jan;129(1):15-26.
http://chestjournal.chestpubs.org/content/129/1/15.long

 サルメテロール対プラセボでプライマリエンドポイントである呼吸器関連死,致死性イベント (気管内挿管および機械換気) のいずれか をランダム化比較試験で検証したトライアルです。プライマリエンドポイントに有意な差はつきませんでした。有害事象として
呼吸器関連死(RR 2.161795%CI 1.05994.4130)が増加していました。
 さらにサブ解析をみると呼吸器関連死や喘息関連死はアフリカ系アメリカ人では有意差がついているものの、白人では有意差が付いていませんでした。アメリカの経済事情、保険制度、格差などの影響があるかもしれない、さらに日本人ではどうかわからない、喘息発作の無い生活というQOLをアウトカムにした場合、LABAの長期使用にも意味があるかもしれないと、考えました。

この時、教えていただいたのは「副作用のエビデンスについては、確実なものでなくても、代替療法がある限り、できるだけ臨床に反映させるべきだ」ということです。死亡という取り返しのつかないアウトカムを無視すべきではないということでした。そして「サブグループ分析を都合よく解釈するのは問題があり、サブグループ分析結果は、あくまでも仮説生成として考えるということが重要だということ。たとえばアフリカ系アメリカ人だけで危ないというのは仮説であって検証された結果ではないということ」を教えていただきました。

ランダム化比較試験においてサンプルサイズをあらかじめ設定し症例を集めてもサブ解析で細分化してしまっては統計的検出力が不足します。また層別で分けてしまってはせっかくのランダム化が保障されず、ベースラインが偏っている可能性があります。要するに研究で検証できる仮説は1次エンドポイントだけであり、サブ解析や2次アウトカムは仮説を提唱・探求するオマケであることを忘れてはいけません。

こんな論文もあります。BMJ. 2011;342:d1569. doi: 10.1136/bmj.d1569. 製薬企業がスポンサーの臨床試験では、1次エンドポイントがネガティブ場合はサブグループ解析結果を慎重に解釈すべきという報告です。

最近の医学誌ではその報告の質も改善してきているようですが(BMJ. 2012 Jun 22;344:e4178. doi: 10.1136/bmj.e4178.)安易に論文の結論だけを読んでいると、都合の良い解釈をしてしまう危険をはらんでいます。原著論文の批判的吟味に深入りしすぎるのもまた問題ですが、「妥当か、結果は何か、それは役に立つか」というステップは、忘れないようにしたいものです。そして論文を都合よく解釈しないよう気おつけねば、と思います。

2 件のコメント:

  1. ご指摘の内容、非常に大切な論点だと感じています。

    臨床的試験においても、様々なバイアスが含まれていることは疑いようのない事実であり、特定のトライアルから得られる各結論は、それぞれ強度が違うはずです。
    しかしながら、その違いを含めて臨床アウトカムを適切に評価・表現できているケースは少なく、異なるレベルのものを同列に議論してしまっていることが臨床の常のように感じます。
    ”論文の内容を知っている”ということが、『論文を適切に評価し、そのアウトカムを現状に適切に適用できる』のレベルにもっていくことが重要なのだと考えます。


    英国を中心に、欧州で起こっているAll Trials movementに関連して、spinの論文を改めて読み返したいと思い探していました。
    (恥ずかしながら、正式なタイトルを忘れてしまったのです)
    その他の情報についても拝読でき、非常にためになりました。

    今後とも、宜しくお願いします。

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    1. 濱田先生、ブログを読んでいただき、またコメント投稿誠にありがとうございます。おっしゃる通り、論文の内容を知っている”ということが、『論文を適切に評価し、そのアウトカムを現状に適切に適用できる』非常に大事なことと存じます。
      論文の結果を知ることではなく批判的吟味できるスキルというのは臨床に関わる医療者にとっては大変重要な技能と感じております。
      今後ともよろしくお願い申し上げます。
      地域医療の見え方管理人 syuichiao

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